樹精の里長
「ここだ。俺は長と先に里に入ったシバ殿を連れてくる」
通されたのは里で一番大きな家屋でした。家の庭は広くこの里の避難所にもなっているのかもしれない。
僕はこれから一緒に戦う里の長と話をするべく、ここにやってきたのだ。
今まではマキが話を通したりしていたけど、今は僕しかいない。マキが帰ってくるその時まで頑張るんだ。
「待たせたな。長を連れてきた」
「スー坊や、いつもと違う呼び方じゃな?」
「ばあちゃん、いちよう客の前なんだから孫みたいに呼ぶのやめてくれないか?」
「じゃって、お前孫じゃし」
「大婆様……アダム殿も戸惑っておりますので。お戯れもそれくらいに……」
ウィリアムさんの背中に背負われている老婆がこの里の長なのでしょう。見た目的にどこかの民族みたいな衣服にストールのような外套を羽織っている。髪は老人らしく白髪が目立ち顔にはしわが多く腰が曲がって歩きずらそうである。そんないかにもな老婆だからか今が非常事態だと思わないほどのんびりしている。
シバさんも見るに見兼ねて、注意してるし……。
「さて、お主がこのたびこの里の危機を知らせに来てくれた女子じゃな?」
「はっはい! 僕はアダムと言います」
「……すまなんだ、男じゃったのじゃな、声が高かったから間違えたよ」
「い、いえ、僕は女性ですよ」
「しかし、名前が……」
これって言って良いのかな? 僕が誰にも言ってない秘密。本当の僕を隠して生きている事を……。この名前だって元の名前に似てるからと言う理由でつけているんだけど。
「まあ、そんな事はどうでもいいのじゃ。お主には里の兵の傷を癒してもらっただけでも恩義がある。この里には女王としての樹巫女様の力がないせいで衰退してしまっておるからのぅ」
「あの……その女王があなた様ではないのですか? それに樹巫女様とは?」
「わしはただ長生きしているだけの婆じゃよ。本来、女王になるにはひとつの資格が必要なのじゃ。この名は便宜上名乗っているだけに過ぎん」
長が語ってくれたのは、この里と世界の歴史。この里は世界の中心に位置する場所にあり、世界樹の加護をもっとも受けられる地となっているのだそうだ。
そして、長になる資格は世界樹に愛されているかどうかで決まるらしい。
また、歴代の女王並びに王は一定の年季になると里の外に巡礼しに行く決まりとなっており、その先で集落を根付かせる仕来りとなっている。そうして作り出されたのがこの世界の都市となる街々なのだそうだ。
だが、先代の女王はその巡礼の旅の最中、何者かに襲われ命を落としたとのことだ。
「巡礼の先はアーリアとユグラドシェルの間に位置するこの森の中じゃ。最後の巡礼、良く知る森と我らも油断していた……。なにより樹巫女を襲う者がいるなど思いもよらなんだ」
「でも、すぐにでも新しい長に継がせれば良かったのでは?」
長は頭を下げて首を横に振り、他の人々も重たい雰囲気を晒し出す。
「わしらもそう考えて、資格あるものを里から探した……だがおらなんだ。世界樹様も我らをお見捨てになられたのかも知れぬ」
ますます、重い空気になる皆に僕の方も居た堪れない気分になってくる。この空気をなんとかしないと……昔のいやな事を思い出す。
「それで、女王になる資格ってなんなのですか?」
「あ、おぉ言ってなかったの。女王になる資格として必要なのは……」
この言葉から始まる僕の苦悩は、その時の僕は知らない。
のちのマキも「まさかここまで話がでかくなるとは」と言っていた。
「それは“世界樹の加護”じゃ」
……えっ? その名には聞き覚えがある。僕がこの世界に来た時から所持している才能にも同じ加護がついている。
もしかして、僕がこの里から世界樹の加護を奪ってしまったのだろうか?
だとすると、危ない。加護を渡せと命を奪われかねない。そうじゃなかったとしても僕には何らかの制約がつくかもしれない。
「どうしたのじゃアダムさん?」
とりあえず、加護持ちが現れたらどうするか聞いてみよう。それからでも遅くないはず……。
「あ、あの~……もしも今世界樹の加護持ちが現れたらどうなさります?」
「里の外の者が加護を持っていた場合か……。木人でなければこの里の者と契りを結んでもらって、里の者として迎える。今なら男ならリコリスという里の娘と、女ならわしの孫のスー坊とじゃな」
言いづらくなった……。名乗ったらこの歳でいきなり結婚しろって事じゃない! 僕だって普通に誰かと好き合ってそうやって結ばれるような……って今はそんな事考えてる場合じゃない! ばれないようにしなくては!
「……それにしてもアダム様は変わった才能をお持ちのようじゃ。なんならわしらの方で調べる事が出来ますが……」
やめてください嫁いでしまいます。
「ばあちゃん、アダムは叡智持ちだから自分で調べることが出来るし、必要ないと思うぞ」
「そーなのかい? その歳で叡智を持ってるとはさすがじゃの」
とりあえず、危機が去った……よね?
僕は心情の焦りを悟らないように努めて、この場からの撤退に思いを巡らす。一人の時にこんなにピンチになるなんてこれならシロガネさん達と撤収作業してれば良かった……。
「あの、ここまで来るのに疲れてしまったので休みたいのですが……」
「おお、それはわるなんだ。今休める場所を用意しましょう。スー坊、アダム様に一室用意して上げなさい」
やっと、この場から離れなれる。僕はウィリアムさんに案内されて長のいる屋敷を後にするのであった。
* * *
「あの娘、何か隠しているね……」
長がストールの中に手を忍ばせると、そこからひとつの石を取り出す。その石はアーリアで検問に使われていた石に似ている。
「大婆様……まさかアダム殿を調べたのですか?」
「もちろんじゃ。お前の話を聞くにあの娘は治癒不可とも言える傷を治してみせたらしいじゃないか。きっと、なにかあるはずじゃ」
石の情報が浮かび上がり、長はニヤリと笑う。
そこに映し出された情報には“世界樹の加護”の文字が浮かび上がっていたのだから。




