仲間としてのリスタート
「マキ、大丈夫ですか?」
周りを見渡すとそこは、野営地の入り口でアダムとラムがマキの顔を覗きこんでいる。
戻ってきた……。マキは心の中で呟くと即座に自分がすべき事を考える。
やらなきゃいけない事は、グラトニースライムの討伐、もしくは足止め。そして、木の精の里の防衛。グラトニースライムがいつ現れるのかはわからないけど、あいつはラムを狙って必ず現れる。そして、里の襲撃をされるのは夜明け前。その事を考えると、圧倒的に時間が足りない、ここのみんなが里に急いで戻っても着くのは夜明けに差しかかる頃、そうなると里がどれだけ襲撃に耐えていたのかも知っておきたかった。
考えていても仕方ない、行動に移ろうとマキは顔を上げてウィリアムがいる天幕へと歩き出す。アダムとラムは急な行動に驚いて、マキの後をついて行くがマキの表情からなにかが起きる事を察して問いかけたりはしなかった。
「マキ、ちょうどいいとこに来てくれた。実は頼みたい事が……」
「ウィリアム、今すぐ里に向かえ」
「……何言ってるんだお前?」
突然の言葉にウィリアムは訝しげな顔でマキを見る。
ウィリアムはスライムグールと倒してから帰るつもりでいるからこそ、マキの言葉に少しの苛立ちを見せる。
「信じられないかもしれないが、夜明け前に木の精の里が魔神に襲われる。襲撃された里は壊滅状態で俺は生きている者を確認する事ができなかった」
「何を……言っているんだ? 里が壊滅? そんな事があるわけないだろ」
「ウィリアム信じてくれ、俺だけじゃあいつは倒せないし、なにより里のみんなの避難させるのには、お前の方が適任なんだ」
「だが、今ここを離れたらグール共は森の生物を襲い始める」
「そんなの、あとでいくらでも手伝ってやる。なんならアーリアのギルド長に頼んで討伐任務を発注したっていい」
煮え切らない対応にマキは焦りが見え出す。マキの算段の中にはアダムに治療してもらった負傷者の助力も入っており、その対応にどれだけ時間がかかるかわからない。
ウィリアムが撤退に頷いてくれないことには、マキとしては事を起こすことは出来ないが故に歯痒く感じてしまう。
「ウィリアムさん、マキを信じてくださらないでしょうか?」
「アダム、君もマキと同じく里に行けと言うのか? 未来予知の能力もないのに信じられるわけがないだろ」
「確かに未来予知はありません。でもマキには過去に巻き戻る能力があります。きっと今回もそれを使ったからこそあなたに進言しているのではないでしょうか?」
アダムは説得の為に『叡智』を使ってマキのステータスにある『時扉』の説明をウィリアムに見せる。
ウィリアムはそれを読み終わると、その場で考え込む。今の説明を信じてくれるかわからない状態にマキとアダムは緊張した表情で待つ。
「……はぁ~っ。わかった、信じる。しかし、誓ってくれ。本当に里が襲われるとしたらお前達に助力してもらいたい」
「当たり前だ、俺ははなからそのつもりでお前に言っていたんだからな」
「僕もできる限りお手伝いさせていただきますね」
マキ達の言葉に、ウィリアムは力強く頷くと天幕から出て行き、大きく深呼吸をする。もう一度大きく息を吸った後、
「緊急事態が起きた!!! これより我らは任務を放棄して里に向かう!!! 全員早急に撤退の準備を行うべし!!!」
ウィリアムの言葉に兵士達は戸惑いを隠せずに、どよめき出す。急なことに理解できずにどうしたらいいのかわからずに立ち止まっていると、一つのテントから傷つき片腕を失った老兵が出てくる。
「全員、ウィリアムの言葉に従え! 優れた兵士というのは即座に対応できる順応能力のあるものだ。お前達はそうであろう?」
老兵の言葉に兵士達は一度立ち止まった後、ウィリアムの言葉に従うように撤退の準備を始める。
ウィリアムは老兵に頭を下げると、老兵はニヒルに笑ってみせてウィリアムの所に歩いていく。
「坊主がの決めたことだから難癖つけるつもりはないが、もう少し回りにも説明したほうがいいぞ?」
「申し訳ないです、シバ団長。しかし、事が事なのでなるべく早くここを発ちたいのです」
「……なにかあったのか?」
シバの言葉にウィリアムはマキの方を見る。つられてマキを見たシバは興味深そうにマキを観察し始める。老兵はマキをどれだけのものか見定めた後、納得の言ったかのような頷きをして、再びウィリアムに視線を向ける。
「それでウィリアム。先駆けも出したほうがいいと思うのだが」
「そうだな……誰を行かせるか……」
「ウィリアム、先駆けを出すなら手練れの奴を出した方がいい。里の近くに敵がいるから」
「……強いのか?」
ウィリアムのといかけにマキは静かに頷く。その事からウィリアム達は悩み出す。
実際、この野営地に五体満足な者でウィリアムより強者はいない状態であり、ウィリアムは指揮をとらなくてはならないことからも先駆けになることはできない。
「あの……良かったら治しましょうか?」
「嬢ちゃん、気持ちはありがたいがこの傷は嬢ちゃんのレベルで治せるものじゃない。それこそ、何かの加護を持っている者じゃなければな」
「それでしたら問題ないかと……」
アダムがシバの失った部位に手をかざして、治癒を始めると再生されていくように治っていく。
その事に驚き目を見開いているシバ達にアダムの顔には安堵の表情が見える。実際、前にアダムも緊張しながら回復していたし、治るかどうか自分でもわからないのだろう。
「これは……すまないが他の者達も治してはくれないだろうか?」
「はい、僕でよろしければ喜んで治します」
シバに連れられ医療テントに連れられていくアダムを見送った後、ウィリアムの方を見るとアダムが歩いて行った方に頭を下げている。
前の世界でも聞いていたが、兵士としてもう戦えない者が、もう一度健康に動けるようになるのは、仲間として嬉しいものなのだろう。
感謝の意を示すようにしばらくそのままの体勢でいたが、今は時間との勝負。姿勢を戻すと、部下達に次々を指示を出していく。
「これより早馬を出す! 早馬にはシバ団長、オオバ、ゴギョウの三名!!! 道中に待ち伏せがあるとの事だ、油断せずに進んで欲しい!!!」
「おうよ!!!」「了解!!!」「まかせな!!!」
「続いて大馬車での後続は俺とレベル20後半の兵士で向かう! 馭者はセリィ、お前に任せる!」
「了解した」
「最後に荷物搬送だが、それには新兵の皆に任せようと思う。シロガネ、お前が指揮を取って戻ってきてくれ」
「了解です」
「各自、今は時間との戦いだ。迅速な行動を期待する!!!」
全員各々の作業に戻って行った後、ウィリアムとマキそしてラムが残る。
「マキ、すまないが君には私と共に里の防衛の為に来てもらいたい。俺達だけでは魔神を倒せるか正直険しい」
「……すまない、ウィリアム。俺はお前達とは一緒に行けない」
「どうしてだ!? まさか怖気づいたとかじゃないだろうな?」
ウィリアムの言葉に首を横に振り否定する。
隣にいるラムを見つめ、マキは自分がやるべき事をしっかりと見据え、ラムに目線を合わせる。
「ラム、頼みがある」
「なーに?」
「実はこの森にはもう一体魔神がいて、そいつはラムを狙っている。俺が護るからみんなが逃げられるまでの時間稼ぎをしてくれないか?」
「もう一体の魔神だと!?」
マキの言葉に驚き、詰めよるウィリアムにマキは制止を促し、もう一度ラムを見つめる。
マキだけでは、あの魔神は現れない。ラムがいる所に現れるからこそ、この説得は必要なのだ。
「あだむは?」
「アダムは先に里に向かってもらう。俺達はみんなが無事逃げられるところまで迎えたら、撤退の予定だ」
戸惑い、言葉に詰まるラムに、マキは優しく笑いかけて見守る。
そんなマキを見つめながらラムは弱弱しく言葉を紡ぐ。
「らむ……まだよわいよ?」
「あぁ」
「きっと、まきにめいわくかける……」
「そうだな」
「らむをおいてみんなでにげたほうが……」
「それじゃダメだ」
「どうして?」
「そんなの決まってるだろ? お前は俺やアダムの仲間だからだ」
ラムは息ののみスライムから人の姿にかわり、しかし視線は俯いたままその場から動かない。
そんなラムの手をとり、マキはラムの頭を撫でてあげる。今までマキを警戒して必要以上に避けていたラムの心境の変化だのだろう。
「どこかで、お前はいつかモンスターとして襲ってくるって恐れていたのかもしれない」
「うん……」
「だから、お前も俺が怖くて一定の距離をとっていたんだな」
「うん……」
「ごめんな。もうお前を恐れたりしない。これからは家族として接する」
マキの言葉に安心したのかラムはマキに抱き着き、嬉しそうな笑顔を見せる。
そんなラムとのやりとりに置いてきぼりのウィリアムはこの場の空気にいたたまれずに、他の部下に指示を出すべく、離れて行ってしまう。




