もうひとつの戦い
「マキ殿、もう少しです!」
崖の上から降ろされたロープに掴まり、マキは引き上げられている。ロープを引き揚げるたびに聞こえる掛け声に魔物に襲われないのかと心配になる。
「まき~がんばれ~」
「一人だけ先に登りやがって、薄情者……」
こうなった原因はマキにもあり、崖を登る方法を知らない事もあって、そこでラムに引き上げてもらおうかとも頼んだのだが、「ひきのばしすぎてまきをつれてのぼれない」と言われてしまい、上で待機しているシロガネ達に頼んで現在引き揚げてもらっているのだ。
その時、降ろされたロープに俺が捕まるや否や、「もうげんかい!」といってラムはさっさと上へとその身を戻して登って行ってしまったのが今の状況である。
「まあ、ラムには頑張ってもらったけどさ……だからって置いてくか普通?」
「らむがのってるぶんおもいでしょ、みんなのふたんにならないためだよ」
そう言われてしまうと返す言葉もないんだが……。
ともかく、これでグラトニースライムを退ける事は出来た。後は里の救援だけ……。もうすぐ前回の記憶で教えてもらった襲撃時間。みんながどれだけ持ち堪えられるかだ。
* * *
時は遡ってマキ達とは別に先に里に向かったアダム達……。
「見えて来たぞ……あれが我らが里『リーファ』だ」
馬車に揺られること数刻、僕達の乗った先行隊は木の精の里の外観を見つめながらその出入口へと近づいていく。
「悪いなアダム。俺達と共に来てもらう形になってしまって」
「気にしないでください。僕がマキ達と一緒に残っても出来ることはありませんし、それなら皆さんの傷を癒すほうが先決でしょう」
マキにもできるだけみんなの治療をしてほしいと頼まれた訳ですし。僕は僕として頑張らなければいけません。
それに、マキならきっと僕の事を放ってどこかに行ったりなんかしない……そう思えるんです。
「皆さんの治療も終わって僕としては一安心って所です。なんでしたらスイートウィリアムさんにも治癒かけましょうか?」
「……長いからウィリアムでも良い。俺の方は怪我らしい怪我はしていないから心配するな。みんなの治療で疲れているだろうし少しは休んでおけ」
「はーい。それではお言葉に甘えて休みますね、ウィリアムさん」
きっと、僕の役目はここまでだろう。みんながマキの言う化け物を里に入れることなくマキが着たらきっとその化け物だって倒してくれる。きっと明日の昼には、みんなで笑って戦勝会なんかを開いているにちがいない。
僕は、馬車の揺れと治癒の疲れでうたた寝に移ろう意識でのんびりとそんな事を考えていた。
* * *
「よろしかったのですか、母様?」
「何がです?」
里へと走る馬車を眺めながら、白衣を纏った女性と犬耳を生やした少女が道の陰で息を潜めて話している。
少女の手には、小刀がありいつでも馬車を襲える様に構えている。そんな少女を女は上機嫌に笑いながら少女の犬耳を弄ぶように撫でる。少女は耳が弱いらしく、弄られるたびに耐える仕草をしてるがそれも女にとって面白いらしく執拗に弄る。
「先に入った者達もそうですが、あの者達の中に障害となりうる者はいない。雑兵が何人入ろうが少し余裕にとってある時間が浪費されるだけ、特に問題ありません」
少女の犬耳から手を放し、女は改めて馬車を眼鏡越しに眺めて笑う。少女の方はいぢめ抜かれた感覚にその場に力なく座りこんでしまい肩で息をして先ほどの行為で火照った体を戻そうとする。
「やはり、あの馬車に乗ってる人達で一番高いので40……2ですね。あれなら楓だけで殲滅させられますね。もちろん、椛でもだけど」
「それなら今の内に叩いておいたほうきゃうん!?」
息を整えて女に意見しようとした少女はまたも耳を弄ばれて身悶える。そんな二人の後ろから鎖が地面を引きずる音と共に鉄でできた首輪をぶら下げたゴブリンをその後ろに隠れる2匹の子オークが現れる。
「あら、せっかくのお楽しみの最中なのに薄汚い魔物が来て台無しですわ」
「……偵察して来た。あの里はどこにも潜り込める所はなく我だけでは攻略するのは難しい」
「そんな事知らないわ。それに囮ならそこの2匹を使ったらどう……。珍しいからあの里の兵も警戒してくれるかも知れませんよ?」
その言葉に、怯えてゴブリンの背に隠れる2匹と憎悪の篭もった殺気を女に向けるゴブリン。
だが、その殺気も長く続く事はなく……。
「グゥッ!!!」
「兄貴(兄さま)!!!」
「怖い怖い。思わず奴隷の烙印を発動してしまいましたわ」
「兄貴をいじめるな!!!」
「口の利き方に気をつけ……」
「こいつらには何もするな!!!」
ゴブリンは苦しみに耐えながらもオーク達を庇うように女の前に立ち、そんなゴブリンの態度に少女は武器に手をかける。
「大丈夫です椛。どれだけ強がった所でそいつらには何も出来ないんですから」
女性が手を下に下げる仕草をすると、ゴブリン達は平伏の形に跪いて動けなくなる。首に繋がれている首輪が微弱に震動している。
ゴブリンたちの様子を面白げに眺める女はゴブリンの頭を足で持ち上げて、自分の方を見るようにする。抗うことができないゴブリンは憎悪の篭もった目で睨み返すがそんな目も女にとっては愉快にさせる物でしかなく微笑みながらゴブリン達を見下す。
「そんな目をしても私を殺す事も出来ない。お前達にはただ私に従うことしかできないのです。諦めなさい」
「約束は守れ。我らがあの里から『世界樹の加護』を持つ者を連れ帰った時は……」
「ええ……、あなた達を奴隷から解放致しましょう。さあ、仕事の時間です。お行きなさい」
女の言葉に自由となったゴブリン達は里に向かって歩き出す。そんなゴブリンを見送った後、椛は柄に添えてあった手を戻し、女に寄り添うように直立する。
「あのような物との約束を守るのですか、母さま」
「ええ、出来たら守りましょう。まあ、あの程度の小物にそれが出来るとは思っていませんが」
そう笑いながら、女は白衣から取り出したひとつの薬品の入ったアンプルを木漏れ日に翳す。赤黒い液体の入った中身にはときより、恨みがましい眼が映し出されそれが尋常じゃないものであるということがわかる。
「楓にはあれの監視についてもらいます。だめそうならこれを使ってください」
頭上にアンプルを放り投げるとそれを木の上にいた鬼人の少女がキャッチする。先ほどからずっといたのだろう。少女の気配をひとつもさせずにそこにいた事に犬耳の少女も驚きを見せる。
「姉さま!? いつからそこに」
「最初からいましたよ。あなたはアサシンの能力にふられているのに、この程度の気配も把握出来ないとはまだまだですね」
楓と呼ばれた少女はそのまま、ゴブリン達に気付かれないように、また気配を隠して追いかけていく。そんな姉に文句もいうことが出来ずに椛は不貞腐れたように頬を膨らませる。
「それでは、私も高みの見物をしていましょうかね。椛、あなたはここで強い気配があるまで見張りをしていてください」
「はい、母さま」
少女は母の頼みを聞くべく、その場から徐々に気配を消していき、森の中に同化するかのように隠れていく。
「さあ、わたしの願いを叶えるため、犠牲になっていただきます。リーファの方々」




