信じる世界
──大発見だ!
ミルフィーユ生地のように幾重にも層になっている地層の前で、確信した。
化石である。かつて生物であったものの、石化した骨。
しかも新種。
ありえない新種。
全身骨格という超貴重。
それは馬であり、また、人であった。
半人半馬。
伝承ではそれを、セントールとか、ケンタウロスと呼ぶ、『空想のはずの生物』を発見したのだ。
誰かの悪戯?
まさか!
余分をクリーニングしたあとの再現模型ではないのだ。
言ってしまえば新鮮な──酷い矛盾だが許してくれ──石化した状態のまま、地層の高圧力の中に埋まっていた。
本物だ。
胸の高鳴りを抑えきれなかった。
地層の年代を見るにおそらく、新生代よりもずっと前の時代のしろものだ。
人類の誕生は、…………いつだ?
興奮。
暑い夏の日差しの中で、蝉が鳴く。
頬をつたった汗が、顎下からしたたった。それは、暑さのせいだけではなかった。
見つけたのは半人半馬のケンタウロスに、とても酷似した骨格だ。馬体部は、ポニーというには大きい程度の大きさ。人間部の上半身は、人間に当てはめてみれば子供くらいか。
──だが。
見つけたのは、ケンタウロスだけではなかった。
初め、それはケンタウロスの同族だと思った。つまりケンタウロスの骨格が二人分──あえてこの『人』の単位を使う──だと思っていたが違った。
一人は確かにケンタウロスそのものの特徴をもっていた。だがもう一人は違うのだ。もう一人は下半身に、『馬の特徴、四本足の体』をもっていない!
二本の足を垂直に使い歩く……構造!
人間、そのものだ。
ケンタウロスと人間は、折り重なるような体勢だ。
人間が、ずっと大きなケンタウロスをかばうように……。
今一度、自問した。
物忘れが最近は多い。
人間が今の構造になったのは、いつの時代だったか。
それは、新生代よりも過去なのか。
……。
過去、ケンタウロスと人間がどのような関係であれ、同じ時間の中にいた事実は、化石が証明していた。
今のところの真実はそれだけだが、大きな、とても大きな事実だ。
さっそく写真におさめ──岩の一部の為、個人で、今すぐ運ぶことは不可能なのだ──、近くの自然博物館にむかった。
世紀の大発見。
ただの新種ではない。
空想の中の生物が、実際に存在していたのだ。
ありえないはずだった発見。
しかし今日からは──もっとも何年も検証されるはずだ──ありえないからと、存在しない証明ではなくだるだろう。
骨密度と筋肉の減った身ではあるが、体は羽のように軽かった。
そうして自然博物館で写真を見せ言われたことは、
「凄い大発見です!」でも、
「すぐに発掘にいきましょう!」でも、
「標本はどこにありますか?」でもなく、
「よくできた偽物ですね」だった。
偽物という断定。
ありえないはずのものなのだ。
その気持ちは、わかる。
わかるのだ。
うんちそのものに見えるものが、カレー味だといわれるくらい信じられないだろう。
だが、である。
一目見ただけの否定。
正しさに満ちた瞳で、一切の疑いをもたない絶対的な基準をもって見下す。
実物をこの目で見たのだ。この手で発掘した。石化した骨の、化石の、つるつるした手触りを感じたのだ。
偽物だと、写真だけを見て言われた。それは──微塵の迷いもなかった。偽物作り物という、『真実』があったのだ。
自然博物館は、クーラーの冷房がよく効いていて、夏の外よりもずっと快適であり、涼しかった。だが顔も、体も、ずっと、ずっと熱くなった。
『真実』を見ていた自然博物館の館員には、声と物は嘘としか届かなかった。
発掘作業は一人で続けた。
前向きに考えることにしたのだ。世紀の大発見を、独り占めできるのだと。考えれば、何も変わらなかっただけだ。
老いた体に鞭を打った。
長時間中腰になっていると、背中を伸ばせなくなるほど痛む。屈伸が膝にくるようになったのはいつからか。
所詮は老後の楽しみ。
のんびりといくとしよう。
昔ほど体に無茶が効かなくなっていた。無茶はできないのだ。やろうと思っても。
旦那には……迷惑をかけた。
だが「発掘場で死んでこい」と言われたので大丈夫だ。それは六十年前に誰でもない、未来の馬鹿な婆さんの言葉だからだ。
随分と甘えたが、お互い老い先短いのだ。もう少しだけ甘えた。
発掘場は、生涯に一度とないだろう、大当たりだ。多数ではなく無数の標本の発掘に成功した。
いつしか家は、プチ博物館だ。
全身骨格という大幸運は、最初のケンタウロスと人間だけだった。あとは全てバラバラの断片的な標本だが、こっちのが普通なのだ。
それでも、わかった。
わかったのだ。
ケンタウロスや、人間だけではない。
あの地層には、およそ『空想であったはずの生物』が他にもたくさんいたのだ。
ハーピー。
マーメイド。
ゴルゴン。
ギガース。
フェアリー。
アラクネ。
ドライアド。
リザードマン。
オーガ。
ヒッポグリフ。
ペガサス。
ワーウルフ。
膨大な数の標本。
個人で扱える次元は、とおに超えていた。だが一人でやらなければならなかった。誰も信じなかったからだ。
それでも、多少の満足であった。
毎晩。
夕食のとき、就寝のとき、爺さんとの話のタネに困ることはなかった。
世紀の大発見だ。
しかしその使い道は、毎日のささやかな時間の為のものというのは、少しだけ悲しかった。
いや、悲しいといよりは、寂しい。もっと世界的に名を知られて、お金もがっぽり稼いで、もっともっと、もっと……たくさんの人が集まって、今まで見つからなかったものを発見して、知らなかった知見をえて……。そういった可能性も、あったはずなのだ。
現実は違ったけど。
──現実は。
世紀の大発見も家のおきものであり、爺さんとの話のタネでしかない。
理想と比べれば、随分と小さなものだ。
決して悪いものではなかった。
何年たっても、発掘品は一つとてし認められることはなかった。
本物があるのに、それは小さな世界の中だけの真実にすぎなかった。
老人の道楽が生んだ、風変わりな偽物。
それもよかろう。
本物は偽物として、世の中へと公開したときレッテルを貼られた。
だが便利な世の中だ。
ハイテクの手を借りれば、情報の発信は極めて容易かった。
ハイテク分野は、得意分野として片脚を突っ込むハイテク爺さんに任せた。
やることは変わらなかった。
足を運ぶ。
化石を発掘する。
標本を整える。
──だが!
そこにある『真実』を無視されつづけるには、我慢ならなかった。
偽物などでは断じてない。
信じていたのだ。
化石が本物であるということを。
何よりも、『否定』させたくなかった。
唯一の完全骨格標本。
ケンタウロスと人間。
彼女もしくは彼の存在を、……、なかったものにしたくはなかった。
お前たちは、この星で生きていたんだよな?
プロジェクトSZ。
独自で研究を始めた。
ファンタジーだろうが存在しているいじょうは、そこにいたる過程が連綿とあるものだ。
神が全てを創造したとは信じていなかった。
原始の時代はわからないが、生物も、機械も、年月の蓄積と環境が形を決めるのだ。そこへいたる筋道を発見すれば、本物の理由づけを強くできると考えた。
ファンタジーの真実を、見るものはいない。
けっこう、まことにけっこう。
偽物とレッテルされた彼女彼を、本物にしてやろうではないか!
老後の楽しみだ。
頭を働かせるのはボケ防止にもちょうど良い。
──だが。
ただ死ねば、単なるオカルトとして膨大な標本は全て処分されるだろう。
爺さんはずっと早く死に去るかもしれない。
真実は失われる。
真実には今だ目をつぶられる。
真実は、必ずしも『真実』であるわけではない。
信じるものが真実となる。
そういうものだ。
そういうものではあるが……。
「ばあさんどうした? ついにあの世にいった──あたっ!? 痛いぞ叩くな……」
顔が緩んだ。
昔からだ。
頭ごなしに否定されると、それに反発したくなった。性格なんてものは、何年たっても変わらないのだろう。ババアになっても、心は若かった。
馬鹿へと突き進む。
小学生でも信じないであろう、夢へと。




