戦略無き撤退
異形な姿に変貌したゴブリンは自分の背丈ほどもある腕を振り回して鬼人の少女に襲いかかる。
少女は嘲笑うようにゴブリンの猛威を腰に提げてあった二本の細剣で受け流していく。その姿からも鬼人の少女の実力は計り知れてしまう。
アダムはそんな少女に叡智を発動させてステータスの確認を行い、文字が浮かび上がる。
名前:楓・スペルリーフ 年齢:17
性別:女 種族:鬼人
Lv.73
STR(攻撃力):5600
CON(生命力):3800
INT(知 力):4000
POW(精神力):6000
DEX(器用さ):8000
AGI(素早さ):5000
LUK(幸 運):1000
才能
スペルリーフサンプル
刀剣Lv10
精密Lv10
疾風Lv2
鬼化
楓のステータスに動揺が見える。自分達のはるか高みにいる存在の登場に疑う者や夢だと思って頬を捻る者まで現れる。
「この人強い。あの魔神だけでも僕達じゃ手に負えないのに……」
「シバ様、あの者達が争っている内に体勢を立て直しましょう」
「……わかった。全軍引くぞ体勢を立て直して被害が少ないように押し留めるのだ!!!」
シバの言葉を聞いた兵士達は撤退を始める。その間もシバやウィリアムなど、それなりの実力者はその場で警戒を怠らずに楓と魔神の戦いを見つめていた。
「嬢ちゃん、ゴランの方も情報が欲しい。すまんが叡智を使ってはくれないか?」
シバの言葉に頷き、アダムは再度ゴランに叡智を発動させる。
浮かび上がった文字には先ほどとは違った結果が現れて、その場の全員が目を疑った。
名前:ゴラン 年齢:23
性別:男 種族:ラースゴブリン(魔神)
Lv.70
STR(攻撃力):6600
CON(生命力):3500
INT(知 力):0100
POW(精神力):0000
DEX(器用さ):0000
AGI(素早さ):2500
LUK(幸 運):0000
才能
環境順応Lv5
絶望の灯火
奴隷の楔
スペルリーフサンプル
兄貴肌Lv5
大罪:憤怒
狂気
鬼神化
異形化
技
炎鬼の咆哮
心情ニ残リシ憤怒
ひとつの投薬で50近いレベルの上昇。それがこの世界での上限を突破した物である事からシバ達は悟ってしまったのだ。自分達ではあの化け物には適わないと……。
「わしらではもうこの里は守れないということか……」
「シバ様……」
生まれ育った場所を守りきりたいという願いはその命をとって適う事はないと知った兵士達は悔しさで手に力が篭もる。
「でも、マキが来てくれたら……そしたらあんなやつら」
「マキ殿が来るまでにわしらがこの里を守りきれるとは言いきれないだろう」
落胆にも似た嘆きが兵士達から聞こえ出す。自分達はこのまま奴らに嬲り殺されると諦めてしまいその場に座りこんでしまっているものもいる。
そんな兵士達を見て、アダムは考える。あの化け物達から抗うためにすべき事を。そして浮かんだのは戦う事ではなく生き残る事……。
「なら! 皆を連れて逃げましょう!!!」
逃げようと叫ぶアダムはシバの肩を掴み必死に訴える。他にできることはあるのではないかと。その姿にシバ達は呆気にとられて呆けてしまう。
「壊れたのなら直せばいい。傷ついたのなら癒せばいい。失ったのなら取り戻せばいい。でも、亡くなってしまったらもうどうしようも出来ないんです。あなた達が守りたいのはなんですか!」
アダムの言葉に兵士達は想い浮かべる。自分達が誰のためにここにいるのかを……いち早く動き出したその場で諦め絶望していた兵士の一人。彼は大きく叫ぶ。自分のやるべき事を。
「俺は家族のために戦っているんだ。家族がいればまたやり直せる。だから逃げさせていただきます!!!」
戦う者としてはなさけない宣言だが、その言葉に発破掛けられた兵士達は次々と走りだす。自分が本当に守りたい者の元へ。
「嬢ちゃん……あんたのせいで指揮はぐだぐだになっちまった」
「それについては謝ります」
「でも、やるべき事はしっかりと見えた。全員生きるんだ! 情けなくてもいい! 惨めと笑われようとも俺達はもう一度共に生きていくために!!!」
いまだ争う鬼人と魔神を無視して走りだす。誰もが生きられるわけではない。それでも一人でも多く生かす為に。
* * *
先に向かった兵士達にも撤退の指示を出し、各々守るべきものの元へと走っていく。ウィリアムはその中殿を名乗り出て、今なお里の入り口でゴランと楓の戦闘の余波をかんじていた。
「リコリスさんのとこに行かなくていいのですか? きっと心配していますよ」
「そう言うお前こそ、さっさと逃げろよ、アダム」
「僕も逃げますよ。里に誰かいるかもしれないのでその確認に来ただけですので」
「それなら心配いらない。俺以外他の奴は全員里の脱出通路に逃げた」
ウィリアムの言葉にアダムは共に逃げる事を提案するがすぐに却下される。この場を守るものがいなくなってはすぐに追いかけられてしまうと見越して。アダムはその場で動かないウィリアムを見つめながらため息を吐く。
「じゃあ、僕も残ります」
「いや、逃げろよ。お前は巻き込まれただけでこの戦いには本来関係ないだろ」
「それが、そうも言えなくてね。僕達は近々この森に街を造る事になってましてその許可をもらいにこの里を目指していたんです。まあ、女王がいないので誰に許可を貰えばいいのかわかりませんが、それはあのおばあちゃんに貰えればいいかななんて思っていたり」
「こんな森によく街をつくろうなんて思ったな。はっきり言って魔物なんかがいて住むには適していないぞ?」
「まあ、そうなんですけど……」
アダムはウィリアムに話した。自分がこの森でしか生きられないことと、マキがそんなアダムと一緒にいてくれること。そして、森に街を作ってはどうだと提案してくれた人々がいた事などを。
「もしそれが本当だとしたら、俺達は奇跡の元に生かされている事になるな」
「え?」
「だってそうだろ? その話がなければ俺達はお前らの協力なしにあんな化け物共と戦わなければいけなかったんだからな」
確かにアダム達がここにいるのは偶然が重なったからであり、あのままマキが自分達が住める家だけを求めていたらここに来る事もなかったであろう。
そんな数奇な運命にアダムたちが笑っているといつの間にか戦闘音が聞こえなくなり、辺りには静けさが戻っている。
「戦いが終わったみたい……」
「アダム、逃げる準備をして置いてくれ。俺も相手をひるませたらすぐに撤退する」
「うん、わかっ……」
アダムの言葉を遮るように門から打撃音が響き渡る。その衝撃にアダム達がいるとこまで揺れが起きる。
「来たみたいだな。アダムすぐに追いつく、先に行け」
「絶対に無茶はしないでね」
アダムはウィリアムにステータス上昇させる術をいくつか掛けると先に走り出した。
アダムが走り出すと同時に扉が破られ扉だったものの破片が宙に舞う。破片はいくつかの家屋に降り注ぎ破壊していく。
壊れた門にはゴランが壁門に頭を引っ掛けて破壊しながら里に入ってくるのが見える。
その後ろからは、楓と人狼の少女が一緒に入ってくる。その手には双眼鏡らしきものを持っており、アダムを見つめて互いに頷きあっているのが見えた。
少女達がゴランになにか指示を出すと、咆哮を上げて走りだす。
ウィリアムは牽制で魔神の目を狙って矢を放ち、魔神に突き刺さる。だが、魔神は刺さったことも気にせずウィリアムを無視してその一点を目がけてひた走る。
魔神が走る方向には先に走り出したアダムがいた。




