秘めたる力
人々はいつも通りの平和でなんでもない日々を送るとそう信じて疑わなかった。
しかしそんな日常が崩れ去っていくのはあっという間であった。
人々が暮らしていた痕跡だけが辛うじて残ったが、かつて繁栄を象徴していた文明の音などは一切無く、辺り一帯は静寂に包まれている。
今となって聞こえる音は、風が吹き荒ぶ音と、動物の鳴き声のようなものだけだった。
■□■□■
私は毎日電車を利用し、学校へ向かっていて、今日もいつも通りの朝を迎え、学校へ向かう途中だった。
電車に乗り、学校の最寄り駅で降りて改札を通って出口へ向かっていたところ、クラスメイトを見つけて声をかけようと思ったが、そのクラスメイトはよろめいて地面に倒れ伏す。
急いで駆け寄り声をかけようとするが、気づくと何故か遠ざかり、世界が傾いていた。
疑問に思った直後、腹部に凄まじい衝撃が迸り、そして壁に背中を打ち付けてそのまま地面へ落下する。
あまりの衝撃に意識を手放す直前、最後に視界に映ったものはクラスメイトと同じように倒れる人々と、陽炎のように揺らめく空間であった。
そして。最後に聞こえたのは
「生存者確認、ただちに確保、送還せよ」
という、人の声に似ていたが、それとは別の何か音声だけだった。
それも耳で聞いたわけではなく、脳内に直接響いてくるような気味の悪いものだった。
■□■□■
空間がうねり、基点から少しづつ大きさを広げていき、最終的には広いシェルターの全体がほとんど隠れるように巨大な繭のようなものを創り出した。
中身は草原を模した感じで、芝生や小川、背の低い木々などが生い茂っていた。
「よし、とりあえずこんなもんか」
男はそう言って、内側と外側を完全に隔てる空間を創り出した。
「相変わらずすごいな…」
「そうだね…」
トモとコウの2人は声を出して目の前の光景を眺めていた。
「あー、確かにすっごいねこれは…」
ハルがそう感嘆しているとユキが答える。
「そっか、ハルは先生の能力を見るのは初めてなんだっけ?」
「うん、そうだよ」
「アタシは初めて見た時すごいビックリしちゃったけどあんまり驚かないんだね?」
「まぁなんとなくそういうものなのかなーと思って」
ケロっとしているハルを見てルミは聞こえるかどうかという程度の声量で呟いた。
「私は気絶するかと思うくらいビックリしたのに…」
しかしハルにはしっかり聞こえていたようで、思ったことをそのまま口に出してしまう。
「えぇ…それはさすがにオーバーじゃ…?」
するとルミは拗ねたように答えた。
「みんなそう言うんですけど本当なんですよっ…」
「あ、ごめん別にそういうつもりじゃなかったんだけど…」
咄嗟に今の言葉を訂正しようとしたがルミはプイッとそっぽを向いてしまった。
「いいですっ、気にしてませんからっ」
明らかに気にしている様子のルミをどうフォローすれば考えていると後ろの方から男が声をかけてくる。
「おーい、親睦を深めるのはいいがそろそろこっちに来てくれ」
振り返ってみると男は苦笑を浮かべていたため、話を聞いていた上でタイミングを見計らって話を切り上げさせたのだと思い、半目を向ける。
「さ、始めるぞ、準備はいいか?」
男はわざとらしく目を逸らしつつ話を進めようとした。
これはもう何を言っても無駄だと悟ったハルは渋々(しぶしぶ)従うことにして、その繭のようなものに入って行く。
能力のテストとしてはドーム状の中にかなりリアリティのある空間を創って、その中で一時的なリミッター解除を行うということになっている。
万が一にも周りに被害が出ないようかなり頑丈なものとなっていて、それは基本的には何をしても壊れない程の強度を誇る。
「あー、あー、聞こえるか?」
「はい、大丈夫そうです」
男が外から声をかけると中から声が響く。
「よし、じゃあやってくれ」
「わかりました」
そう言ってハルは目を閉じ、集中力を高めることに専念する。
ちなみに力の扱い方はこちらに来る時に聞かされていた。
一応何が起きても大丈夫なようにユキとルミが主で、コウはサポートの準備をしていた。
ハルの能力を確認するためにはトモの能力を発動させる必要があると考え、トモは外側から植物を枯らす役割を担っている。
ハルが完全に集中状態に入るまでは手を出すわけにはいかないので、それまでは皆集中しつつ待機している。
それから数分後、ハルが緑色の燐光を纏い始めたところから、トモはハル以外の物質を対象として能力を発動させた。
草木はトモの方向から徐々に枯れ始め、ハルに近づいて行く。
ハルの足元が緑から黒に染まっていく瞬間、ハルから生命の息吹のようなものが発せられ、死の奔流が霧散して行った。
さらに驚くべきことに一度枯れてしまった草木が元の状態よりも大きく、そして瑞々(みずみず)しく復活していく。
その場にいるハル以外の全員が目を見開き、呆然としていると、ハルの燐光が緑色からオレンジ色となり、周りの草木が更に成長していた。
繭の中はトモの力を受けているにも関わらず草原から湿原へと変化してゆき、ハルの脛程も無かった芝生が肩へと迫るほどなっている。
それでも更に成長していく植物たち。
ハルの身を覆い隠すほど伸びたところで終わりかと思いきや、次は燐光がオレンジ色から赤へ変化しているのがわかった。
それまで成長し続けていた植物は急に動きを止め、赤い粒子を撒き散らして消えていく。
その赤い粒子は皆同じようにハル周りへ集まり、全身を包むようにして吸収されたように見えた。
湿原のようになっていたその空間は何事もなかったかのように草原へ戻る。
目の前の光景に呆然としていた一同は、自らの時を進め始め、各々の感情を吐露し始めた。
「これは…思った以上の能力だったな…」
男は頭を抱えて唸り、
「す、すごい…何がどうなってたんだろう…?」
ユキは疑問符を浮かべ、
「とても…綺麗でした…」
ルミは感銘を受けた様子で、
「なんか…圧倒されちゃったな…」
コウは呆けたようだった。
トモはというと、あからさまに落ち込んでいていることが見て取れる。
「マジかよ…」
自分の能力にもともと自信のなかったトモだが、能力を完全に打ち消された挙句、自分にはできなかったことをやり遂げたハルのを見て、自分の存在価値にさらに疑問を呈する結果となってしまった。
しかし、それはトモだけに当てはまるものではなく、ユキの『活性化』とコウの『吸収』に似た現象をもたらしたことから、その二人に焦りのような感情が湧いてくるのは無理もないことだった。
それでも、今まで培ってきた経験や感覚が消えるわけではないため、これからも努力を続けることによって、少しでも周りの人の助けになろうという考えを持つことができた二人は、さらなる進歩を迎えることができるだろう。
トモはあくまでも限界突破の前の状態だったということで自分を納得させ、その場を乗り切ろうと考えていた。
ハルは能力をほぼフルパワーで発動させた後でさすがに疲れたらしく、少し息を荒らげていたが、軽く息を調えて繭の外まで出てくる。
「なんか…思った以上に大変だった…」
皆は笑顔でハルを迎えた。
「さて、次はお前らの番だが…準備はいいか?」
その一声で二人の顔が引き締まる。
「はい、大丈夫です」
「右に同じく」
「どっちが先にやる?それとも二人同時にやるか?」
「どうする?僕はどっちでもいいけど」
「俺もどっちでもいいな…」
「うーん面倒だし二人いっぺんにやれ!そっちの方がコウの能力も使いやすいだろ?」
「確かにそうですね、じゃあ一緒にやろうか?」
「おう、お手柔らかにな」
「それはこっちのセリフだけどね」
コウは苦笑を浮かべて答えた。
週一くらいで更新できるように頑張りたいです