這いよる狂気の徒
世界樹を遠くからは眺める白衣の女性は手に収まっているペンダントを弄り、装飾のされたソケットを開け閉めしながら物思いにふける。
「マリー様? いかがなさいました」
「いや……なんでもないです」
傍らにいる存在に一瞥した後、手に持っていたペンダントを白衣のポケットにしまいこむ。
「お前も好きに行動しても良いんですよ? せっかくの生まれ故郷なのですから」
「わらわにとってここは忌々しき過去の情景でしかない。叶うならばこの森全てを喰い壊してやりたいくらいじゃ」
「そういうものですか……」
怨みがましい声にマリーと呼ばれた女性は興味なさげに相づちをうち、世界樹を眺める事に戻ろうとする。
「ただ……」
「ん? どうした?」
「ただ願うならば、あなたと出会う前に群れから追放されたあの子と会いたいですわ」
存在感が膨れ上がり、プルプルと震える身体は何か愉快な事を思い浮かべているのか、女性が見るとその顔は限界まで口角がつり上がりおぞましい笑みをつくっている。
「わらわ達の中でも異質な存在であったあの子……食べたらどんな味がするのかしら?」
「まったく、一族全てを喰い壊したにもかかわらずまだ喰い足りないのですか?」
「ええ……あなたがわらわをそういう存在にしたのでしょう? ローズマリー・スペルリーフ」
伸ばした粘液の触手が辺りの木に付着すると同時に養分が吸われるかのように枯れていき、葉が全て枯れ落ちてしまう。
その中の触手が近くに隠れていた獣を捕らえ引きずり出され、獣は懸命に暴れて逃げようとするがそれは許されず、地面から足が離れ宙にぶら下がられる。
獣は威嚇に吠えるがその存在は、そんな獣をニヤリと笑い見て獣を捕らえている触手を肥大させていく。
触手は獣を包みこみ、苦しみにもがく獣の身体をじわじわと消化していく。
「非効率な喰い方だな。それじゃエネルギーの貯えにならないでしょう?」
「いえいえ、活動に必要なエネルギーは十分にございますわ。これはただの趣味でございます」
消化された獣の骨を吐き捨て、人の姿を解きもとの姿に戻る。その姿は濁った血のように赤黒く、その身からたれる粘液は触れた物を溶かす性質なのか草花が触れた瞬間萎れて枯れてしまう。
「グラトニースライム……あまり喰い荒らして貴重なマナを浪費するまねをしないでほしいのですが」
「そうは言ってもお腹が空いて仕方ないですわ。わらわはわらわの欲望にのっとって行動してるにすぎん」
グラトニースライム……ローズマリー・スペルリーフによって造り出された改造魔物であり、その特性は空腹と暴食に特化しており、その食欲によって全てを喰らう化け物。
「あの子達で手こずるようでしたらと思って連れてきましたが、無駄にマナを喰い散らかすだけのあなたを連れてくるのではありませんでしたわ。あなたのお目当ては手を出しませんから森に手を出すのは止めなさい」
「そうですわね。あの子のためにも今はお腹を空かせておきましょうか。ああ……あの子はいったいどんな味がするんでしょう?」
暴食の化身は、ご指名の相手の味を想像しながら、その身を震わせて森の奥へと進んでいく。そのスライムが通った後には枯れた草花で道ができている。
「待っててね、わらわの子」




