暴食の絶望3
「……?」
先行した兵士達を追う形で戻るマキ達は、背後の方から奇妙な雄叫びを耳にして振り返る。
あの場になにかモンスターが現れたのだろうか、ウィリアムとラムは調べに行こうと足取りをかえようとする。
そんな二人にマキは、嫌な予感を感じ取り二人を止める。マキの状態にいったいどうしたのかと不思議そうに見つめる。
「どうしたマキ?」
「嫌な感じがする、お前達はすぐに野営地に行け」
「ならみんなで迎え撃った方がどうにかなるだろ? 俺達も残るぞ」
「そんなこと言ってる場合じゃないんだ。明らかにやば……」
遠くの方からなにかが近寄ってくる気配を感じる。その狂気に満ちた気配に誰もが身構える。
気配がするほうを見ると、青々と茂っている木々が次々と枯れて行き、その異常さに警戒が一層強まる。近づいてくるに連れて、ガサガサと揺れる葉の音が大きくなっていき、マキ達の頭上あたりでピタリとその音が消える。
3人は頭上からの奇襲を警戒しながら、後退りをして距離をとろうとする。だがそれよりも早くなにかが滴り落ちてくる。粘液のようなものが一滴落ち、地面に触れた瞬間地面が溶けるように抉れる。
「全員にげろー!!!」
「ミツケタァァァァァ!!!」
マキの言葉と雄叫びが重なり、それと同時に降ってきた粘液の塊を飛び退くように回避する。
「なんだよ……あれ?」
その場で蠢くその塊は澱んで中の様子が見えないほど濁っていて、臭気がとてつもなく酷く、鼻をおさえながらも、その物体から距離をとろうとする。
「……うそ、だよ」
「ラム?」
その存在を、凝視するラムは信じられない物を見るかの様にその物体に近寄ろうとする。
マキは、そんなラムを掴んで引き戻そうとするが、それに抵抗するように暴れて振り解こうとする。
「はなして!」
「危険だラム! あれが何をしてくるかわかんないんだぞ!?」
「そんなはずないもん!」
暴れるラムをなんとか抑えこんで、その塊を見つめる。どこまでも澱んでいる姿をしているが、表面に浮き出てきたコアを見てそれがスライムだと判断できる。
スライムは、突如こちらに向けて吐き出すように体の一部を飛ばしてくる。慌てて避けその軌道の先を見ると触れたものはすべて腐食されて、不浄な大地を形成する。
「見つけましたわ……さあ、こっちにいらっしゃい」
「やめてよ……おねがいだからやめて」
「良い子だったあなたなら言う事聞いてくれるわよね?」
「ラム、あれをお前は知っているのか?」
「……か……さん」
「え?」
「おかあさん……なの」
ラムは変わり果ててしまった自分の母親に、どうしたらいいのかわからずに立ち尽くしてしまう。
その間も牽制で放たれているウィリアムの矢は何の効果もなくスライムの粘液に触れた瞬間蒸発するように溶けて消える。
「おい、このまま呆けている暇なんてないぞ! あれは間違いなく森の木々たちが教えてくれた全てを喰らうスライムだ」
「ウィリアムはラムを連れて先にみんなと撤退してくれ。俺がこいつの足止めをする」
抜刀して刀身に霊気を纏わせる。ただの武器ではスライムの粘液で消化されてしまうと思っての判断だったが、スライムはその刀身から離れるように距離をとる。
「おいで、我が子よ。また一から始めましょ? 今度はずっと一緒にいてあげる。生まれた瞬間からずっとずっとそばにいてあげるから……だから……私の中に……カエリナサイッ!!!」
「来るぞ! 早く行け!!!」
ラムを抱えて走り出すウィリアムの気配を感じながら、マキは目の前のスライムと対峙する。
逃げた相手を捕らえようと伸びてくる触手を刀で切り落とし、スライムの本体の粘液を削ぎ落とすべく距離を詰める。霊気の纏った刀で斬り離した部分はそのままスライムに戻らずに壊死したかのように水溜りになっていく。
自らの一部が死んだ事に苛立ったスライムは触手を戻し、球体としてかたまる。
「ジャマヲスルナァァァァ!!!」
球体は面積の何倍にも膨れ上がり、そのまま破裂する。破裂したスライムは津波を起こしたかのように粘液の洪水が押し寄せてくる。
刀で津波を割ろうとするが、圧倒的量に斬った端からまた別の粘液が押し寄せるようにマキを押し流して行く。
「クッ……今の俺の刀では威力が足りない……」
今なお溶けずにスライムと戦えているのは、マキが装備している防具があってこそで、それがなければ今頃スライムの粘液に溶かされていただろう。
ウィリアム達の方を見ると、無事に逃げたらしく木の上を渡りながら遠のいていくのが見える。
その姿を確認した後、マキは再び元のスライムの姿に戻ろうとする化け物を倒すべく刀を構える。刀身に纏ってある霊気はまだ健在でスライムは警戒の為にマキを敵と見なして無数の触手をマキに向ける。
「人間風情が……」
街で出会った盗賊なんて非がないほどの圧倒的な脅威にマキは刀を持つ手に力が篭もる。
いくつもの触手が一斉にマキを穿とうと突っ込んでくる中、マキはその一つ一つを逸らし、斬り、かわしながら、スライムとの距離を詰めようと素早さにものを言わせた動きでスライムの背後を取ろうとする。
マキの動きに着いて来れていないスライムは縦横無尽に触手を振るうがその全てを刀で防ぎ切り背後を取ることができた。
だが、スライムの中にあるコアがグルリと動くと触手は的確にこちらに狙いをつけて伸びてくる。
「無駄無駄無駄無駄ぁぁぁぁ!!!」
「なっ!?」
伸びてきた触手に少し反応が遅れ、マキはいくつかの触手を受けきれずに体に突き刺さる。刺さった触手をすぐさま切り離しスライムから距離を取ると防具の自動修復が作動して傷ついた部分が塞がり、防具は元に戻る。
しかし、傷を受けた左肩と左足の怪我は元に戻らすそのまま血が流れる。肩の方は刀を振るのに問題ないが足の方は動きに制限ができてしまい、今までのような回避できなくなってしまう。
「貴様を殺した後、すぐにあの子を追わなくちゃ」
スライムはマキを殺そうと先ほどの津波を起こすべく、球体になる。
今のままではやられる。そう判断したマキは切り札の「大河」を使うべく刀を鞘に戻して居合いの構えに入る。構えた瞬間足に痛みが走るが、痛みを無視して精神集中を図る。
スライムの面積は数倍に膨れ上がっていく。爆発を吹き飛ばすように返さないとマキはそのままスライムの津波に押し流されてしまう。
そうなれば生きていてもスライムを逃がしてしまい、ラムやウィリアム、野営地にいるアダム達がたちうちもできずに蹂躙されてしまう。
スライムも限界まで膨れ上がった状態になり、いよいよ爆発する段階なのだろう。スライムのボディはプルプル震えて耐えている。
「なんか秘策があるらしいが、そんなの何の意味もない……死ねよ人間」
「お前を討ち倒して、俺はみんなの所に帰るんだ!」
スライムの大爆発に合わせて居合いを出す。身構えていたマキはスライムが爆発した瞬間に合わせて刀を鞘で滑らせて必殺の一撃を放とうとする。
しかし……
「粘液圧水塵槍!!!」
「大河!!!」
水圧により一点集中された粘液は、マキの大河を放つ前に刀に到達して、マキの技は不発に終わる。
刀で受けたスライムの技は、刀身を削り、その水圧にマキ自身耐えられずに後退り始める。圧倒的威力に刀身が欠けていき、最後にはその刀身が折れてしまう。
水圧はそのままマキを穿いて吹き飛ばす。マキの胸には大きな穴が空いており、血がマキのまわりの地面を湿らせていきマキの顔は蒼白に血が足りていないのを物語っている。息を咳き込むたびに吐血を繰り返すマキは、痛みのせいで気を失いそうになる所をスライムの触手に絡み取られ、自らの体に引きずりこむ。
「お前は消化しながら移動しましょう。あの子を逃がしたのも無駄に終わりましたわね」
遠のく意識の中、スライムの嘲笑う声を最後にマキは自らが死んだ事を自覚した。
『GAME OVER』
『セーブポイントからやり直しますか? ≫YES/NO 』




