2.強盗もどき 2
「ふん、で、お前に何が出来る?」
強盗はにたりと笑う。黒い長い髪を腰まで伸ばした威丈夫で、鍛え上げられた日に焼けた手足がその強さを物語る。
「俺と勝負してよ。俺が勝ったらその金貨、半分残してほしいんだ」
「お前が負けたらどうするよ」
「おっさんの強盗の手伝いするよ」
男が吹き出す。都合のいい選択だ。
「な、おっさん、どっちにしろ悪くない条件だろ?」
「変なやつだな。いいだろう。けどな、お前が負けたときには、お前は死んでるわけだ。一体どうやって手伝うってんだ?」
「やってみなきゃ分からないよ」
肩の剣を抜いて構える。つかんでいた人質を突き飛ばし、男も構える。
遠巻きに二人を見ていた従者が慌てて若旦那を招きいれた。
じりと照りつける太陽に熱を帯びた剣。息を潜め動くもののない中、反射光だけがかすかに揺れた。
男の剣のほうがシンカのそれより少し短い。
軍人用の武器なのだろう、湾曲した刃の根元に返しがついている。
剣先を見てはいけない。眩しい光に視界が奪われる。
と、測ったように同時に二人の刃が硬い音を立ててぶつかる。
「ふん」
男はぐ、と間合いを詰めるが思った以上の手ごたえに一歩下がる。少年も少しはやれるのだと男は悟る。嬉しそうに唇を舐めた。
体格差も腕力の差も歴然としているが、シンカには恐れはない。
二人の間には二つの刃。かすかな火花を散らして切り結び、また間を保つ。
数度目の接近の早い段階で男は力の差を利用しようとした。
ぐ、と力任せにシンカを突き飛ばす。
シンカは後ろに転びかけ、男は剣を振り上げる。
かがんだシンカはその手首をつかんで、引き寄せつつ男の足を横から切りつけた。
寸前で転がってよける男。
立ち上がって低く構えるシンカ。
ぶる、と馬が鼻を鳴らしたタイミングで、「し、シンカ君がんばれ」と若旦那が声援を送る。じろりとシキに睨まれ、首をすくめて再び従者とともに馬の後ろに隠れた。
「若旦那、駄目ですよ、そんな」
従者がにらむ。
シンカの突きにぐんと身をかがめ、男は左拳をシンカの腹へ。
鋭いパンチの勢いを少しでも軽減しようと後ろに下がったシンカにさらに剣を振りかざす。
「う」
シンカの表情がちらりと変わる。足元の石ころ。
思わぬ伏兵にシンカはしりもちをついた。
横たわったまま、両手で剣を持ち、鋭い斬撃を受け止めるシンカ。
男がにやりとする。男の優勢は確固たるもの。
その瞬間、シンカはつばを男の目に吐きかけた。
「!」
下から男のわき腹にかかとで蹴りを見舞う。それを男が理解したときにはがらんと派手な音を立て男の剣がシンカの蹴りで叩き落された。シンカは男の首に剣を突きつけた。
「勝負、あったよね」
男は、悔しげにその場に座り込んだ。
「卑怯だぞお前。つば吐くなんてよ」
「教わったんだ」
荒い息を整えながらシンカが笑って、突きつけた剣を背中の鞘に収めた。
「約束だよ。金貨の半分は置いていってくれよ」
「捕まえないのか?」
座り込んで、強盗は両手を広げて見せた。
男の言葉に誘われたて従者が前に出ようとするのを、シンカが止めた。
「危ないよ。素手じゃ、かなわないよ」
少年は笑って男に向き直る。
「おっさん、約束だからな。捕まえないけど、もう襲ったりしないでほしいんだ」
「お前何者だ?」
従者が近寄ったらまた、人質にしてやろうと考えていた男は当てが外れた。
この子供、まだ十六、七歳か。腕は立つし、何より勘がいい。
「俺はシンカ。ただの子供だ。でもおっさん、ただの子供に負けたことを逆恨みしてみっともない悪さしたりしないよね。大人なんだからさ」
むすっとして言葉を失う男。
にっこり笑う子供の思う壺にはまっている。わかっているのだが、子供相手に卑怯な真似して、後味の悪いこともしたくない。ちょっと、資金を調達しようと思っただけだ。面倒臭くなった。
「金もいらん。もういい、行けよ」
金貨の袋を投げ捨てると、男は座ったまま背を向けた。
「じゃ、行きましょう。若旦那」
シンカはにっこり笑って、先頭の馬車の馬を歩かせる。脇を歩きながら、御者台の若旦那に話し掛けた。
「すみません。少し、危ない思いさせちゃって」
「いや、君のおかげで助かったよ」
汗をフキフキ、笑う若旦那。目の細い従者は忌々しそうに睨みつける。
「でも、よくあの男が君の言うことを聞いてくれると分かったね。」
「たまたまですよ、若旦那様。間違ったら若旦那の命が危なかったんだ、誉めすぎですよ」
従者がさらににらむ。
「軍隊崩れだと思うんです。でも、軍神の護符を首に下げているような人は、まだ軍人として、男としての誇りがあるんですよ。軍人は人を傷つけることにためらいはないけど、誇りを傷つけられることには耐えられないから」
子供の頃から城壁を守る軍人たちをからかって遊んだ。剣術も彼らに習った。気のいい、でもちょっと威張った人たちだった。
父親がいなかった分、年上の男にあこがれていた。
だから、そういう手合いには慣れていた。
感心する若旦那を横目にシンカは歩みを止め、ミンクの居る最後尾の馬車を待ち合流する。
「大丈夫か?」
「うん。何かあったの?」
ひざを抱えて座ったまま、シンカを見上げるミンクの赤い瞳。馬車が止まっている間に飲み物をもらったらしい、少し顔色が良くなっていた。
「別になんにも」
小さい頃ミンクは俺について歩いた。俺が警備兵と遊んでいると、いつも不機嫌になった。
ちょうど、今みたいに。
あの頃のデイラの生活はもう戻らない。残っているのは、この子と、思い出だけなんだな。
シンカはミンクの隣に座ると、小さくため息をついた。
「ねえ、シンカ。馬車の後ろ。あそこ。大きな男の人がついてくるみたい」
振り返ると砂埃の先に、徒歩でついてくるあの強盗の男。
ゆっくり進む商隊にあわせるようについてくる。
シンカはわざと首をかしげた。
「どこ?俺には見えないよ。そういえば、この辺さ、死んだ戦士の亡霊が出るんだ。眼が会うと追いかけてくるって!」
「えっ!うそ!!」
怯えるミンクに笑い出す。
守らなきゃな。この子を。
そして、あの男を絶対許さない。
レクト。母さんもミンクの両親も、みんなを殺したんだ。
作り話の報酬にミンクを抱きしめながら、シンカはそっと拳を握り締めた。
『シンカ、お前は連れて行く』レクトはそう言った。
なんでだろう。
答えのない疑問が、ちくりと刺さる。