非情な現実
ひとまず月一頑張ります…(目標が下がって行く)
彼女は小さな黒い影を追っていた。
森の中を掻き分け、ひたすらに追い続ける。
自分でもなぜ追いかけているのかわからないまま、時が止まったように日が落ちない真っ赤な空が、ただそれを見下ろしている。
彼女が違和感に気づいたのは、黒い影が見晴らしの良い場所で立ち止まった時だった。
黒い影を追いかけていた時間は体感1時間程。
かなり長い時間追い続けていたことになるが、辺りが徐々に暗くなっていく様子が見当たらない。
「あれ…?そういえば…全然暗くならない…?」
ふと空を見上げてみると先程と変わらない空。
森の中にも関わらず虫や動物の鳴き声も一切しない。
急に怖気を感じ、恐る恐る影の方へ向かって歩いていくと、そこは崖のようになっていて、街を一望できるスポットだった。
「…そんな…」
彼女は絶句し目の前の光景に目を剥く。
視界に写ったものは、今にも崩れ去ってしまいそうな風化した街並みだった。
栄えていたであろう面影は辛うじて残っているが、廃墟然とした風貌である。
見る限り人の影は全く無く、車一台走っている姿も無い。
目の前の光景に気を取られているうちに黒い影は忽然と姿を消していた。
「あれ…?猫ちゃん…?どこ…?」
彼女は辺りをキョロキョロと見回すが何も居ない。
崖のギリギリまで行って下を確認する勇気もなかった。
唯一確認できた生物らしきものが消え去ったことによってこの世界に独り、取り残されたような感覚に陥る。
「この先どうすればいいの…?誰か…誰か居ないの…」
虚空に問いかけても答える者はおらず、時間だけがただ過ぎ去って行く。
しばらく放心状態になっていたが、街の方から轟く無機質な音に我を取り戻し、そちらを見やるとビルや家屋がいくつか崩壊する様子が見えた。
現在何が起こっているか、どうしてこんなことになっているのかを考えてみたが、ここでボーッとしていても何も解決しないし、一向に答えは出ないと思った彼女は街へ行くことを決心した。
来た道を引き返し、一度森から出る事だけを考えて行動を始める。
これ以上日が暮れることはなく、索敵範囲に生物が一切居ないことを確認しながらひたすら森の中を進んでいく。
本来人間が持ち合わせて居ない能力を、あたかも元々保持していたかのように使いこなしている自分に違和感を覚えることもなく。
崖を迂回しつつも迷うことなく、確実に街へ向かうルートを進んで行った。
■□■□■
「はぁ…はぁ…」
「……っ…」
息も絶え絶えな2人はついに力尽きてその場に倒れた。
どちらも疲労困憊である。
さすがに死ぬことはないが数日はダルさが続くだろう。
倒れた2人を見て、男は繭を解除し、ルミが一度起き上がれる程度に力を付与し、その後ユキが活性化させて回復を促す。
結果としては最初以外事故が起きることはなく、どちらも無事…とは言い難い状態かもしれないが、ひとまず成功した。
当初の目的は達成したと言っていいだろう。
彼らは皆、許容量が増え、以前よりコントロールも効くようになり、暴走する心配はほぼ無くなった。
ここから広がった器を一杯にしてまた限界突破をする段階へ行くことができれば、完全に手中に収められるようになるだろう。
これからは各々が進む道を決めなければならない。
そのためには現在の世界の状況を確認する必要がある。
「お前たち、今日はご苦労だったな。今はしばらく休息をとってくれ。明後日、元の世界に戻る」
「はい!」
「わかりました…」
ユキは元気良く返事をし、辛うじて起き上がることのできたコウは行く先に希望を見据えながら答える。
ルミは感極まって言葉が出ないようで、トモは何か達観したような感情を抱いており、ハルは相変わらず複雑な心情で他の5人を眺めていた。
「よし、じゃあ今日はとりあえず解散だ!あと2日で心の準備はしておけよ?」
男はそう言い残して1人どこかへ跳んで行った。
空間の跳躍はこの男の得意分野である。
その様子を見届けた5人は皆集まってお互いを賞賛し合った。
先に口を開いたのはハルだ。
「いや〜2人とも凄かったね、あんなに激しくぶつかり合うなんて思わなかったよ」
「いや、ハルもかなり凄まじかったぞ」
「僕らは最初もっと苦戦してたのにね」
「いやー、アタシも最初はすごかったよ、悪い意味でだけどね」
「わ、私もすごい大変でした…」
ユキは軽くはにかみながら言い、ルミが続いた。
「そうなんだね、でも苦労してる分経験値になってるんじゃない?」
「それもそうだね、何はともあれ皆無事でよかったね」
ハルの言葉にコウが答え、その場をまとめた。
「そう言えばハルにあっちの世界の話を聞こうとしてルミを呼びに行ったんだっけか」
「あ、そうそう、すっかり忘れてた!」
トモが今朝の話を思い出し、それにユキとコウが「そういえば!」と続いて言った。
「とりあえず一旦解散してまた明日、広間に集まらない?結構ヘトヘトだし…」
「そうだね、さっきのは応急処置だしちゃんと休んだ方がいいかも」
「じゃあ今日のところは疲労回復に充てよっか」
コウの提案にユキとハルも同意した。
「じゃあまた明日ね」
そう言って残りの5人も各々の部屋に戻って行った。
コウとトモは5人の中でも特に疲労していたため、部屋へ戻るなりすぐに眠り、ユキとルミは部屋に戻って少しした後広間で談話をしていた。
ハルは1人、自分の部屋に着いたところで一息吐いて明日、どこまでを話すべきかを考え始めた。
(うーん…実際に行くとなると隠しても意味無いかな…?かと言ってもありのまま全部話したら期待を裏切ることになるかも…
あの4人は現状を知らないだろうしどう説明しようか…)
ハルがうんうん唸っていたところで扉をノックする音がして一旦思考を打ち切り、そちらへ向かう。
扉を開くとそこには先程どこかへ跳んで行った男が立っていた。
「おうハル、疲れてるところ悪いがちょっと時間いいか」
「あ、はい、わかりました」
「着いてきてくれ」
ハルはすぐ返事をして男に着いていく。
しばらく進むとその男の部屋の前に着き、中へ招かれた。
ソファに腰掛けるよう促され、ハルが座ると、すぐに本題を切り出した。
「明後日のことなんだが…お前はどうする?一緒に行くか?それともこっちに残るか?」
ハルもその意図はすぐに汲み取り、一考する。
(戻らなくていいならそっちの方が大いに助かるけど…みんなと一緒に行きたい気持ちもあるし、他のみんなも一緒に行くものだと思っているだろうしな…)
考えている間、男は何も言わずにただただ待っている。
「それでも、行きます。その義務がボクにはあるので」
ボクは覚悟を決めた。
「…そうか、わかった。明日はどうする?」
「一応伏せたままにしておこうかなと思って」
複雑な心境のまま話すのはまだ早計だろう。
「そうだな、まず見てもらってからの方が説明もしやすいだろう」
「…はい」
「明日は一日出てるから何かあれば今日の内にな」
「わかりました、それでは失礼します」
「おう」
そう言ってハルは男の部屋を後にした。
部屋に戻ると布団へと倒れ込む。
今のうちに頭の中を整理しておかねば余計な事を口にするかもしれない。
そう考えてハルは思考の世界へ埋没していくと同時に精神的な世界へ移った。
これは瞑想の一種であり、肉体はそこにあるが意識だけが別の場所に存在する。ここでは過去の記憶を辿り、擬似的にその経験をすることが可能だ。
そして、過去の記憶が再生される…