目覚め
もがく、もがく、もがく、流れに逆らい体をどうにか立て直すため手足を動かそうとするが強い流れに押さえつけられ身動きができない。
息を吸えもしないのに吸い込み水を飲み込んだ。
水を飲んだことに驚きさらに水を飲む。それを繰り返し繰り返している筈が息を吸えていることに気がついた。
どうやら自分は立っているらしい。そう認識した途端、体が急に自由になりその場で転がり込んだ。
荒く息を吸い過呼吸になる。ずっとそうやって転がっていたが次第に周囲に水がないことを頭で理解し無理矢理息を止めた。冷静になれ。
なんとか呼吸を整えて周囲を見る。スタンドガラスから陽光が差し込み十字架がその神聖さを一心に表すように煌めいている。
どうやらここは教会のようだ。これはもしかして。
悦びが全身を支配する。思わず両手を空に投げ出し叫んだ。
「やった!転移できたんだ!」
体中の肌が粟立つのを感じる。そうか。悦びで体が震えるというのはこのことを言うのか。
「あんちゃん、どーしたんだ?」
人生で一番の悦びを噛み締めている時に浮浪者のような身なりをした男が話かけてきた。
なんなんだこいつは。人がせっかく人生の絶頂を味わっているのに水を差すような真似をしやがって。
浮浪者は軽く吹き出すと片手に持っていた酒を仰いでこう言った。
「おらぁ、長い間ここで暮らしてるが死んでそこまで喜んでる奴は初めてみたわ。前世は狂信者かなんかだったのかい?」
は?俺が死んでる?訳がわからない。
「狂っているのは貴様の方だろう。」
思わず口から言葉が飛び出た。
「あぁ、死んでる実感がまだなかったのな。お前死んだよ。ドンマイ。まぁ気にせず今世頑張ったらどーだ??」
暫定浮浪者はどこか煽るような馬鹿にするような口調で俺にそう告げた。
「まぁ、そーだな。もう一回死んだらわかるだろ。」
そう呟くと暫定浮浪者は唐突に酒瓶を割り、俺に近づいてくる。
「ま、まて!何をする気だ!」
嫌な予感がする。迷宮でよく感じる死の予兆だ。無意識のうちに腰に手を伸ばし剣を掴もうとするが剣がない。
気づけば俺の首には鋭く尖ったガラスが差し込まれ絹を割くように動脈を切り裂かれた。
無様に後ろに倒れ込み薄れゆく意識の中で暫定浮浪者もとい人殺しがこう呟くのを聞いた。
「ようこそ。天国へ。」