雷鳥さんと卵
雷鳥は|ThunderBirdではなく、Ptarmiganと言う。
サンダーバードといえば金沢から大阪を繋ぐ特急が有名だろうか。六時間程かかる道のりを三時間に短縮する便利な乗り物である。何より名前がカッコイイのだ、ターミガンと言われるよりは遥かに受けがいいのである。
雷鳥さんは岩肌に突き出たとんがり岩の先端に仁王立ちして、ガスがかかり薄くなった日光を全身に浴びて、つまらない考え事に興じていた。この雷鳥さんは白と黒の羽毛に包まれ目の上に赤い線をひいたニホンライチョウのオスである。
「今日もいい天気だ、ご飯を食べに行こう」
雷鳥さんが鳴くと、近くの岩場の陰からも鳴き声が聞こえてきた。
「そろそろお昼ご飯の時間ですものね」
茶色っぽい羽毛が全身を包むニホンライチョウのメスである。
二羽は仲良しでいつもこうして二羽で歩き回っている。
ご飯を食べに行くと決まれば雷鳥達はえっちらおっちら歩き始める。
二羽がいるのは山の頂上に近い場所だ。雪が溶け稜線が見えてはいるものの草木がある場所は限られる。数百メートルもおりれば餌となる植物がたくさんとれるので二羽は仲良く歩いていく。
雷鳥さんは鳥のように頻繁に飛ぶことはない。飛んでいる姿を人が見ることはほとんどない。雷鳥はよく歩く。歩いて歩いて、山を下っていく。
せっせと動く足先までびっしりと毛で覆われている。街でよく見かける鳥は足先まで毛はないだろう。せいぜい付け根あたりまで。雷鳥さんは毛を足先まで生やすことで寒さを凌ぎ雪の上を歩きやすくしているのだ。
草木のある餌場が近づいてきた。まだガスのかかるいい天気だ。視界不良の中雷鳥さんはせっせと餌場を目指し続けるのだ。
──パシャシャシャシャシャ。パシャシャシャシャシャ。
不明瞭な視界の中で音だけが鮮明に響いていた。
雷鳥さんは雪から顔を出す岩の上に乗り、首を回して警戒した。
見つけた。砲身のようなレンズを取り付けたカメラを構える初老の男だ。人間という種族がそこにいた。
「見て、雷鳥ちゃん。ヒトがいる」
「あらほんとう、ヒトがいるわね、雷鳥さん」
「彼らは僕達を見るだけだ、でも少し遠回りしていこう」
「そうしましょう。敵じゃぁないもの」
二羽は鳴きあいながら先に進む。メスは少し早いペースで先をあるき、オスは人を見ながら後ろをゆっくり歩いていく。
人はその場所を移動しない。縄のようなものが張られていて、それ以上中に入ってくることは無い。雷鳥さんはそのことを知っていた。
「あの縄は僕達を護る結界なんだ」
雷鳥は国の特別天然記念物に指定されており、保護が義務付けられている。縄は雷鳥保護のための柵代わりだった。登山道が整備された場所には張り巡らされている。少し山を登ると無い場所も多いのだが、そこまでくる人は山を愛し理解しているものが多いので誰も自然の中にいる雷鳥を脅かそうとはしないのだ。
「ついたわ。さぁ食べましょう」
「そうだね、食べよう食べよう」
二羽はせっせと草木を啄む。遠くてまだ人の鳴らすあの音が響いている。
煩わしいと思うが、しかし人が近くにいるということは悪いことばかりではないことを雷鳥さんはしっているのだ。
雷鳥の天敵は貂、烏、狐、と多いのだ。故に視界の悪い日はよく活動しているのだ。
そして賢しい天敵が多い。彼らは人の近くには現れない。人が彼らの天敵なのである。
つまり、人が近くにいる中で彼らが雷鳥を襲うことは殆どないのだ。
雷鳥さんはいっそ心地よいほどの連続した音を聞きながら草木を啄む。
「雷鳥さん、美味しいわ」
「それは良かった。さぁ、もう少し食べたら帰ろう。ガスも晴れてきた」
「私はもう少し食べたいわ」
「じゃあもう少し食べたら帰ろう。僕らの子供が待っているから!」
「そうね! ここを少し食べたら行きましょう!」
二羽は草木をもう少し啄み、来た道をえっちらおっちら歩いて帰る。
帰った先に卵はなかった。
私のいつも見る雷鳥は立山連峰、北アルプスのニホンライチョウです。様々な種類がいますが、この話ではニホンライチョウです。
続くかも知れませんし、続かないかも知れません。
ニュースで雷鳥の卵を人工孵化させる映像があったので、捏造しました。