三、ゲオの目論見
三、ゲオの目論見
ゲオは、卓上へ、全ての硬貨を十枚単位で積み上げて、並び終えた時だった。
その直後、丸顔の男が、憮然とした表情で、戻って来た。
「どうしたのですか?」と、ゲオは、怪訝な顔で、尋ねた。
「あの雌犬、金の使い込み過ぎで、この店を抵当に、減税申請をしていたみたいですよ。ですので、売り払うのは、無理だそうです」と、丸顔の男が、憎々しげに、語った。
「そうですか。この分だと、この机の上のお金が、全財産なのかも知れませんね」と、ゲオは、溜め息を吐いた。だから、自分を泥棒扱いするのに必死なのだと、納得出来たからだ。
「ゲオさん、この分だと、ライランス大陸での出店は、厳しいかも知れませんよ」と、丸顔の男が、懸念した。
「そうですね。まあ、悪銭身に付かずですので、悪い人達に差し上げるつもりなのですよ」と、ゲオは、考えを明かした。一アルスも、残すつもりなど無いからだ。
「ゲオさん、そんな人の好い事をしても、ぼったくられるだけですよ」と、丸顔の男が、異を唱えた。
「人間、欲を出し過ぎると、あの雌犬みたいになっちゃいますから、悪い人達も、そこまで愚かだとは思いませんよ」と、ゲオは、含み笑いをした。アヴェ・ンダのような世間知らずで、要領の悪い者など、居ない筈だからだ。そして、「ここのお金は、この国から出ても、通用するかどうか、判りませんのでね」と、口にした。ライランス大陸の主な通貨単位は、リマだからだ。
「でも、限度額ギリギリまで持っておいた方が、良いんじゃないんですか?」と、丸顔の男が、進言した。
限度額を持って行ったところで、荷物になるだけですし、こういう商売をしていますと、リマよりも、貨幣価値が、安いのですよ。それに、税関では、向こうの貨幣価値で、関税を取られるので、この身一つで渡った方が、お金も掛からないのでね」と、ゲオは、淡々と語った。手元に残らないのなら、我が身だけで行った方が、気楽で良いからだ。
「ゲオさん、ライランスへ、渡った事が有るんじゃないんですか?」と、丸顔の男が、訝しがった。
「いいえ」と、ゲオは、頭を振った。そして、「わしは、あの雌犬に、金の計算ばかりやらされていたのですよ。嫌でも、アルスとリマの貨幣価値を覚えますよ」と、語った。
「なるほど。運賃関係でね」と、丸顔の男が、納得した。そして、「で、いつ頃、出立しますか?」と、尋ねた。
「今夜のうちに、渡りましょう」と、ゲオは、しれっと言った。本日発送の荷物と一緒ならば、この場に在る金で、どうにかなるだろうからだ。
「ゲオさん、それは、急ですね。渡れたとしても、縁も所縁も無い所で、どうやって、生きて行くのですか? 俺は、反対ですよ!」と、丸顔の男が、難色を示した。
「確かに、まともに考えれば、先行きが不安ですよね」と、ゲオも、理解を示した。丸顔の男にしてみれば、突飛過ぎるからだ。そして、「別の業者を雇うのですよ」と、勿体振った。いつもの業者だと、怪しまれそうだからだ。
「ゲオさんに、何かしらの策が有られるのですね」と、丸顔の男が、冴えない表情で、察した。
「無理をしなくても良いんですよ。わしだけでも、渡るつもりですので…」と、ゲオは、やんわりと言った。無理強いをする気は無いからだ。
「行くも地獄、戻るも地獄ですから、旨く行かなくても、俺は、ゲオさんを恨んだりしませんよ」と、丸顔の男が、決意を述べた。
「そうですか。じゃあ、このお金を、先程の御役人さんに、渡して頂けますか?」と、ゲオは、右手で、積み上げた銅貨を三柱取り寄せた。そして、左手を添えて、両手で縁から掬いあげるなり、丸顔の男へ、差し出した。
「口止め料か、何かですか?」と、丸顔の男が、半笑いで問うた。
「う~ん。迷惑料といったところでしょうか?」と、ゲオは、言葉を濁した。この地を去る前に、礼の一つもしないのは、義に欠けるからだ。
「ゲオさん! 役人への金品の受け渡しは、御法度ですよ!」と、丸顔の男が、素っ頓狂な声を発した。
「そうですね。じゃあ、あの雌犬に叩かれた治療費と預かり代で、どうですかねえ?」と、ゲオは、提言した。それならば、問題無いだろうからだ。
「そうですね。ちゃんとした理由になりますので、大丈夫だと思いますよ」と、丸顔の男も、にんまりしながら、手水をするように、両手を鋤けた。
その直後、ゲオは、流し込んだ。間も無く、流し終えるなり、「では、お願いしますね」と、委ねた。自分には、お金を仕分けける作業が残っているからだ。
「了解しました。では、行って参ります」と、丸顔の男が、踵を返して、意気揚々に出て行った。
「さあて、今夜は、忙しくなりそうですね」と、ゲオは、呟いた。今夜、結構しなければ、アヴェ・ンダの不正の後始末で忙殺させられて、好機を失う虞があるからだ。そして、黙々と仕分け作業を続行するのだった。