防衛戦開始
月が真上まで昇った頃、里の女子供達が避難が終わり炊き出しに来ていたリコリス達も避難すべく移動を開始する。
これから戦いがあるということもあって、落ち着かないアダムは皆を見送るべくリコリス達に会いに行こうと炊き出しのしていた場所に向かうと、そこには付き添うようにウィリアムがリコリスと連れ添って歩いている姿が見えた。
「いいのかい? 新団長が私なんかについてきちまって」
「俺としては他の誰よりもお前が大事だからな。この任は誰にも任せられない」
「……はぁ~、ウィリー」
リコリスはウィリアムの頬を思いっきり引っ張り上げる。ウィリアムは痛みにもがくがそんなのお構いなしにひねりも加える。痛みに耐えかねてウィリアムは降参の言葉を連呼する。
そんな二人のやりとりにアダムはなんでこんな事をと茫然としている。
「何するんだリコリス!?」
「あんたは私が信用ならないの? 皆が危険な時に私だけ特別じゃ私が死んだらあんたは何もできなくて絶望の灯火にその身を焼かれかねないよ。私を大事に思うなら私を信じてあんたにしかできない事をきっちりやる! わかった!?」
強い人だなとその言葉を聞いていたアダムには衝撃的だった。もしも自分が同じような場面に直面した時に同じ事が言えるのか。いつも戦いから遠ざけられていたアダムには予想も出来なかった。
「わかった……。でも、避難所までは一緒に行かせてくれ、お前を送るために準備の方も前倒しで片付けたんだからな。それに……」
言い辛そうに頬を掻きながら、照れた様子のウィリアムにリコリスはそっぽ向いて話を聞く。
「このまま戻ったら女一人送り届ける事も出来ない甲斐性なしだと部下に笑われる」
「……まあそう言う事なら仕方ないな。ほら、ちゃんとエスコートしろよ」
ぶっきらぼうにウィリアムの手を握るリコリスはウィリアムの顔を見ないようにそっぽ向いている。その顔は照れているようで嬉しそうな表情をしている。
そんなやりとりをしながら歩いていく二人を見ていたアダムとしては居心地が悪く、その場からさっさと退散するべく兵舎の方に避難する。
「逃げてきたのか嬢ちゃん?」
兵舎では、各々武器の整備を行っており兵舎の一角の机ではシバも自分が持つ剣に装飾された宝石を磨いている。
「はい……、あの二人っていつもああなのですか?」
「まあな、昔からあんなだよ。わしとしても娘が幸せならそれでいい。あの男ならくれてやっても構わないと思っている」
磨き終わった宝石を剣に填めなおすと剣の存在感が一段と上がる。それを確認した後シバは剣を鞘に戻してアダムと向き会うように座りなおす。
「だからこそ、嬢ちゃんにはもしもの時にあいつを治すのを期待してんだ。他の兵士含めてな」
「戦いには参加できませんが、治すことは任せてください」
「うむ、なら安心だ。最後に里の為に剣を振るえる事を感謝する」
言いたい事を言い終えたシバはアダムの肩を笑いながらバンバン叩いて他の兵士達のほうに歩いていく。叩かれた所が痛くて自分に回復を行いながらシバを見ていると、強張っている兵士の元に行っては激励を飛ばしてる。シバに声を掛けられた兵士は敬礼をして、二三言会話した頃には勇気つけられたかのように緊張も解れ、笑って応えられるようになってる。
そんな光景を見ていて、アダムは自分の緊張もいつの間にかなくなっている事に気がついた。
* * *
「そろそろ時間のはずなんだが……」
リコリスを送り届けたウィリアムも合流して、里の門の上でアダムとウィリアム、それとシバが外を見つめている。
マキが告げた時間になり兵士達の間には緊張がはしる。ウィリアムも森の木々達から情報を得るべく、耳を澄ましている。
「ウィリアムさん、来たら僕に教えてください。叡智を使って相手のステータスを調べますから」
「ああ……シバ様もその情報を見るまでは飛び出さないでください」
「わかってる。例え1体だとしても魔神だ、むやみに飛び出したりしない」
松明を何本か外の門前に投げて光源を得ていると、そのひとつが拾われる。
何人かの兵士が弓を構えて注意すると、拾われた松明に照らされた存在は松明を弓を構えていた兵士に投げ飛ばす。
「ヒィッ!?」
「まて、まだ撃つな!?」
飛んできた松明は兵士に当たることなく外壁に当たり、地面に落ちる。その時火も消えており引火の心配もなかった。
だが、兵士が恐怖に駆られ相手を確認する前に矢を放ってしまう。矢は暗闇に飛んで行ったが刺さる音が聞こえず、注意深く観察していると、暗闇から先ほど放たれた矢の鏃が飛んでくる。
飛んできた鏃は先ほどの兵の頭に被弾して兵士はその場で力なく崩れ落ちる。
「だめぇ!!!」
「全員、まだ撃つな! 暗闇の相手を確認するまで待機だ!」
闇とのにらめっこが続く中、アダムは先ほど撃たれた兵士へと駆け寄り、兵士に回復を施す。
「お願い起きて……起きてよ!!! なんで傷が塞がんないの!?」
回復を始めても傷は塞がる事はなく兵士の意識が戻ることもない。それでも回復を続けるアダムにシバは近づき、その肩を掴み兵士の遺体から引き離す。
「嬢ちゃんやめな。そいつはもう死んでる」
「生き返るかもしれないじゃないですか!?」
「嬢ちゃん。この7つの世界のどこを探しても人を蘇らせる術はないんだ」
アダムと入れ替わるように兵士の遺体に近づいたシバは見開いた兵士の目を手で覆い閉じさせる。
近くにいた兵士に遺体を下に降ろすように指示を出すと自らは剣を引き抜き、ウィリアムの所に歩きはじめる。
「嬢ちゃんも下にいな。死体を見てその動揺ならここにいないほうがいい」
アダムは自分の手についた血を見つめた後、しばらく考える素振りをしてその血を拭った後、自分の頬を数回叩く。
「……大丈夫です。取り乱してしまってごめんなさい」
今まで体験した事無い誰かの死に、心をいためながらもこんな事を速く終わらせるんだと決意する。そんなアダムを見て、シバは小さくため息を吐くと「ついてこい」と促し歩き出す。




