防衛戦準備中
「すまなかったな……」
申し訳なさそうに謝るウィリアムにアダムは苦笑いを浮かべながらあたふたする。
「別に気にしないでください。僕の方こそ助けてもらったんですから」
「そう言ってもらえると助かる」
「それに……僕の方こそ隠し事してみんなを騙しているんですから」
「もしかしてお前さんが持つ加護のことか? 気にするな急に嫁げとか言ったりしない」
その言葉にホッとしているアダムにウィリアムは頬を掻きながら遠い方を見て呟く。
「俺だって、付き合っているやつはいるしそいつの方が大事だからな」
「いきなり惚気られるとは思いませんでした……」
「それにお前だって他のやつに嫁ぐの嫌だろうしな」
ウィリアムの言葉に頭を傾げて何のことかを思い浮かべる。
確かにアダムはしっかりと自我を持ってはいるが、生まれてまだ一年も経っていない。生まれて一年で誰かを愛するなんて思える訳がないのだ。
その事だろうとアダムが言いかけた時、ウィリアムからさらに言葉が投げかけられる。
「だってお前、マキと付き合っているんだろ?」
「……は?」
ウィリアムに言われた一言に、アダムは思考を停止させる。
マキとは出会ってから一緒にいるけど、アダムとしては頼れる兄的な存在だと思っていたのだ。
だからこそ、他者から見て自分達がどう見えているのかを言われて驚きで言葉が出なくなってしまっている。
「あんなに仲よさそうにしているんだ。俺としてはへんな横やり入れてお前らと争うほうが怖い」
「……っ! ちょ、ちょっと待ってください! 別に僕とマキはそんな関係ではないです! そもそもマキのようなかっこいい人が僕なんかを好きになるわけないんです!!!」
成り行きで今はいるけども、マキは元の世界に還る事を諦めていない。もしその方法を見つけた時僕達が邪魔をしては行けないんだ。
彼には帰る場所があるんだから……。
「お願いです。僕の事を間違ってもマキにはそんな風に言わないでくださいね!」
「あ、ああ……わるかったよ。マキに言ったりしない」
アダムはその言葉に安心して胸を撫で下ろす。これで良かったんだ、そう自分に言い聞かせるように。
「それで、僕達は今どこに向かっているんですか?」
歩いていく先にはこの里で唯一ある出入り口である門があり、その横には兵が駐屯できるような砦に似た建物がある。門の左右には堅牢な岩壁があり、それが世界樹の根の方まで伸びて里を囲むようになっている。
砦に近づいていくと、そこには共に里に入った兵士達が防衛の準備に勤しんでいる。
「ウィリアム、お婆の話は終わったのか?」
「ああ、今はシバ団長が相手をしてくれてる」
「元だろ? 今はお前が団長なんだ。しっかりみんなへの指示をしてくれよ」
周りから聞こえる声には活気があり、皆がウィリアムを信頼しているんだと思わせてくれる。
ウィリアムが兵達と軍儀を行うべく離れて行ってしまい、声をかけるにかけられなかったアダムはその場でどうすべきか考えていると町娘が軽装備をしているような姿の女性がこちらに近づいてくる。
「ここはもうすぐ戦場になります。あなたも里の中に避難してください」
動きやすい服とは言え、戦うための服とは言えない格好のアダムを女性は一般人だと思ったらしい。アダムは慌てて手を振って否定する。
「違います、僕はここで皆さんの治癒をしにきた者です」
「そうなのか? すみません、わたしはリコリスと言います。シバ様たちから炊き出しに呼ばれた者です」
「僕はアダム。今回里の皆さんと共闘するためにきた者です」
目の前の女性リコリスに手をさし伸ばすとその手を握り返してくれた。
「それで、アダムはウィリー……ウィリアムと一緒にいたけど、どういう関係?」
「ウィリアムさんとは、ここに向かう途中に出会っただけの関係ですよ。私よりもマキと……」
「マキって女の人!?」
「ち、違いますよ! マキは僕と一緒にこの里に向かっていた仲間の男の人だよ!」
「そうだったの!? ごめんなさい私ってばまた早とちりしちゃって」
マキの名前は女としても通用するから間違われてしまうのはわかるけど、そうだとしてもリコリスの焦り様にアダムは首を傾げる。
恥ずかしいのか目を逸らし上気した頬をさますように手をパタパタさせている。逸らした先はウィリアムがいる方向を見つめていた。
「……ふう、それはさておき、あなた暇? 暇なら私達と一緒に炊き出しを手伝ってくれない?」
リコリスに誘われた事に一瞬嬉しそうにしたアダムだったが、気まずそうに視線をおとす。
「あの……僕料理したことないんです」
今まで、食事は素材をそのままか、誰かが作ってくれた料理かだけで自分から作った事がないのだ。そもそも失敗して食材を無駄にするかもしれないと考えると料理をしようと思えなくなってしまう。
そんなアダムにリコリスはふきだすように笑ってみせる。
「あははははっ! そんなの気にするなよ。それに料理にしたって何も一から作れって言うもんじゃないし、やってほしいのはニギリ作りだから」
「ニギリ……それなら僕でもできそう。形がおかしくてもわらわないでくださいよ?」
「笑わない笑わない。さっ、いこっか?」
ニギリとは主食となる白穀(お米)を握って形にしたものである。中には様々な具材を入れて片手でも手軽に食べられる料理。アダムはリコリスに炊き出しをしている場所に肩を組まされ連れて行ってもらった。
「必死にやったんですよ! でもその成果がこれなんです。だから……」
「はっはっはっはっ!!! ある意味センスあるなアダム!」
「笑わないって言ったじゃないですか!?」
アダムが握ったニギリは、丸く形になっていたらまだ良い方、なかには崖崩れをしたかのように表面が崩れて乗せてあるお盆にこぼれたもの、形が指の間から漏れ出したせいで突起物が生えてるものなどいろいろな形のニギリが完成していた。
他の人と比べると、あまりにも酷い結果にリコリスは腹を抱えて笑ってしまっている。そんな姿にアダムは顔を赤らめて不貞腐れた様に自分が握ったニギリを摘み食いする。
「あっ、意外と美味しい」
「だろ? そう言うのは形がどうかより誰が作ったかなんだ。だから、失敗を恐れて何もしないのはそんだよ?」
「でも、笑いましたよね?」
「まあ、それはそれなんだけどね……プッ」
「また笑った!」
この後、兵達に出したニギリは喜んで貰えた。アダムが握ったニギリは最初、誰も手をつけなかったが、アダムが握ったとわかるや否や争奪戦まで勃発するほどに争いが発生した。
「だから言ったろ? こう言うのは形じゃなくて誰が握ったかだって」
「……?」
傍から見たら、美少女でしかないアダムを見ながらリコリスは今のニギリ戦場と化した場に呆れたかのようなため息を吐くのであった。




