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作者: 立川了一

 それは暑い暑いと文句を言って、氷アイスに涼を求める、よくある夏の日常だった。


 バタンッ。


 台所でそうめんを茹でていたお母さんが急に倒れた。


「だいじょーぶ?」


 別に、日常生活において転ぶことなんてよくある。そのときの僕は投げやりの心配だけをして、夏休みという学生の特権に浸っていた。

 けれど、十秒経っても二十秒たってもお母さんは起き上がらない。


「お母さん?」


 お母さんは目を開いたまま仰向けで倒れていた。火にかけた鍋がグツグツいっていたので、まず先に止める。


「お母さん? おーい」


 このときは、ふざけてるだけだと思った。

 これが突然猛威を振るい始めた『石化』という奇病だと知ったのは、お母さんの死亡が確認されてから。



 石化は生きているのに急に死後硬直のように体が固まり、全ての機能が停止してしまう病気だ。

 感染経路は不明。病原体も不明。治療方法などあるわけない。

 石化が始まったら死ぬだけだ。




 夏休み明け、四十人近くいるはずのクラスメイトは半分もいなかった。

 一部はただの夏風邪。一部は石化を警戒するがため、登校拒否。そして、残りは……?


「石になった」


 そう告げたのは副担任の先生。担任も石化に感染して死んでしまった。

 始業式は行われなかった。なぜなら休校になってしまったからだ。


 通学中に三人、教室についてからまた三人、課題を提出したあとに五人、僅か数時間のうちに十一人の生徒が石になった。二つ隣のクラスの担任は出席を取ったあと石になった。

 もはや学校どころじゃない。いつ死ぬか分からない恐怖に怯えて暮らさなきゃいけない。


 でも、僕は分からない。石になった人間は壊れたラジコンと同じ。そりゃ動かないと悲しいけど、しょうがないこと。

 それをしょうがないの一言で片付けてしまう僕は人として最低なんだろう。


「意志のない奴らが石になっちゃった~。君はちゃんと自分の意志をもってるー?」


 帰路を進む僕に、ヘラヘラした女の子が話し掛けてきた。

 彼女のことは知らない。いや、殆ど記憶にないだけだ。


「たしか、不登校だった……」

「あたしのことは、どーでもいいの~。君は意志もってんの~?」

「質問の意図が分からないよ」

「あーれ~、知らない? 石化しちゃったひとはみーんな、自分の意志を殺してたひとなんだよー」

「どういうこと!? 僕のお母さんも……」

「あはっ、君のママも石になっちゃったんだ! うんうん、主婦なんてストレスだらけだもんね~」


 お母さんが石になったのは、僕ら家族に不満があったからなのか?

 たしかに、お母さんはよく怒っていた。その理由は、お父さんが食べ終わった皿を水に浸けないことだったり、僕が食べ終わったアイスのゴミを片付けてなかったり、とそんな些細なこと。

 小さなこともキチンと口に出していたお母さん。これは意思を殺していたというのだろうか?


「意志の弱い人間が石になっちゃうって、ギャグでーすーか~? ばくわら、ばくわら」


 だんだんとこいつのヘラヘラした態度がムカついてきた。


「ふざけるな! 人が死んでるのにお前はなんで笑ってるんだ?」

「その言葉は自分の意志で言ってる? ねぇ? ねぇ? あたしの挑発に乗っちゃってないよねぇ?」

「うるさい!!」


 そう怒鳴ったところで不安になる。

 僕の言葉は僕の意思によって紡いだはずのもの。だけど彼女の言う通り、彼女の挑発がなければ僕は怒鳴らなかった。ましてや、寸刻前の僕は人の死にたいして、軽んじていた。


「ちゃ~んと、自分の意志を持って生きないと、君も石になっちゃうよ。踏まれても主張出来ない石にね~」

「頼む。知ってることを教えてくれ!」

「その言葉に、君の意志はあるの? 同じ状況なら誰でも思うんじゃなーい?」

「生きたい! その意思を否定するな。僕は僕の意思でまだ生きていたい」


 蛇口をひねったら勝手に水が出てくる、それと同じように口から出てきた言葉に自信は持てない。


「う~ん、ぎりぎり合格かな。かむひやー」


 僕は名前も思い出せない彼女の後を追う。



「到着! ようこそ我が家へ」


 着いたのは普通の二階建ての一軒家。

 なぜ僕は彼女の家に招かれたんだろう?


 玄関を入ってすぐの所に、男の人が倒れていた。


「でぃすいず、まい、パパ。三日前に石になったった。アッチのはまいママ。う~ん石になったのは五日前か~な?」


 階段の途中に女性が倒れていた。人の死体なんて今までに見たことないけど、三日や五日放置された死体は、こんなに綺麗なままなのか?


「あ~れ、これも知らないの? うそ! 石になった人は文字通り石になったんだよ。人の形はしてるけど、これはただの石。たぶん、思いっきり叩けば割れるんじゃない?」


 ずかずかと自分の母親を踏み越えて、彼女は二階へ向かう。

 たとえ石になったからといって、見ず知らずの人間を踏み越えて行くことに躊躇いがないわけない。しかし、絶妙な位置に倒れていて、二階へ行くには必ずしも踏まないといけない。


「……失礼します」


 そう小さく呟いて、出来るだけ踏まないように努力した。

 石になった人間は、とっても硬いということを知った。



「ここが~、あたしの部屋でーす!」


 ベッド、机、本棚、扇風機、とこれまた普通の部屋だ。

 同世代の女子の部屋に入るのは初めてだけど、意外と男の部屋と代わらないものだ。

 床に無造作に置かれた衣服の中に女性ものの下着があることぐらいが、唯一の違いだろう。


「ナニナニ? やっぱり男の子だからきょーみアリアリですかー? いつ石になるか分からない状況でも子作りしようぜって、キャーこわい~」


 こいつのテンションは何なんだろう?

 彼女は絶叫してベッドにダイブした。ばふっと軋む音と共にホコリがまう。


「あれ、こないの、なんで? 賢者モードorホモサピエンス?」

「なんでそんなに意外そうな顔をするの? 逆になんでいくと思うの?」

「えー、さっき言ったじゃん。いつ死ぬか分からない状況だからこそ、少しでも遺伝子を残そうとするのが生命のさがでしょ」


 さっきまでのテンションから一変して、真顔でそう言った彼女。

 僕は彼女の机の横に置かれた椅子を借りる。


「君は石化について何を知ってるの?」

「なーんも知りません奉り候」

「真面目に答えてよ」

「あたしはあたしの意志で答えてるよ」


 また意思だ……。


「意思じゃなくて意志。この世はもう終わり。明日には今日よりもたくさんの石が、次の日にはもーっとたくさんの石が転がってる。あたしは最後最後まで生き抜いてやるの」


 なんで生き抜くのって聞くのは愚問かな。でも気になったから聞いてみる。


「あたしはねぇ、最後の一人になったら自殺するの。あたしはあたしの意志で死ぬの。石なんかにはなりたくないもん」


 あっさり答えてくれたけど。


「なにそれ、死ぬために生きるの? だったらもっと別の意思を持てばいいのに」

「たーとーえーば~?」


 僕は少し考える。いい答えが見つからない。

 僕が黙っていると、彼女は枕をぶつけようとするフリをした。


「石化について解明してやるぞ、とか?」


 やっとの思いで捻り出すと、本当に枕をぶつけられた。


「ナニソレ、ちょー偽善愛! ばくわら、ばくわら」

「死ぬために生きるよりかよっぽど増しだと思うけどね」


 少しだけ皮肉っぽく返す。 


「知らないのー? 必死って漢字、必ず死ぬって書くんだよ~。必死に生きるって、必ず死ぬために生きるんだよ? あたしの推敲な意思の通りでしょ?」

「だったら僕の意思は、石化を解明して君を生かしてやるよ」

「ナニソレ、うざっ! ねぇ、それ本当に君の意志で言ってるの?」


 どうなんだろう? 正直、僕にも分からない。彼女が死ぬって言ったから、触発されて僕は生きると言っただけかもしれない。


 けど、そう決めたんだ――――。



「そう決めたなら、もっと生きろよ~ばーか。どの口が言ってんですかー? たった三日で石になりやがって……」


 彼女は僕の顔を覗き混む。けれど、石になってしまった僕には、視線を反らすことも答えることも出来ない。


「とか言って~、あたしももう限界なのですよー。手足動かないとか、ばくわら、ばくわら。あーもうくそっ!!」


 その言葉を最後に彼女も石になった。

 



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