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人界黙示録  作者: 橘渚月
11/11

旧支配者

気づけば10ヶ月も経っていました。

相変わらずのペースですが引き続き頑張ります。

 遥か昔、何も無い、あるところに一つの自我が生まれた。

 ここではとしよう。

 彼が自我を得た時、辺りには『無』が広がっていた。

 その『無』は明暗という概念も無く、ただひたすらに『無』であった。

 そもそも『無』という概念すら存在したかも怪しい。

 そんな中で彼は孤独感を感じた為に、何か行動を起こそうとして、虚空に向かって声を発することにした。


「・・・・・・・・・」


 それは静寂であった。

 音の羅列られつに意味は無く、その音を認識した者もいなかった。発声した己ですら認識することはできなかった。

 やはりそれでも孤独感は変わらず、呼応する者もいない。

 そこで彼は思った。

 今の自分は何をしても意味を成さない。まずは自分自身の存在を確立させなければ何か行動を起こすことは出来ず、また、全てが無である、と。


 自我を得た時点で思考能力は得ていた。逆に言うと、おのうちにある思考能力のみしか存在し得なかった。

 外側には何も無いためである。


 まずは視覚を、次に聴覚を、そして最後に触覚を。

 すると、一気に世界がひらけ、己の存在がここで確立され、一つの概念、「私」が誕生した。

 しかしそれでも辺りは何もなかった。

 何も描かれていない真っ白なキャンバスを色鮮やかに染めていくように、自分の思考を片っ端から具現化していった。


 彼は後に創造主と呼称されるようになるのだが…




■□■□■




 時は流れ絶対的な信仰も減り、存在自体が危うく風前の灯となった彼は何を思うだろう。


 科学が発達し、あらゆる事情が事細かに観測、再現されて行く中でほぼ全てを網羅したと思い込む人間たち。


 彼は独り誰も居らず、何も無い空間でその光景を眺め、おぼろげにたたずんでいた。


 今こそ決別のとき、未練がましくすがり付くのを辞め、後は人間の好きなように歩んで行くと良い。

 自分の役割も捨て去り、人間ように自由に生きたいという秘めたる想いも奥底へ仕舞い込み、残された多くない時間を有意義に過ごすべく、そこから目を離そうとした。


 しかし、そこで何か、この世界とは一線を画す存在を見た。見てしまった。


 それを認識したためにそこでその存在は確立した。

 今まで外部で揺蕩い、自我を持たず、ただの塵だったものが一つの塊として、存在することになる。

 自分の手の届かない存在、干渉出来ない特異点として。


 そしてそれを不覚にも恐れてしまった。

 今まで感じたことの無い未知の感覚に戸惑うのも無理はなかったが付け入る隙が一瞬できたという事実は変わらない。


 その塊、ダークマターは明確な自我は持たなかったが、瞬く間に増殖、膨張し遂には全てを飲み込んでしまった。


 私という存在が完全に隔離されたが、その状況を打開するための策が一つだけあった。

 自らの神格を堕とし、一般人に紛れる方法だ。

 かなり不自由をすることになるが今できることはそれだけだった。


 このまま何もしないという手もあったが、どうせ限られている時間を無為に過ごすくらいなら最期に自分の願望を叶えてもいいのではないか。


 そう考えた彼はどうしたら自らを堕とすことができるかを思案し始める。


 理想を語ることは出来ても実現させるのは困難を極めた。


 その存在そのもの、概念が彼が彼たる所以ゆえんであり、詰まるところの原因なのだ。

 その原因を取り除かないことには堕ちることも出来ない。しかし、その全知全能とまで呼ばれた彼が不可能と思った時点でその概念自体が矛盾を孕む。


 矛盾を孕んだモノはその内部で互いを食い潰し、反発し合い、最後は自壊する。


 葛藤する間もなく、いとも容易たやすく崩壊をもたらした。


 結果的に神格を堕とすことは出来たがその弊害は少なくなかった。


 まず第一に性別が無かった。

 今までどちらの性にも所属していなかったのであり、


 第二に姿を持たなかった。

 元々意識のみの存在であったために具現化には至らなかったようだ。


 そして地上に降りて気がついたこと…見渡す限り、おおよそ人間と呼べるモノ_____自分が先程まで観測していた無数の点は存在していなかった。


 今まで自分は何を見ていたのか、何を創ったつもりでいたのだろうか。そもそも自分は何者だ?一体誰だ?頭の中が大量の疑問符で埋め尽くされていく感覚に襲われ、そこで彼の意識は途切れた。




■□■□■




「…い……おい君…大…夫か…?」


 何者かに揺さぶられて目が覚める。


「あれ…ここは……ッ!?」


 私は声のする方向へ振り向き、咄嗟に飛び起きて大きく下がり距離を取った。


「ま、待ってくれ!危害を加えるつもりは無い!」


 声を掛けてきた男は害意がないことを伝えようとバッと手を挙げた。


「貴方は誰ですか?一体何者ですか?」


 私が距離を保ったまま疑問を投げかけると男はそのままの体勢を維持しつつ一度困ったような表情を浮かべ、慎重に言葉を選んでいるようだった。


「俺は…いや、すまないが自分でもわからないんだ…気づいたらここにいて…」


「そんな都合のいいことは…」


 ないだろうと言いかけたところで自分も同じような状況に身を置いていることに気がついた。記憶はまだはっきりとしていないが何か大切なこと、大事な何か抜け落ちているという感覚だけがやけに鮮明だった。


「そういう君は?」

「私は…その…」


 私が顔を伏せながら口を噤む姿を見て、その男はお互いの状況を察したように話し始める。


「どうやら君と俺は似た状態のようだな…それに、今の俺に君をどうこうできる力はない…」


「…?」

 私は付け加えられた言葉の意味を測りかねて首を傾げていると、男は引きつった顔で言葉を続けた。


「えーっと、そうだな…とりあえず話がしたい…出来ればその得物を下ろして欲しいんだが…」


「得物…?」

 そう言われて男の視線を追って手元を見てみると鈍くも禍々しい光を放つ一本の長刀が握られており、そのきっさきは男の首に届くまであと数センチというところだった。


「…!?」

 自分の状態を客観的に見てみるとそれは今にもその首を切り飛ばさんとしている姿だった。

 私は慌てながらも一度心を落ち着けて、長刀に意識を向けるとそれは黒いもやのようになって霧散していった。


「助かった…」

 男はそう呟き、ほっと胸を撫で下ろすと落ち着いた雰囲気で改めて話し始める。


「ひとまず俺が今分かっていることを話す。俺は気づいたらここにいて、そこで君が横になっているのを見かけて声をかけた…という感じなんだが…君は何か覚えていることはあるか?」


「いえ…何も…」

 私は俯いてそう答えることしかできなかった。

 何か大切なことを忘れている。ただそれだけしかわからない。


「そうか…しかし困ったな…お互い何もわからないと整理のしようもない…ここに居ても進展はないだろうし、とにかく辺りを探ってみるというのはどうだろうか」

 男がそう提案すると、考える素振りを見せることもなく承諾する。

「そうですね、まずは情報が欲しいですし」


「よし…。それで、情報集めの一環として聞きたいんだがさっきの刀?みたいなのは何だ?空気中に消えていくように見えたが…」


「あぁ、これですか?これは…一体何なんでしょう…?」

 私はそう言って少し立ち止まって距離を取り、手元に意識を向けて刀をイメージしてみると先程と同じような刀を具現化することが出来た。


「あ、あぁ…それだ…」

 男は驚いた表情と共に冷や汗のようなものを額に浮かべていた。


 試しに軽く刀を振るとその直線上に存在する数十メートル先の建物らしき物体が、真っ二つに切り裂かれるという光景が広がり、愕然とした二人はそれに目を奪われ、各々の感想を述べる。

「これは…安易に取り出せないですね…」

「何故さっきの俺は無事だったんだ…?」

「振り切ってなかったからでしょうか…?」


 暫くの間を置いて静かに刀を消し、ひとまず両者とも落ち着いて改めて行動を起こそうとする。


「とにかく辺りを見に行きますか…他に私たちと同じような境遇の人がいるかもしれないですし…」

「あぁ…そうだな…」


 と言ったところで二人の視界の端を小さな黒い影が通り過ぎたのをお互いに確認し、見失わないように共に追いかけ始めた。


 その光景を遠くから静かに眺めている人影が一つあった。

 それは楽しげに肩を揺らし、小さな声で


「やっとみつけた…」


 と呟いた。

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