八、訳有りな者達
八、訳有りな者達
「ゲオ様、遅いですねぇ〜」と、丸顔の男が、頻りに、戸口を見やりながら、口にした。
そこへ、薄汚れたゲオが、突っ伏すように、入って来た。
その瞬間、「ゲオ様っ!」と、丸顔の男が、駆け寄った。そして、「モリータの奴に、やられたんですね!」と、いきり立った。
「ええ、まあ…」と、ゲオは、そのままの姿勢で、弱々しく返答した。痛みで、返事をするのも、煩わしいからだ。
少しして、「おい。このおっさんの集団の偉い奴は、どいつだ?」と、ゲラーナが、尋ねた。
「こ、この方ですが…」と、丸顔の男が、即答した。
その直後、「ええっ!」と、ゲラーナが、素っ頓狂な声を発した。そして、「こんな、冴えないオヤジがぁ〜」と、訝しがった。
「失礼な事を言うなっ!」と、丸顔の男が、怒鳴った。そして、「何者か知らねぇが、ゲオ様に謝れっ!」と、謝罪を求めた。
「おいおい。そんなに怒るなって…」と、ゲラーナが、宥めた。
少しして、ゲオは、顔を上げるなり、「そ、その人は、私の恩人ですので、そのような言葉を吐かれる方が、無礼ですよ」と、窘めた。誤解を解いておかなければ、ならないからだ。
その刹那、「そ、そうなんですか…」と、丸顔の男が、言葉を詰まらせた。
「何だよ。人が悪いなぁ〜」と、ゲラーナが、ばつの悪そうに、ぼやいた。そして、「俺も、少々、早とちりしていたようだしな…」と、言葉を続けた。
「ゲオさん。この方は、ここまでですか?」と、元役人の大男が、尋ねた。
「いいえ。一応、仮契約を結びましたよ」と、ゲオは、告げた。口約束ではあるが、用心棒の契約を結んでいるからだ。
「ゲオさん。勝手に、そういう事を決められちゃうと、後々の予定に、狂いが生じちゃいますので、困りますよ〜」と、元役人の大男が、苦言を呈した。
「物事は、予定通りに、旨く運ばないものなんですよ」と、ゲオは、あっけらかんと言った。これまで、思い通りに、事が運んだことなど、一度も無いからだ。
「ゲオ様の言う事は、説得力が有るなあ〜」と、丸顔の男が、感心した。
「確かに…」と、元役人の大男も、理解を示した。
「そうだな。あんたの頭を見れば、どれだけ苦労をして来たのか、判るぜ」と、ゲラーナも、納得した。
「頭は、関係無いと思いますが…」と、ゲオは、苦笑した。気が付いたら、薄くなっていただけだからだ。
そこへ、「はいはい。そんな所で話し込まれても、迷惑だよ!」と、ブヒヒ族の熟女の声が、拍手をしながら、割り込んで来た。
「あ、申し訳ありません!」と、ゲオは、反射的に、声のした方へ、平伏した。少しして、顔を上げるなり、「あ、あなたは?」と、問うた。初対面の者だからだ。
「ほう。あんたが、忠義者のゲオさんかい?」と、ブヒヒ族の熟女が、鋭い眼差しで、値踏みをするように、訊き返した。
「は、はい…」と、ゲオは、表情を強張らせながら、返事をした。ただならぬ気迫を感じたからだ。
間も無く、「ティーサさん、どうですか?」と、丸顔の男が、恐る恐る尋ねた。
「う〜ん。悪い事の出来そうにない面構えだねぇ」と、ティーサが、見解を述べた。そして、「有り金を全部出すのだったら、力になってやろうじゃないか」と、条件を提示した。
「ゲオさん。有り金を全部渡しちゃいますと、路頭に迷っちゃいますよ〜」と、元役人の大男が、苦言を呈した。
「そうですよ。いくら何でも、ぼったくりですよ!」と、丸顔の男も、口添えした。
「どうするんだい? あたいだって、暇じゃないんだし。別に、他を当たってくれても構わないんだよ」と、ティーサが、上から目線で、冷ややかに言った。
「おっさん。ここは、あんたが決めてくれないか? 俺は、あんたの決めた事に従うからよ」と、ゲラーナが、提言した。
「分かりました」と、ゲオは、了承した。そして、「そうですねぇ〜。先の事は、あれこれ考えても、判りませんので、ここは、有り金を全部支払いましょう」と、合意した。ここが、運命の分かれ道のような気がするからだ。
「おっさん。見たところ、あんまり、金なんて、持ってなさそうなんだけどよ。大丈夫なのか?」と、ゲラーナが、表情を曇らせた。
「お金なら、ここに」と、ゲオは、胴着脱いだ。その直後、腹部にくくり付けている革の袋、姿を表した。そして、紐を解きながら、「これだけしか、持ち出せませんでしたけどね」と、苦笑した。些か、時間が、足りなかったからだ。
少し後れて、革袋が、着地をするなり、重低音を響かせた。
「ほう。そんな物を抱えていたら、さぞかし、重たかっただろうねぇ〜」と、ティーサが、口元を綻ばせた。
「ええ」と、ゲオは、すんなりと頷いた。小銭も、袋に詰め込めば、結構な重量になるからだ。
「ゲオさん。モリータの野郎に、痛い目に遭わされるくらいなら、差し出す事も出来た筈なのに…」と、元役人の大男が、指摘した。
「そうですよ。命在っての何ぼですからね」と、丸顔の男も、同調した。
「俺だったら、間違い無く、金を置いて、その場を切り抜けるかな」と、無精髭の男が、考えを述べた。
「私も、あなた方が居なければ、モリータに、お金を差し出して、詫びを入れていたと思いますよ」と、ゲオは、口にした。自分だけならば、一発殴られた時点で、献上していただろうからだ。そして、「あなた方が居るからこそ、暴力に耐えられたのですよ」と、言葉を続けた。
「ゲオ様! 一生、付いて行きます!」と、丸顔の男が、感激した。
「お、俺も、あなたに仕えます!」と、元役人の大男も、力強く言った。
「この際、俺も、あんたの人生に、付き合わせて貰うとしよう」と、無精髭の男も、告げた。
「どうやら、見てくれは、冴えないおっさんだけど、他人を惹き付ける何かを持っているようだねぇ」と、ティーサが、見解を述べた。
「おっさん、人気者だなぁ〜」と、ゲラーナが、冷やかした。
「デへへェ〜」と、ゲオが、照れ笑いを浮かべた。悪い気はしないからだ。
そこへ、「フーッ! フーッ! 」と、アヴェ・ンダが、必死の形相で、存在を誇示した。
その瞬間、ゲオは、はっとなり、「あ…。 アヴェ・ンダ様の事を忘れてました…」と、苦笑した。すっかり忘れていたからだ。そして、「拘束を解いてやって貰えませんか」と、要請した。
「外した途端に、飛び掛かるんじゃないのか?」と、元役人の大男が、難色を示した。
「そうですよ。流石に、ゲオ様の命令でも、ちょっと…」と、丸顔の男も、同調した。
「私も、モリータの話を聞くまでは、アヴェ・ンダ様が、無駄遣いをなされたと思ってました。でも、この件が、狂言だとしたら…」と、ゲオは、示唆した。アヴェ・ンダから、腑に落ちない点を聞き出す必要性が出来たからだ。
「ゲオさん。モリータの奴は、いったい、何を?」と、元役人の大男が、尋ねた。
ゲオは、モリータの本性を語り始めた。
しばらくして、「あの野郎! 役人の風上にも置けないなっ!」と、元役人の大男が、不快感を露わにした。
「じゃあ、アヴェ・ンダ様以外、モリータの悪事を知っている奴は、居ないって事かっ!」と、丸顔の男も、語気を荒らげた。
「いえ。モリータは、うちの店に、密輸品を忍ばせている事以外、喋りませんでしたけどね」と、ゲオは、口にした。詳しい話は、口外していないからだ。
「で、そこのところを、アヴェ・ンダさんに、聞こうって訳ですね」と、元役人の大男が、納得した。
「そうです」と、ゲオは、頷いた。モリータとは、どれくらいの密接な関係なのかも、知りたいからだ。
「じゃあ、ちょっと待って下さい」と、元役人の大男が、告げた。程無くして、玉枷を外した。
その直後、アヴェ・ンダが、深呼吸をした。そして、「ゲオ…。あなた、本当に、鈍いわねぇ〜」と、溜め息を吐いた。
「ええ。御存知の通り、鈍なものですので…」と、ゲオは、苦笑した。昔から、相手の考えを読み取るのは、苦手だからだ。そして、「私を解雇にしたかったら、あのような回りくどい事をしなくても、よろしかったのに…」と、指摘した。解雇理由など、こじつけで、どうにでも出来るからだ。
「そうね。でも、正当な理由でもない限り、あなたは、承知しないでしょ?」と、アヴェ・ンダが、眉根を寄せた。
「そうですね」と、ゲオは、即答した。納得出来ない事には、応じられないからだ。そして、「心変わりをされた訳じゃないので、安心しましたよ…」と、ゲオは、右手で、胸を撫で下ろした。自分が、嫌われた訳ではないと判明したからだ。
「まさか、あのハタキ棒を持っているなんて、思いもしなかったわね…」と、アヴェ・ンダが、感心した。
「あなたが、私の為に、初めての店の御手伝いの御駄賃を貯めて、買い与えてくれた物ですからね」と、ゲオは、にこやかに、回答した。アヴェ・ンダに贈られた時の事が、今でも、瞼の裏に、浮かび上がるからだ。
「ゲオさん、そうやって、話を合わせているのかも知れませんよ」と、元役人の大男が、忠告した。
「そうですよ。ゲオ様の情に訴え掛けているのかも知れませんよ」と、丸顔の男も、言葉を被せた。
「あんたら、アヴェ・ンダの本心ってものが、分かってないようだねぇ〜」と、ティーサが、口を挟んだ。
「そ、そりゃあ、どういう意味だい?」と、無精髭の男が、興味津々に問うた。
「そりゃあ、野暮ってもんだよ」と、ティーサが、はぐらかした。
「ちぇっ!」と、無精髭の男が、舌打ちした。
「ゲオ。私は、明日には、無一リマなのよ。メス犬だろうと、何だろうと、人買いに売り飛ばされても、文句の言える立場じゃないのよ…」と、アヴェ・ンダが、神妙な態度で、語った。
「でも、どうして、相談して下さらなかったのですか?」と、ゲオは、眉をひそめた。話して貰ったら、何とかなったかも知れないからだ。
「モリータの事だから、何かしらの保険を掛けていたのかも知れませんね」と、元役人の大男が、口にした。
「手口を、ご存知なのですか?」と、ゲオは、問うた。興味が、そそられるからだ。
「ええ」と、元役人の大男が、頷いた。そして、「アヴェ・ンダさん。モリータに、名義貸しをしませんでしたか?」と、やんわりとした口調で、質問した。
「ええ。あれは、二週間くらい前に、取り寄せたい物を、早く手に入れたいって、言ってたので、その時に、私の名義を貸したわね」と、アヴェ・ンダが、回答した。そして、「特に、不審な所は無かったわね」と、言葉を続けた。
その瞬間、ゲオは、はっとなり、「アヴェ・ンダ様。その書類は、どうなされたのですか?」と、尋ねた。アヴェ・ンダの直筆の署名を、入手する為の口実だと直感したからだ。
「名盗りって言う詐欺手口ですね」と、無精髭の男が、補足した。
「ええ! 確りした地位の方が、そんな事をするなんて…」と、アヴェ・ンダが、信じられない面持ちで、素っ頓狂な声を発した。
「つまり、モリータに、悪用されているって事ですね…」と、ゲオは、溜め息を吐いた。手遅れなのは、必至だと察したからだ。
「モリータは、名盗りで、今の地位までのし上がったのだろうな」と、元役人の大男が、ぼやいた。
「おいおい。役人が、率先して、法を犯しても良いのかよ!」と、丸顔の男も、憤慨した。
「発覚なけりゃあ、何をやっても構わないって事さ」と、ゲラーナが、冷ややかに言った。
「ふん! こんな所で、あれこれ言い合っても、埒が明かないよ! お前ら、いったい、どうしたいんだい?」と、ティーサが、口を挟んだ。
「ゲオ。あなたが、決めて…」と、アヴェ・ンダが、促した。
「俺も、ゲオ様に従います」と、丸顔の男も、一任した。
「そうだな。それが、一番、まとまるな」と、元役人の大男も、同意した。
「俺も、異論は無いから、好きに決めてくれ」と、無精髭の男も、委ねた。
「俺は、用心棒だから、主の行く所なら、何処でも付いて行く所存だ」と、ゲラーナも、口にした。
「分かりました」と、ゲオは、承知した。そして、ティーサを見やり、「ティーサさん」と、表情を引き締めながら、凝視した。
「何だい?」と、ティーサが、返答した。
「どんな業者でも構いませんので、御願い出来ますか?」と、ゲオは、真顔で、口を開いた。どんな条件でも、受諾するつもりだからだ。
「覚悟を決めたみたいだねぇ。じゃあ、一つ、条件を聞いて貰えるかしら?」と、ティーサが、示唆した。
その瞬間、ゲオは、固唾を飲んだ。分かっていても、どんな事なのか、不安だからだ。
「ちょっと、あんたらに、同行させて貰いたい連中が居るのさ」と、ティーサが、勿体振った。
「同行者…ですか…?」と、ゲオは、深刻な顔をした。そして、「どのような方々でしょうか?」と、質問した。危険な連中ならば、場合によっては、断念しなければならないからだ。
「遥か、東の島国から流れて来た者達だよ」と、ティーサが、告げた。
「東の島国からですか…」と、ゲオは、興味をそそられた。どのような者達か、気になったからだ。
「ゲオ様。これ以上の厄介事は、勘弁して下さいよ」と、丸顔の男が、進言した。
「そうですよ。俺らだって、自分の事で、精一杯なんですからね」と、元役人の大男も、口添えした。
「確かに、そうですけど。困った時は、お互い様ですので、同行しても構わないのでは?」と、ゲオは、口にした。困っているのなら、見捨てられないからだ。
「分かりました。ゲオ様の意のままに…」と、丸顔の男が、溜め息を吐いた。
「ゲオさんの言う通り、自分らだけが良けりゃあいいって訳にゃあいかないわな」と、元役人の大男も、理解を示した。
「アヴェ・ンダ様も、宜しいですね?」と、ゲオは、尋ねた。一応、アヴェ・ンダの意思も、確認しておきたいからだ。
「好きにしても構わないわよ」と、アヴェ・ンダも、委ねた。
「はい」と、ゲオは、力強く頷いた。自分の考えは決まっているからだ。そして、ティーサを見やった。
「ほう。どうやら、結論が出たようだね」と、ティーサも、察した。
「ええ」と、ゲオは、返答した。そして、「何人くらいでしょうか?」と、問うた。何者であろうとも、迷いが無いからだ。
「三人くらいかしらねぇ」と、ティーサが、回答した。
「三人ですか…」と、ゲオは、口にした。そして、「内訳は、どうなっていますか?」と、質問した。自分達の足手纏いになるような者達ならば、断るという選択肢も、有り得るからだ。
「恐らく、三人の内、二人は、役に立つ筈だよ」と、ティーサが、示唆した。
「どのようにでしょうか?」と、ゲオは、尋ねた。興味が、そそられるからだ。
「そうさねぇ。一人は、医者とか名乗って、怪我を治す術を身に付けていて、もう一人は、盗賊と密偵を足して二で割った忍びって言う奴だったねぇ」と、ティーサが、説明した。
「確かに、その二人でしたら、お役に立ちそうですね」と、ゲオも、頷いた。道中では、医者と忍びの出番が有りそうだからだ。そして、「もう一人の方は?」と、問い掛けた。
「卑劣な手で、国を追われたお姫様だよ」と、ティーサが、返答した。そして、「先に話した二人は、その姫様の連れだからな。どうだい?」と、補足した。
「ゲオ様。俺は、賛成ですよ。居場所が見付かるまで、一緒でも良いからね」と、丸顔の男が、賛同した。
「お前は、お姫様と仲良くなりたいだけだろ!」と、無精髭の男が、半笑いで、冷やかした。
その刹那、「う、うるせぇよっ!」と、丸顔の男が、語気を荒らげた。
「お前ら、静かにしろよ」と、元役人の大男が、凄んだ。
その瞬間、二人が、大人しくなった。
「うるさくて、すみません…」と、ゲオは、陳謝した。そして、「その御三方には、何処で、お会い出来るのですか?」と、尋ねた。店内には、それっぽい異国の身なりの者が居ないからだ。
「付いて来な」と、ティーサが、踵を返すなり、先立って、歩き始めた。
少し後れて、ゲオ達も、続いた。間も無く、裏へ通された。しばらく、通路を進んだ。やがて、奥の一室へ行き着いた。
ティーサが、扉の前で、立ち止まり、「邪魔するよ」と、告げた。そして、間髪容れずに、扉を開けた。
その直後、「ティーサさん、見付かったんですか!」と、男の明るい声がした。
「う〜ん。腕の立つ奴とは言えないが…」と、ティーサが、口ごもった。
「約束が、違うんじゃないでござるか?」と、別の男の声が、割り込んだ。
「そうなんだが…。逃げるという目的じゃあ、同じなんだけどねぇ」と、ティーサが、奥歯に物の挟まった返答した。そして、「不満なのは、分かるが、この機会を逃すのは、あんたらにとっても、得にはならないだろ?」と、宥めた。
「源庵殿、どうするでござる?」と、割り込んで来た男の声が、尋ねた。
「そうですね。機会を逸するという事は、それだけ、姫様を危険に晒す事になりますし…」と、源庵が、言葉を詰まらせた。
某が、見定めるのは、どうでござろう?」と、割り込んだ声が、提言した。
「なるほど。中吉殿の忍びの審美眼で、見定めて頂いた方が、間違い無いでござるな」と、源庵も、賛同した。
「ティーサ殿、その者らと面通しをさせて頂けるでござるな?」と、中吉が、申し入れた。
「あたいの後ろに居るよ」と、ティーサが、右手の立てた親指で、見向きもせずに指した。
「源庵殿、参ろうでござる」と、中吉が、誘った。
「そうですね」と、源庵も、同意した。
間も無く、異国の身形の恰幅の良い男と小柄なラット族の男が、ティーサの陰から現れた。そして、鋭い眼差しで、見つめられた。
ゲオも、気後れせずに、すかさず見返した。同行するとなると、何かしらの情報を得たいからだ。
しばらくして、「どうだい? 気が済んだかい?」と、ティーサが、口を挟んだ。
「ええ、まあ…」と、ゲオは、見据えたままで、返答した。モリータのような胡散臭さは、見当たらないからだ。
「そうかい。で、あんたらは?」と、ティーサが、尋ねた。
「見たところ、あまり、戦力にはならないでござるな」と、ラット族の者が、見解を述べた。
「中吉殿、どうなされるかな?」と、恰幅の良い男が、問うた。
「う〜ん」と、中吉が、腕組みをした。
「おいおい。こっちにだって、選ぶ権利が有るんだぜ」と、元役人の大男が、意見した。
「そうだ、そうだ」と、無精髭の男も、合いの手を入れた。
「ゲオ様も、何か言ってやって下さいよぉ〜」と、丸顔の男も、振った。
「そうですね…」と、ゲオも、冴えない表情で、聞き入れた。主張するのは、あまり、得意ではないからだ。そして、「あのう〜」と、声を発した。
「何でしょうか?」と、恰幅の良い男が、応じた。
「私達は、少々、追われている身ですので、条件が合わなければ、別の方を待って頂いても、構いませんよ。これ以上の時間を割いていると、逃走する機会を逸する可能性も、考えられますので…」と、ゲオは、事情を語った。無理に、同行して貰わなくても構わないからだ。
突然、「私達も、その逃走に、お加え願えませんか?」と、奥から、気品の有る娘の声がして来た。
その刹那、中吉が、振り返り、「姫、このような得体の知れない者の申される事を、容易く信じては、なりません!」と、忠告した。
「こっちだって、同じだぜ」と、丸顔の男が、ぼやいた。
「少し黙っていろ!」と、元役人の大男が、小声で、叱った。
「へいへい」と、丸顔の男が、不機嫌な返事をした。
その間に、長い黒髪で、異国の服装のバニ族の娘が、中吉の左隣へ、進み出た。そして、「供の者が、粗相を致しました。気分を害されましたのなら、謝罪します。何卒、ご容赦を…」と、上品なバニ族の娘が、頭を下げた。
「いえいえ。そんな事は、ございません。私の方こそ、あなた方に、不快な思いをさせたのかも知れませんよ」と、ゲオも、へりくだった。下手に出られると、自分も、強く出られない性格だからだ。
「で、結論は、どうなんだい?」と、ティーサが、返事を求めた。
「私の方は、構いませんよ」と、ゲオは、回答した。バニ族の者ならば、信じても良いからだ。
「で、そっちの方は?」と、ティーサが、問い掛けた。
「異国の地の方々が宜しいのでしたら、私達も、ご同行させて頂きたいと思います」と、上品なバニ族の娘も、考えを述べた。
「姫様が、そう申されるのでしたら、拙者は、何の異論も無いでござる」と、中吉が、口にした。
「私も、反対する理由も無いので、宜しいですよ」と、源庵も、同意した。
「じゃあ、決まりだね」と、ティーサが、頷いた。そして、「あんたら、多分、この港から、船を出すのは、恐らく、無理だろうね」と、告げた。
「ええ! 話が、違うんじゃないんですかっ!」と、ゲオは、抗議した。ここに来て、出来ないと言われるのは、心外だからだ。
「じゃあ、金を返せよ!」と、丸顔の男も、文句を言った。
「やはり、元海賊だからなぁ〜」と、無精髭の男も、冴えない表情で、ぼやいた。
「くっ…。モリータの手が、ここまで…」と、元役人の大男も、歯噛みした。
「ティーサ殿! 拙者らを売ったのでござるかっ!」と、中吉も、食って掛かった。
「何を、早とちりしているんだい? ただ、かの港から、船を出せないってだけで、別の場所からは、出せるんだよ」と、ティーサが、意味深長に、示唆した。
「確かに、話は、きちんと聞いておくべきでしょうね」と、源庵が、理解を示した。
「そうですね。ティーサさんの考えを聞いておくべきですね」と、ゲオも、同調した。ティーサには、何かしらの策が有るのだと察したからだ。そして、「ティーサさん、説明して頂けますか?」と、要請した。
「そうでござるな。納得のできる話でなければ、ティーサ殿との付き合いも、これまででござるな」と、中吉も、不信感を露にした。
「ははは。あたいは、ここの港はヤバいか、最初っから、船を出す気なんて無かったんだよ」と、ティーサが、一笑に付した。
「どう、ヤバいって言うんだよ!」と、丸顔の男が、喧嘩腰に、質問した。
「あんたも、鈍いわねぇ」と、ティーサが、溜め息を吐いた。
「そりゃあ、どういう意味だ?」と、丸顔の男が、眉間に皺を寄せた。
「少し、黙ってろよ」と、元役人の大男が、注意した。
「そうそう。話が、進まないからさ」と、無精髭の男も、口添えした。
「むっ…!」と、丸顔の男が、むっとなった。
「ティーサさん、続けて下さい」と、ゲオは、促した。どのような計画なのかが、知りたいからだ。
「この港から出港したら、デヘルの臨検を受けなきゃならないんだよ。あいつら、好き勝手に、海の上をうろついていて、金目の物を巻き上げて、最期は、撃沈さ」と、ティーサが、憎々しげに、語った。
「訳有りなら、尚更、避けるべきだな」と、ゲラーナが、顔をしかめた。
「じゃあ、モリータの積み荷なんかは、どうなんですか?」と、ゲオは、質問した。デヘルが、検閲しているのなら、港までは、来られない筈だからだ。
「まあ、デヘルの役人と繋がっているか、あいつの後ろに、かなり高い身分の奴が居るのか、その両方かだろうねぇ」と、ティーサが、憶測を述べた。
「でも、アーク提督が、そんな不正に、加担するような事をするだろうか…?」と、ゲラーナが、訝しがった。
「そうだねぇ。アークは、何事も、公平にする堅物だからねぇ」と、ティーサが、懐かしむように補足した。
「まあ、デヘルの軍人の中では、尊敬すべき人物だからな」と、ゲラーナも、頷いた。そして、「でも、大臣に昇進したから、こんな近海までは、出庭って来る事はないだろう?」と、溜め息を吐いた。
「へぇ〜。大臣になったのかい。もう、何年も前から会ってないかねぇ〜」と、ティーサが、口にした。
「おいおい。いつの話だよ!」と、丸顔の男が、ツッコミを入れた。
「さあねぇ。忘れたよ」と、ティーサが、しれっと受け流した。
「まあ、昔話は、どうでも良いでござる。これからの話をして欲しいでござる」と、中吉が、口を挟んだ。
「そうだね。話が、逸れちまったねぇ」と、ティーサが、苦笑した。そして、「どうでも良い話を聞かされても、時間の無駄だからね」と、理解を示した。
「ティーサ殿。どうやって、デヘルの連中の目を欺くのでござるか?」と、中吉が、尋ねた。
「正攻法じゃあ、まず、無理だろうからねぇ。先ずは、陸路を使って、東へ移動して貰うとしようかねぇ」と、ティーサが、回答した。
「東と言えば、ハド村か、ドナ国の交易の街ヴェーベだけですかねぇ」と、ゲオは、口にした。そして、「ヴェーベから、ライランスへ渡るのですか」と、問うた。ヴェーベなら、この街と同じくらいの船舶を出せる港が在るからだ。
「は? 何を言っているんだい?」と、ティーサが、右の眉を吊り上げた。
「まさか、ハド村から出港させようって気じゃないだろうな?」と、元役人の大男が、顔をしかめた。
「それは、どういう意味だ?」と、丸顔の男が、すかさず尋ねた。
「ハド村の沖には、大きな蛸の怪物が、出るって話だよ」と、無精髭の男が、口を挟んだ。
「どっひゃあー! ほ、本当ですか!」と、ゲオは、両目を見開いた。初耳だからだ。
「どうせ、噂だよ。デヘルの連中が、渡らせないだけのデタラメさ。フンッ!」と、ティーサが、鼻で蹴った。
「つ、つまり、目的地は、ハド村って事ですね?」と、ゲオは、問い返した。一応、確認は、しておきたいからだ。
「如何にも」と、ティーサが、頷いた。そして、「止めるんなら、別に構わないよ」と、淡々と言った。
「化け物が出るかどうかは別として、海を渡るのでしたら、この話に乗っかった方が、良いかも知れませんね」と、源庵が、口にした。
「拙者も、他に手が無いのであるから、この話を受けるのも、手でござる」と、中吉も、同調した。
「そうですね。行く当ての無い逃避行ですし、危険が待ち受けているとしても、前へ進むしかありませんものね」と、上品なバニ族の娘も、賛同した。
「あんたらは、どうするんだい? 気に入らないのなら、降りても良いんだよ」と、ティーサが、判断を促した。
「ゲオ様、どうしますか?」と、丸顔の男が、冴えない顔で、尋ねた。
「俺も、噂とはいえ、どうも…」と、元役人の大男が、難色を示した。
「まあ、万が一を考えれば、俺も、ちょっと…」と、無精髭の男も、尻込みした。
「俺は、噂を信じる程、おめでたくはないからな。怪しい話に惑わされてちゃあ、これから先、何にも出来なくなっちまうぜ」と、ゲラーナが、淡々と意見を述べた。
「ここは、取り敢えず、ハド村まで行く事にしましょう。それで、本当に、怪物が出て来るようてあれば、その時に止めれば良いのですから」と、ゲオは、考えを語った。ここで、噂話を議論しても、埒が明かないからだ。
「ですよねぇ〜」と、丸顔の男が、相槌を打った。
「まあ、噂は、噂だしな」と、元役人の大男も、溜め息を吐いた。
「だよなぁ〜」と、無精髭の男も、苦笑した。
「でも、デヘルよりも、モリータの方が、厄介なんじゃないのか?」と、丸顔の男が、懸念した。
「確かに、あの面構えからして、執念深そうだな」と、ゲラーナも、頷いた。
「ああ、あの調子こいている役人だね。以前から、クソ生意気で、気に入らないんだよ! 新参者のくせに、上から目線だしね!」と、ティーサが、憎々しげに語った。
「あの方は、勝てる喧嘩以外は、仕掛けて来ないのでしょうね」と、ゲオは、見解を述べた。弱い者虐めが、大好物なのだと見受けられるからだ。
「そうだな。特に、身分の低い奴や、立場の弱い者に対しては、高圧的だからな」と、元役人の大男も、口添えした。
「まあ、あの程度の度量じゃあ、弱い奴にしか売っていないのは、明白だな」と、ゲラーナも、呆れ顔で、皮肉った。
「また、戻って来るのも、時間の問題でしょうね」と、ゲオは、眉根を寄せた。モリータに見付かると、戦闘は、必至だからだ。
「厄介事は、避けて欲しいでござるな」と、中吉が、ぼやいた。
「ははは…」と、ゲオは、苦笑いをした。確かに、厄介事に巻き込まれるのは、頂けないからだ。
「中吉、異国の方々に失礼ですよ」と、上品なバニ族の娘が、窘めた。
「俺達だって、好きで、厄介事を抱えている訳じゃねぇんだよ!」と、丸顔の男が、語気を荒らげた。
「まあまあ。わしが、悪いんだから…」と、ゲオは、宥めた。自分が、失敗したので、不安材料を増やしただけだからだ。
「戦う事になったら、俺が、真っ先に行くぜ」と、ゲラーナが、意気揚々に、言った。
「おいおい。役人を殺っちまったら、表を歩けなくなっちまうぞ」と、無精髭の男が、指摘した。
「そうなった時は、某に任せるでござる。人知れず、始末をするでござる」と、中吉が、淡々と述べた。
「中吉殿。暗殺は、最後の手段でござるぞ。あくまで、ハド村という所へ向かう事が、最優先ですぞ」と、源庵が、忠告した。
「承知したでござる」と、中吉が、小さく頷いた。
「あたいも、揉め事を起こしたくないんでねぇ」と、ティーサも、補足した。
「でも、順調にとは行かないだろうな」と、無精髭の男が、懸念した。
「そうだな。陸路を移動するにも、この時間だと、門番に、門を開けて貰わなきゃあならないからな」と、元役人の大男が、口にした。
「あんたの顔で、どうにかならないのかい?」と、丸顔の男が、問うた。
「テン・ネーンを殴った事が発覚てなきゃあ、顔が利くかも知れないが…」と、元役人の大男が、自信無さげに、返答した。
「確かに…」と、丸顔の男が、苦笑した。
「まあ、当たって砕けろって事かな」と、無精髭の男が、あっけらかんと言った。
「そうですね。案ずるよりも、産むが易しと申しますからね」と、源庵も、にこやかに、口添えした。
「駄目だった時は、某に任せるでござる」と、中吉が、申し出た。
「その時は、頼みますよ」と、上品なバニ族の娘が、一任した。
「皆さんは、肝が据わってますねぇ」と、ゲオは、感心した。厄介事には、手慣れた感じがするからだ。
「じゃあ、少し仕込みがあるから、ここで待っててな」と、ティーサが、告げた。
「某も、手伝うでござる」と、中吉が、志願した。
「そうだな」と、無精髭の男も、同調した。
「ゲオ様は、ここで、休んでいて下さい」と、丸顔の男が、告げた。
間も無く、ティーサと中吉と丸顔の男達が、店へ引き返した。
ゲオ達も、奥の部屋へ、移動するのだった。