憤怒の猛威
アダムは自分が出せる最大限のスピードで走っているが、魔神の動きの方が速くすぐにでも追いつかれてしまいそうな状況にウィリアムは焦りを見せる。
新たな矢を生成し、鏃の部分を握ると微かな緑色の光が集まってきて、鏃に灯る。すぐに矢を射る構えに入りゴランの足を狙って放つ。
「爆ぜろ木霊!」
ゴランの足に突き刺さった矢は何種類もの葉を撒き散らしながらも爆ぜてゴランの足の向きをずらしバランスを崩し倒れ、勢いのまま家屋に突っ込む。制止した隙にアダムは茂みに身を隠し、ウィリアムも次の矢を装填する。
ゴランは何事もなかったかのように立ち上がると辺りをキョロキョロと探し始める。ウィリアムの事は眼中にないらしく、認識もしていない。
「アダム! そのまま身を隠してやり過ごすんだ! しばらくしたら手練の兵士達もこちらに来るはずだ」
「わかりました! ウィリアムさんも気をつけて」
茂みから家屋の中に入ったアダムを見届けた後、ウィリアムはいまだ辺りを見渡している魔神を警戒する。
「まったく、知能がないのも考えものね、あんなにわかりやすく逃げているのに気付かないなんて……椛」
「はい……姉さま」
「ここは私が見ておきます。あなたはあの子を捕まえてきて?」
楓の言葉に頷いた椛というケモ耳の少女は一直線に走り出すそのスピードにウィリアムは反応できず素通りで見送ってしまう。
「しまっ……!」
「あなたの相手はこっちですよ。ゴラン!」
茫然と佇んでいたゴランは弾かれるかのように動き出し、肥大化した腕をウィリアムに振り落とす。
その腕を防ぐ手段を持たないウィリアムにとってそれは致命傷であり、すぐに動けなかった自分の体を恨む。
だが、後ろから駆けつけた存在は、ウィリアムとゴランの間に割って入りその腕を受け止める。
「まだ、諦めるには早計だ」
「シバ様!?」
シバは気合の篭めた咆哮と共にゴランの腕を弾き返し、剣をゴランに向ける。
突如現れたシバに苛立ったゴランは追撃すべく薙ぎ払う。
「よそ見はいかんぞ!」
ゴランが腕を懐に入り込んだゴギョウの槌が顎を打ち上げゴランは仰向けに倒れる。ゴギョウの後ろにはオオバの指揮の下、兵士が向かってきているのが見える。
「ウィリアム、お前は嬢ちゃんを追え。さっき追いかけていった奴は嬢ちゃんには手に余る」
「……了解です。シバ様ここはお任せします!」
ウィリアムがアダムの逃げた方に走り去った後、ゴランは首を振ってその身を起こす。肥大化した腕を使いのっそりした動きで立ち上がるゴランに各々武器を構え警戒する。ゴランの咆哮にレベルの低い兵士が何人も委縮して硬直してしまい、それに合わせて腕を振り回して兵士たちをなぎ倒そうとする。
だがその一撃をシバや何人もの兵士で受け止めて制止させる。その隙に動ける兵士たちが硬直した兵士をつれてゴランの猛威の圏外へと移動させる。
「レベルの低いものは弓での牽制をしろ! レベルの高いものは隙を見て化け物を消耗させるんだ」
息の合った連係にただ腕を振り回すだけのゴランが対抗できるはずもなく徐々にその体には傷が刻まれていく。だがどれだけ傷付こうともゴランは倒れることはなく、その猛威は脅威を上げていく。防ぐ兵士の数が増えていき今いる兵士だけでは防ぎきれないほど一撃が重いものへとなっていく。
ゴランの一撃が強力になったわけではない。ゴランの攻撃は防げるとはいえ確実に兵士たちの体力を削っていった結果なのだ。
「いつまで遊んでいるんだ! さっさと片づけろ!」
しびれを切らした楓の言葉に反応し、ゴランは兵士たちから距離をとる。爪を地面に突き刺し杭のようにその身が動かないように四つん這いで固定し、低い体勢のまま大きく息を吸い込み始める。
その行動にシバはアダムに見せてもらったゴランの情報を思い出す。あの化け物だけが持つ固有の技を……。シバは急ぎ自分が持つ大剣に魔を注ぎ込む。
「オオバァ! 急いで壁を張れやばいのが来るぞ!!!」
「あいよぉ!!! 〈棘草の壁〉!!!」
オオバの言霊に反応して地面から茨の棘が壁を作るようにそそり立つ。植物とは思えない硬度でできた壁に兵士たちは身を隠す。
シバ自身も大剣に魔を注ぎ終わったのか、下段に振りかぶり構える。化け物の吸い込みが終わると、一瞬あたりには静けさが広がりだす。
「くるぞ!!!」
「グガァァァァァァ!!!」
咆哮と共に熱風が茨の壁を焼き払おうと直撃する。端の方には火がともっており燃え広がっていくのに時間はかからないだろう。壁が灰になるのを見計らい、シバは自らの剣を振りかざす。
「神枝レーヴァインよ、降りかかる厄災ことごとくを打ち払いたまえ!!!」
シバの剣は熱風から守るように光の幕を張るが支えるシバが力負けをして少しずつ後退し始める。そんなシバを何人もの兵士が支え、共に耐える。
「シバ耐えてくれ! 〈マナコンバート〉」
シバが浪費した魔を補うようにゴギョウが自らの魔を分け与える。それにより剣の守護は弱まることなく、化け物の咆哮を耐え忍ぶことができている。
咆哮の威力が弱まり完全に止んだあと、満身創痍の兵士たちがその場で突っ伏して倒れていく。シバも大剣を支えに倒れないでいることはできるがその場から動くことはできない様子。ゴランは咆哮の体制から立ち上がりとどめを刺そうと腕を振り上げる。




