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シリーズ化した短編

五番目の女のバレンタイン事情

『2月』――そう聞いて何を思い浮かべるだろう?

 

 節分かバレンタイン。

 大抵の人はそのどちらかを想像するだろう。何と言っても世はそればかりなのだから。

 コンビニもスーパーもデパートもこの商機を逃すまいと早い所では年が明けるよりも前から広告を打ち出している。

 

 それは面倒くさがりな私の目にも入るほどに。


 

「バレンタイン、どうしようかな……」

 そう考える私の頭にはもちろん彼氏の隼人がいて、この時期になるとバレンタインのチョコレートを渡すべきか渡さぬべきか考え込んでしまうのだ。

 

 去年はデパートでお高めの、いわゆる本命チョコというものを買って学校には行ったものの会えずに終わった。ちなみにそのチョコは家族一同に振舞うことによってホワイトデー以後の体重増加へと繋がった。

  その前はインフルエンザで寝込んだため用意すらも出来ずにいた。

 そしてその前は……なんだっけ? 用意したものは忘れたけど結局渡せなかったことだけは覚えている。

 

 そして今年。

 どうせ他の彼女4人からもらうだろうから用意しなくてもいいんじゃないかという思いと、今年こそは渡したいという思いがせめぎ合い、現在拮抗状態が続いている。

 

「うーん……」

「れーいちゃん、何唸ってんの?」

「あ、拓馬。お帰り」

「ただいま。それでどうしたの?」

 暖房のよく効いたリビングでヌクヌクとしながら唸っていたせいか、帰宅したばかりの従弟、拓馬に気を使わせてしまったらしい。

 

「今年、バレンタインどうしようかなって思って」

「俺、れいちゃんの手作りクッキーがいい」

「ん、了解」

 拓馬がクッキーだとすれば当然父さんの分もクッキーで決まりだ。

 生地を作って、拓馬のはチョコチップを、父さんのはジンジャーチップを、ついでに母さんのは紅茶でも入れておこう。

 うん、家族の分は問題ない。

 

 問題はやはり隼人の分なのだ。

 塾帰りの拓馬がエナメルバックを背負ってリビングを後にするのを「お風呂沸いてるから入っちゃいな」と言って見送ってから再び溜息を吐くのだった。

 

 

 そしてあれから数日が経ち、我が家の日めくりカレンダーは2月13日、バレンタインデー前日であることを示している。

 悩んだ私は結局、隼人の分は用意しないことにした。……というのもその日は私や同じ学科の友人は補講があるが、隼人の所属する学科はすでに後期の授業を終えている。そのため、そもそも隼人には会えないのだ。わざわざ呼び出して渡すという選択肢などない。あったら去年のクリスマスもその前のも家で家族と共にケーキを食べてなどいない。

 

 そして今は絶賛クッキー作りに勤しんでいる。

 大量生産向きのクッキーは私の数少ない友人にも渡すことに決めた。以前オヤツに食べようと持っていったものを3人がかりで根こそぎ食べてしまった彼女達のことだから喜んで受け取ってくれるだろう。

 拓馬と父さん、母さん用のものに加え、ゴマとココアのものも作ることにした。

 型は一律丸いものにして順に焼き上げれば終了だ。

 面倒な私でも6人分+自分の分を作り上げることが出来るとはさすがクッキーである。ちなみに洗い物も少ない。

 クッキーをリクエストした拓馬はおそらくそれを見越してのことだろうと思うと普段は離れて暮らしているとはいえ血のつながりってすごいなと思ってしまう。

 

 

 バレンタイン当日、朝一で朝練に向かおうとする拓馬に「ほれ」と渡すとシスコンを拗らせていることに定評のある拓馬は「今日はれいちゃんのしかもらわないから」と両手で嬉しそうに受け取った。

 

「いや、他の子のも受け取ってあげなよ」

 身内の私がこんなことを言うのもアレだが、拓馬はものすごくモテる。5人もの彼女がいる隼人と同じくらいに。だからバレンタインともなれば大量のチョコレートをもらい、2月で一年分のチョコレートを食すのだ。

 

「えー、義理であの量はキツイから今年から断ろうと思ってるんだけど……」

 

 ちなみに拓馬自身はそれらを全て義理チョコだと思っている。明らかに一目で本命だとわかるラッピングのものを義理だと言い切るのはきっと彼の学校中を探しても拓馬くらいなものだろう。

 あれは本命だと今さら説得するの面倒くさくて、けれど用意してくれた女の子達の意思を汲んでとりあえずは「義理でもいいからもらっときな」と言っておくことにする。

 

「ん」

 従姉の言うことは基本的に聞くスタンスの拓馬は相変わらずクッキーの袋を手に持ったまま、家を後にした。

 おそらくは朝練前にでも食べるつもりだろう。私は毎年そのつもりで渡している。

 ちなみに今年は叔父さんと叔母さんの出張のため、我が家にいるから楽だ。毎年毎年、拓馬は朝練前にバレンタインデーのお菓子をもらいに来るため早起きをしなければならなかった。あれは本当につらい。というか本人も30分も離れた従姉の家にわざわざ朝一でお菓子を取りに来るのはめんどくさいだろう。朝練前の腹ごしらえのためにあそこまでする従弟はすごいなぁと思うのであった。

 

 その後、朝食で顔を合わせた父さんと母さんにも渡してから、他の3人分の入った紙袋を片手に私も学校へと赴くのだった。

 

 

 昼時に手をスッと差し出した彼女達の手に同じラッピングの袋をデンデンデンと置くと3人ともが頬を緩ませ、そしてすぐにその袋を開けて食べ始めた。


「玲子のクッキーだ!」

「レアい」

「美味しいんだよねぇ……」

 ちなみに彼女達からもらったのは食べ物ではなく、石鹸の詰め合わせ、ハンカチ、靴下といった実用品である。

 甘いものに目がない3人ではあるが、料理は壊滅的に下手である。その代わりに私には皆無の美的センスというものを持ち合わせており、バレンタインなどのイベントごとは一種の物々交換となりつつある。

 

「紅茶とよく合うわ」

「やっぱり用意しといて正解だった」

「そろそろいい感じに冷めたから玲子も飲みなよ」

「うん。……あ、美味しい」

「でしょ?」

 ラウンジの一角でお茶会みたいになるだろうなぁと予想していた私は実は自分の分もちゃっかり用意していたのだ。いや、だっていつもこうなるし。友人の1人、三好が用意してくれる紅茶は本当に美味しくて、お菓子とよく合うのだ。

 

「そういえば今年の神薙君の分は何にしたの?」

「今年は用意してない」

「は?」

「今日は隼人、学校来ないし」

「……玲子は一応神薙の彼女なんだよね?」

「5番目だけどね」

 うわぁと口に出さないながらも呆れたような、どこか同情しているみたいな視線を向ける3人。

 さっさとその話題を切り上げてカバンをガサゴソと漁り、みんなに渡したのとは明らかに差のある雑なラッピングの袋を取り出して開けようとしたその瞬間「待て」と何者かによってその手を阻まれた。

 その声に若干、嫌な予感がした。

 私の手は止まるし、友達3人はさっさと食べ終えて「紅茶、美味しいわねぇ」なんて3人の世界に浸ってしまっている。

 仕方ないとゆっくりと顔を後ろに向けるとやはりその人、隼人が仁王立ちをしていた。

 

「ああ、隼人。今日は休みじゃなかったっけ?」

「休みだ」

「だよね」

 うん、やっぱり私の記憶は正しかったと首も身体と同じ方角に戻すと早速袋を開けようとしたその時、袋は隼人によって取り上げられてしまった。

 

「なにすんの?」

 クッキーを返してと睨む私と、なぜだか怒っているらしい隼人の睨み合いが始まる。

 そしてしばらくしてから逸らしたかと思えば、手元のラッピングを素早く外し、中のクッキーへと手を伸ばした。

 

「バレンタインはこれでいい」

 そう言い残してすごいスピードで食べ進める。他の3人よりも口へと動く手は速い。よく喉に詰まらないなぁと感心するくらいだ。


 そして私はこの時、悟った。

 ああ、隼人は本命からもらえなかったんだなと。

 彼の本命が1番目から4番目のどの子かはわからないが、わざわざ休みの日に学校に来るくらいにはもらえることを期待していたのだろう。

 忘れたか、用意していなかったのかは知らないが、その憂さを私の今日のオヤツを食べることで晴らせるというのなら安いものだろう。

 それに誕生日に続き、イベント事のある日にこうして隼人に会えた。たまたまだとはいえ、嬉しいことには変わりない。

 

 ラッピングは綺麗じゃなかったけど、苛立っている隼人はそんなことは気にしない。

 

「ホワイトデー、楽しみにしてろよ」

 空になった袋を突き出して隼人はそう宣言する。

 バレンタインの偶然の遭遇に続いてホワイトデーの約束まで取り付けるなんて余程のことがあったのだろう。

 

「うん」

 緩みそうになる頬に力を入れて隼人の背中を見送る。

 そしてお茶菓子のなくなったけれど相変わらず美味しいお茶を、3人に「良かったじゃん」とからかわれながら楽しむのであった。

 


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