異変
「ル…ミ……?」
そこでユキが見たのは、人の姿を残してはいても昨日とは明らかに昨日と様子の違うルミだった。
「ルミ…だよね…?」
ユキは顔を驚愕の色に染めつつ、問う。
「うん…」
ルミはうつむきながらも短く返事をした。
ユキはかける言葉が見当たらず絶句するが、目の前の光景を把握すべくルミの全身を見回す。
額から生えた一本の歪な角、腰の辺りから広がる黒い片翼、手足から伸びる鋭い爪、猫のような鋭い眼、鱗のようにもみえる一部の皮膚。
それらはすべて、この世のものとは思えないほどの…艶やかでありながら、どこか儚げで、か弱い印象を与える。
沈黙がしばらく続いたが、最初に沈黙を破ったのはルミだった。
「気持ち…悪いよね…こんなの…」
ルミの言葉を聞いてユキは呆けた様子で感嘆の声を漏らす。
「綺麗…」
「え?」
ルミは困惑した様子で首を傾げた。
そんなルミを置いてユキはルミの間近まで歩み寄り、手を取る。
「すっごく綺麗だよ!ルミ!」
その反応に、さらに戸惑ったようにルミは慌てふためく。
「え、え?どうしたの?何言ってるの?ユキちゃん?」
ユキはさらに詰め寄り、その異形のような部位を食い入るように見ながら興奮した様子で続ける。
「どうしたの!?どうしてそんな姿に!?」
その時のユキの瞳は暗かった、恐怖すら覚えるほどだった。
ルミはそれに気圧され後ずさる。
「ユキちゃん…?ちょっと落ち着いて…ね…?」
その言葉で我に返ったのか恥ずかしそうにルミの手を離すと同時に瞳に優しげな光が戻り、手を交互に振る。
「あ、ごめんね…ちょっと興奮しちゃって…」
「う、うん…ちょっと怖かったよ…」
ルミは少し涙を目に浮かべていた。
「ほんとゴメン…」
次は申し訳なさそうに項垂れる。
「うん、大丈夫…それで…これ以上人に見られたくないんだけど…ユキちゃんの力でどうにかならないかな…?」
胸の前で手をいじりながら恥ずかしそうに聞く。
「やってみないとわからないけど…」
「これじゃみんなの前に出られないし…なにかと不便そうだから…」
ルミは自分の手や足を一通り見てそう言った。
「そっか…そうだよね…わかった、やってみるよ」
ユキは目を瞑り、心を落ち着かせて考える。
(どうしようか…人間の部分を活性化させるだけだと意味なさそうだし…異形の部分だけをピンポイントで衰退させられるかわからないし…)
「ねぇルミ、これの原因…聞いてもいい?」
「えー…っと…。うん…いいよ。それで治せるなら…」
ルミは少し考えた後で頷いた。
「あのね、ハル…くん?の話を聞いて、私も頑張らなきゃって思って…」
「そっか…それで…」
ユキは真面目な表情からほっと一息ついて微笑んだ。
「まだこの段階だったからまだしも…もっと進んでたら…」
「うん…」
過去の仲間たちを思い出し、俯くルミの顔を優しく両手で包み、面を上げさせる。
「それで、元に戻すために必要なことがあるんだけどいいかな?」
「うん…」
「ルミの能力でルミの今の力をアタシに少し分けてくれない?あ、少しだけね」
「それはいいけど…でもどうしてまたそんなことを?」
「今のままだと力不足だと思うし、不安定でどうなるかわからないから、一つはルミの力を少しでも弱めるためで、もう一つはアタシの能力を一時的に上げて安定性を上げるために」
「なるほど、わかった…じゃあ…やってみるよ…?」
「うん、お願い」
□■□■□■□
コウ、ハル、トモの三人はルミの部屋へと向かっていた。
「あの様子はただごとじゃなさそうだったよね…」
「そうだね…」
「確かにな」
「まだここに来てすぐなのに…これからどうなっちゃうんだろう…」
ハルは不安がってそう言うが、それに対してトモはやれやれというような素振りをして言う。
「まぁなるようになるさ、わからない未来を考えるよりも今わかってる問題にどう対応するかの方がよっぽど重要だ」
その言葉を聞いてコウは感銘を受けたように声を上げた。
「おぉ…」
「な、なんだよ…」
トモは戸惑ったように視線を向ける。
「トモ、意外といいこと言うね、確かにその通りかもしれない」
「意外で悪かったな…」
トモはそう呟き視線を逸らした。
「あはは、ごめんって、悪気は無かったんだよ」
その短い2人のやり取りを後ろから見ていたハルが小さな声で呟く。
「いいな…仲良しなんだね2人共…」
その呟きにはどちらも気づく様子は無かった。
「ほら、早く行くぞ」
トモは少し後ろに付いていたハルに声をかけた。
「あ、うん」
そのまま3人はやや急ぎ足で部屋に向かう。
□■□■□■□
程なくして、3人はルミの部屋の前に着いた。
コウが扉の前に立ち、ノックする。
「ルミ、ユキ、2人とも居る?大丈夫?」
するとすぐ返事が帰ってきた。
「コウ!?あ、うん!居るし大丈夫だけどもう少し待ってて!」
少し落ち着きの無いようにも感じられたが、ユキに関してはそれがいつも通りであるため、別段気にすることも無かった。
3人はまず2人の安否を確認出来たことに胸を撫で下ろす。
「何かできることとかあれば言ってね」
「えっと…じゃあ少し耳塞いでてくれる?3人ともね!」
理由はわからなかったが、ユキがルミに何かしらの処置をしていると思い、とりあえずは先生にその状況を報告するため一度戻ることにした。
「それなら1回先生に報告しに戻るよ、何してるのかは分からないけど、そっちの方が良さそうだ。それじゃ用が終わったらシェルターの方に来てね」
「じゃあ2人ともまた後でね」
「早めに来いよな」
3人はそれぞれそう言って、来た道を引き返していった。
3人が立ち去るのを確認してからユキはため息を一つ吐いて扉に背を預け、その場にしゃがみこむ。
「はぁ…はぁ…余計な心配かけさせる訳には…いかない…よね…」
その時のユキは、ルミ程ではないにしても先程までとは打って変った容貌だった。