精一杯の全力で
ラントの号令を受けて、宿の回りの家から兵士がどんどん出てきて宿を包囲していく。
後方包囲の指揮を取るイサミの声と共に、宿から客が逃げられないように包囲していた賊と兵士の戦闘の音が響き外でも乱戦になっている。
宿に突入して来た先頭の賊が今の事態に舌打ちをして、ラント達に武器を向ける。
「なんで、アーリアの野蛮人達がここにいるんだ?」
「頭どうしやしょう!?」
突然のことに賊は混乱して立ち往生してしまっている中、賊の頭である男は冷静に今の事態を受け止める。
「今回は失敗みたいだ……。全員、今回は失敗だ!!! 各々合流地点へ向かいな!!!」
賊の頭は、自分の腰に下げられてるカトラスを取り出し、目の前のマキ達に向ける。
賊がそれぞれ武器を構えている間に、最初にラントに斬りかかってきた賊がラントの手によって捕縛されている。フレデリックがその横で仲間を救おうと突撃する賊を大槌で殴り飛ばし壁にめり込ませている。
「まずは一人捕縛」
「戦場で隙をつくるな、ここでお前が負けたら士気だって下がっちまうだろうが」
「そこはお前さんがいるから心配してなかった」
「良く言うわい」
他の兵士も賊を捕らえるために戦闘に入り一人また一人と打ち倒して行く。賊の攻撃により負傷した者が出たとしても、
「ヒール」
アダムがすかさず回復を行い、傷を癒していく。賊達はじりじりと追い詰められていく。
「頭!!! 外の包囲を打開しました」
外から聞こえてくる賊の声に賊の頭は仲間をおいてすぐさま逃走の為に蹴破った扉から外に飛び出す。
「リーダー格が逃げる! マキ、あいつを頼む!!!」
「わかった!!!」
マキは賊の頭をおって外に飛び出すと、宿を包囲していた一区画の兵士が鋭利な刃物で斬られすでに事切れておりその一帯が血の海になっている。その光景に眉を顰めるが逃げた賊の事を考え辺りを見渡す。
賊がそこから逃げていくのが見えて、マキは追いかけようとするが賊の一人らしい者に行くてを阻まれる。
その賊の顔を見て、マキは一瞬止まってしまう。そこにいたのは前回の時マキが手も足も出なくて刀を奪われた男だったのだ。
「まさか……兵士達が待ちうけているなんてね。これなら俺も最初から中に突入しておくんだった」
男はニヤニヤ笑いながら、マキを目利きして、金目の物がないか確認している。前回持っていた刀はポーチの中にしまっており、変わりにダガーを装備しており金目の物なんて今のマキには一目見てあるようには見えない。
「どうやら、お前は持ってないようだな……。悪いがこちらも雇われてる身なんでね、ある程度はお仕事しないといけないんだ」
「こっちだって、お前らを逃がすつもりはない」
マキが武器を構えると相手は口笛を吹いて、口角を引き上げる。
「いいね。まだ荒削りではあるけど未来にはとても強くなりそうだ。今回は見逃してもらえるぐらいには痛めつけるだけにしとくよ」
男は自分の武器を手に改めてマキと対峙して武器を構える。前回の時は武器すら構えてもらえなかったのに比べれば、ずいぶんな変化である。
「俺は、傭兵のロウ。貴様は?」
「……マキ・シルバーウッド」
「そうかい、そんじゃマキ。いっちょ死合おうか?」
ロウの増幅された殺気にすこし畏縮するマキであったが、小さく呼吸を整えロウを見据える。
マキは一定の距離をとり、仕掛けるタイミングを計っていると、宿の中から衝撃音が響き賊の一人が投げ出されるように飛び出してくる。その衝撃に少し気をとられて好きにロウがマキに斬りかかってきた。
「戦場で雑念はいけないぜ!!!」
「ッ……!?」
ロウの剣閃になんとかダガーを合わせ防ぐことが出来たが、その一撃は確実に急所を狙っており、遅れていたらマキといえど今後の戦闘に支障しかねない。上がる心拍数を落ち着かせるように冷や汗を拭っていると、ロウはニヤニヤしながらこちらが仕掛けて来るのを待っている。
「手加減のつもりか?」
「まあね。あの一撃を防げるって事はおまえさん速さがうりだな、なら今度も防いでみろよ」
ロウの動きが早くなり縦横無尽に斬りかかってくる。その剣閃は目で追えるのだが意識がついていけず、いくつか受けてしまう。だが、その傷も深くは通らず小さな切り傷程度に留まる。反撃にダガーを振るがそのほとんどが紙一重で避けられ虚しく空を切る。途中ダガーが当たった瓦礫が真っ二つになったところでロウの動きが止まる。
その事態にロウは不信に思い、マキと一定の距離をとり観察して行く。
「おまえさん、攻撃の威力が高いし意外と頑丈なんだな。俺の攻撃を受けてその程度とはね」
「あいにくレベルだけは高いものなんでね」
「ああ……なるほど、お前転異者か」
ロウはしきりに納得したように頷き、更に距離をとる。
「転異者の相手はどれもめんどくさいから好きじゃないんだよな。お前ら実力ないのに体だけは頑丈だから」
一定の距離が空け低い体制をとったロウは、マキに狙いを定めその距離を一気に駆け抜ける。助走込みのその一撃を受け止めようとするがそのまま勢いを殺せずそのまま吹き飛ばされる。
衝撃で体に痛みが走り、咳き込みながらもマキはロウに対峙する。そんな姿に飽きれたように首を振りマキに武器を向ける。
「今のも防ぐか……。おまえさんここらで手討ちにしないか? 俺としても雇い主が脱げるだけの時間は十分稼いだし逃げたいんだがな」
「ふざけんな、誰が逃がすか」
「一撃入れたらおまえの勝ちだろう。でも、そんな素人の攻撃じゃ俺は倒せないぜ?」
事態が膠着して来た時、宿の中から勝ち鬨の声が上がる。中の賊は全員捕縛されたのだろう。
「このままじゃ俺も囲まれちまいそうだし、そろそろ逃げさせてもらうぜ」
先ほどと同じく距離をとり、助走をつけてマキを斬り捨てようとする。
ちょうどその時、宿の中から人が出てきてマキに対して術を使用する。その傍らには張りつくようにスライムがついている。
「フォースチャージ!!!」
唱えられた術はロウがマキに到着するよりも早くマキに届きその効果を発揮する。
マキの体がオーラに纏われ先ほど受け切れなかった一撃も後退したが吹き飛ばされずにその勢いを殺しきる。
マキが受けた術は身体能力の向上及び体力魔力の上限一時増加のものだある。だが、その衝撃を受け切ったダガーは砕けてしまい使い物にならなくなってしまう。
「なっ!?」
「掴まえた……!」
ロウが逃げるよりも早くその武器を持つ腕を掴み、離れなれないようにする。
ロウはマキを引き剥がそうともう片方の腕で殴るが、マキはビクともせずにロウに向けて拳を作り思いっきり振りあげる。
「やめろ! おまえの攻撃なんか受けたら俺は!?」
「手加減はしてやる、牢屋の中で反省しろ!!!」
振りかぶった拳はロウの顔面を思いっきり強打して、ロウはそのまま吹き飛び地面を何度もバウンドする。
勢いがなくなり静止した時には、気を失っているのか痛みで痙攣している状態になる。
「マキ! 怪我とかしてるじゃないですか!? 待っててください今治しますから」
戦闘が終わった事を察してアダムがマキに駆け寄り、傷ついたところを回復させていく。
ラムも上半身だけ人型に戻ってアダムに乗った状態でマキの頭をぽんぽんとたたき、ドヤ顔で一応労ってくれているらしい。
「とりあえず……」
心配そうに見つめるアダムとドヤ顔で叩いてくるラムの姿を見てマキは安心感に満たされる。一度は失ってしまった二人をこうして取り戻せた事が何よりも嬉しかったのだろう。
知らず知らずにこの二人が大切になっている事に気がついて思わず笑顔になっていた。
「アダム、ラム、無事で良かった」
そんなマキの言葉に後方で援護だけしてた二人には何の事やらといいたげに互いに顔を見合わせ首を傾げるのであった。




