心の傷
「やはり死んでしまいましたか……」
「今の君ではグラトニースライムを倒す事は出来ない」
「君が後『火群』と『光舞』が使えればまだ話は違うんだけどね……」
「今の状態で時間をかければ倒せるだろうけど、それじゃ間にあわない」
「ゲームの時、発生していたイベントを思い出して」
「今――君が出来る事は、いち早くあの場から誰も死なせずに木精の里に向かうこと」
「あのモンスターは、優秀な前衛がいれば苦も無く倒せるんだから……」
「ここまでは、君に教えられる俺の最大の攻略方だ」
「でも君がここで扉を開かなくてもそれはそれでいい」
「俺のわがままに無理矢理付き合わせてしまった状態だからな」
「それでも……選んでくれるなら、あの娘を……アダムを助けてくれないか?」
「そのためなら俺の体は好きに使ってくれて構わない」
「それが、俺の選択なんだから」
『セーブポイントからやり直しますか? YES』
「選んでくれてありがとう……どうか君の意思に時扉の加護のあらんことを」
* * *
「っ!!! ……はぁ……!? ここは」
「マキ!? だいじょうぶ!?」
急に苦しそうに悶え膝をつくマキを心配そうに見つめる少女に返事をしようと深呼吸を何度も繰り返して呼吸を整える。しかし、血色の無いような青ざめた顔は治る事もなく、呼吸が整うこともない。
前回の自分がどんな最後を向かえたのかは、わからないが今覚えている事を確認する。
覚えている事は技を使えることと、スライムの墓場に変異したモンスター『スライム』が現れること。そして、そのスライムはラムの母であること。
顔が青褪めているマキを心配してアダムは回復魔法を使っているが効果はなく、だが、気づかってくれるアダムにマキは礼を言った後、立ち上がろうとする。
「まき? だいじょうぶ?」
「……っ!?」
目の前にラムが現れた瞬間、マキは身体が硬直して動けなくなる。
身体の肩、足、胸が傷ついていないのに痛みを感じ、透き通ったスライムを見て、次第に震え出し……
「~~!!!」
声にならない絶叫を上げた。
心がそれを拒絶するように、ただただスライムが恐ろしくてたまらなくて……。
* * *
「悪いなウィリアム……」
「気にするな、今のお前に何が起きたかはわかんないけど、それでも俺達と共に戦ってくれようとしたお前に感謝を贈らせてもらう」
マキ達は、野営地の入り口でウィリアム達と別れを告げている。
スライムのグールを今夜狩る事になり、それにマキは先ほどの醜態のせいでウィリアムの兵士達から足手まといになると判断されてしまい、負傷兵達が戻る馬車に一緒に乗って里に行くようにと言われてしまう。
今の時間に出れば明け方前には着くであろう。夜中という事もありモンスターが出ても、スライム以外ならマキでもどうにかできるという考えで乗せているのも覗える。
馬車の中を見てみると、乗っている兵士はほとんどが四肢のどこかを失ったり、添え木で固定されていたりしている。
「それでは隊長、ひとまず先に引き上げさせていただきますね」
「おう、みんなの事頼んだぞ」
馭者らしき兵士がウィリアムに軽く頭で会釈とすると、馬車を走らせ始める。
馭者を見てみるとまだ年若い少年で、緊張した表情で手綱を握っている。
ウィリアムは見えなくなるまで見送るつもりだろう。その場から動かずこちらを見つめ続けた。
馬車に乗ってて、馬車の揺れが激しい。揺れの度にアダムに掴まれて、ドギマギしながらもこんな運転で負傷者は大丈夫なのかと疑問を持って見てみると何人かは揺れのせいで苦しんでいる。
マキはその惨状を見て見ぬふりをして馭者のほうに話しかける。
「悪いな、俺達まで乗せてもらって」
「気にしないでください。そもそも負傷者の搬送はスライムの亡骸を弔ってからの予定でしたので、逆にあなた達がいたおかげで今日になったんですから。あっ、私シロガネっていいます、旅の間よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく……それにしても」
前回の記憶を思い出せる範囲で、負傷者の数が覚えているよりも多くて、どうしてなのかと考える。
もしかしたら、前回見れていたのは軽傷な負傷者だけで、ここにいるのはあの時動けなかった者達なのではないかと理解する。
「あの……よければ治療いたしましょうか?」
「そうしてもらえるなら助かる」
アダムが負傷兵の一人に話しかけると、簡単な回復魔法を唱え負傷兵の一人の光が集まる。
兵の傷ついた部分に光は集結すると、そのまま兵の体に入っていき光はその部分にしばらく留まり消えていく。
「おお、痛みが消えたぞ!? ……動かしても痛くない。折れた骨がくっついてるじゃねぇか」
「なんだと!? 娘よ、この人にも治療をしてくれ」
一人の兵士が回復したのを見るや、他の兵士達は重傷者の治療をと求めアダムに殺到する。なかには、失った部位が再生されて五体満足になる兵士もいる。
「そんなに慌てなくても皆さん治療しますので、待ってください」
それから馬車ではアダムの魔法により、賑やかになりマキは馬車から馭者席に避難する。
時折聞こえる歓声にモンスターに襲われたいのかとも思うがそこは気にしないで置くことにした。
「すみません。騒がしくて」
「気にするな。元々こっちの仲間が好きで始めた事なんだし」
「ここにいるみんなは、もう兵士として戦うことのできない重傷者がほとんどなんだ。もう武器も持てないと言われた者達だからこそ治った事が嬉しかったんだろう」
問題ないと応える馭者は、馬車の中の様子を見て嬉しそうに笑う。
「私は、今回の遠征が初任務なのですが、見習いと言うことで戦いには参加させてもらえず、他の兵士の皆さんが傷ついていくのが歯痒かったのです」
「見習いなら仕方ないだろ、それにウィリアムは多分戦場の空気を感じてもらいたかったんじゃないか? 誰かにが傷ついて心をいためながらも戦場に立とうとするあなたならきっといい兵士になれるよ」
"きっとスライムに悲鳴をあげる自分よりも"と言葉にしなかった。
今も身近にスライムがいる状態なのが恐ろしくて馭者席に逃げてきているんだから。ラムは今アダムの体に密着するようにして服の中に隠れている。俺が悲鳴を上げてからずっと……。
少年と会話が一区切りした頃に中にいた兵士の老人が馬車から馭者席にやってくる。
「坊主、馭者を変わろう。おめぇも中で休みな」
「大丈夫ですよシバ爺。シバ爺こそ、年なんだから中で休んでください」
「まだガキ共に引退促される歳じゃないわい。お前の操縦じゃ、けつが痛くて割れちまうから言ってんじゃい」
そう言うやシバ爺と呼ばれた老兵は手綱を奪い取り、慣れた手付きで操縦を始める。先ほどとは比較にならないほど安定した走りに馬車は揺れが一気に減った事で何かに捕まってなくても平気になる。
「おっ、揺れが減ったって事はシロガネのへたくそな運転をやめたって事だな」
「誰がへたくそだよ!?」
「おまえだよ、今日初めて馬車動かした奴がこの森を安定して運転できるはずないだろうが」
「それにお前の運転じゃ俺達ポックリしんじまうよ」
冗談目に言われた言葉に馬車の兵士達は笑い声を上げ、それに公議するようにシロガネが突っかかっていく。
兵士達はシロガネをからかっているが、シロガネも兵士達にはため口で話すところからも互いに相手を認め合っているのが窺える。
「シロガネ、みんなに信頼されているんだな」
「まぁの、あの年で兵士としての自覚を持っているからの。あの生意気な態度をしているが教えを請う時の姿勢は清清しくての、ついついわしらも相手をしたくなってしまうのだ」
目を細めるシバは、まるで孫を見る祖父のような顔をしており、それだけシロガネが大切なんだを思えた。
馬車の中からはみんなの元気な声が聞こえてきて、活気ある馬車は里への道のりをのんびりと進んでいく。




