元学生の限界
廊下を駆け抜けると、そこには戦っている宿の衛兵と宿を襲った賊が争っているところに出くわす。
拮抗していた実力も背後にいたふくよかな婦人の恐怖で逃げるために払いのけられ、その場に転倒する。婦人はそのまま逃げ出そうと走るが、あまりにも遅く逃げるにも時間が掛かってしまう。婦人により倒れた衛兵はそのまま、抵抗するがむなしく賊の凶刃に切り伏せられ、事切れてしまう。
賊は今逃げ出している婦人に狙いを定めると持っているナイフを一つ取り出して投げ、婦人の後頭部に刺さり婦人はその場から数歩動いた後倒れて動かなくなる。賊はニタニタと笑い婦人が身につけている宝石類を奪い、次なる獲物を求めそのまま婦人が逃げていた方向へと歩き始める。
「ひどい有様だ……」
さっきまで必死に戦っていた衛兵の死体を見て気分の悪くなる中、宿でまだ無事な者がいないか探しに向かう。
どこを歩いても遠くから悲鳴が聞こえてきて、騒ぎに混乱した宿泊客が外に出ようとして賊に狩られているのだろう。
この状況を収めるためには、外から救援を求めるか賊の頭を倒して退かせるかしかない。
マキは賊の頭が居そうな出口の方に向かって走っていく。自分の強さなら相手を倒さずに退いてもらう事ができるかもしれない。そんな淡い期待を持ってのことだろう。
廊下の角を曲がった時、突如ナイフが飛び出してくる。とっさに飛び退いて避ける。ナイフが飛んできた方向を見るとそこには先ほど婦人と衛兵を殺した奴と同じ姿をした存在が刃物をこちらに向けている。
「あれを避けるとは、やるなぁ坊主」
賊のニヤついた声を聞きながら、咄嗟の事にはね上がった心拍数を下げるように、呼吸を整える。
相手はマキを格下として見ており、金目の物がないか目星をつけている。一通り見た後、金目の物を持ってないと見限りため息を吐く。
「なんだビンボーそうなガキだな。見逃してやるから廊下の片隅で死んだフリでもしてろ」
いきなり斬りかかられ、手に持ってた刀の鞘で相手の刃物を受ける。斬りかかられた鞘には傷一つついておらず、賊はマキの刀に興味を示す。
「おいおいおい、んだよいいもん持ってんじゃないか……。死にたくなきゃそいつを渡しな?」
「言われてはいどうぞなんて言う訳ないだろ」
鞘から抜き取り、刀を相手に向けて構える。
賊はマキの動きを見た瞬間ニヤリと笑い、何気なく近づき始める。賊の行動に躊躇うマキをしり目にどんどん近づき、お互いに斬り合える間合いになる。
マキは慌てて刀を振るうも軽々と避けられ、腹部に蹴りを見舞われ蹴りの衝撃により、マキはふき飛び壁に激突する。
「グハァ!?」
いつの間にか蹴られた事に驚き今まで体験したことのない暴力にマキの思考は停止して、相手を見つめることしか出来ない。
「なんだその剣捌きは? 刃物も持ったことねぇずぶの素人かよ!?」
取りこぼした刀が賊に拾われ、何もなさげに振って見せる。
マキとは比べ物にならない剣捌きに実力差を見せつけられてる気分になる。
「こんな良いもの持っているからどんだけやるのかと思ったら、戦い方もわかってねぇ単なるガキかよ」
壁に激突したところから動けず何度も咳き込み、落ち着かせようとするも賊により更なる蹴りを受け廊下を転がる。
「そこで死んだフリしてろ、テメーみてーな雑魚に構ってる暇はねぇんだよ」
歩き去ろうとする賊に、マキは動けずにいる。
少し前まで平和な世界で暴力と関係ない人生を歩んできた正樹は蹴られた痛みよりも暴力を奮われた恐怖によって体がすくみ動く気力が持つことができなかった。
「そうだよ……物語の主人公みたいにいきなりの暴力に屈しずに戦うなんて、なんで俺はそんなことができると思っちまったんだ?」
他より強い体だとしても動かしてる奴がへっぽこじゃなんの意味もない。マキは自分の戦う覚悟のなさに自傷きみに笑うしかなかった。




