2.強盗もどき
シンカが乗っていた馬車は、隣の町ラツールに向かう商人のものだった。漁師の手伝いで得た駄賃で宿の支払いを済ませるとシンカは自慢げにミンクに説明した。
小さな漁船で、大きな魚を釣り損ねたのだと。
それは幸運を呼ぶといわれる蒼い魚。それを惜しくも逃したけれど漁師はかかったことで大喜びしたという。
しかもその後には面白いように大物を釣り上げ、予想以上の駄賃をもらった。
すっかりシンカを気に入った漁師が商人を紹介してくれた。
魚の卸業者だった。これから獲れたての魚を、ラツールという街まで運ぶらしい。そ
の手伝いをする代わりに乗せて行ってもらうことになったのだ。
「ふ〜ん、シンカはたくましいね」
ミンクは馬車の中自分の膝をぎゅっと抱きしめて座る。時折、揺れで倒れそうになるのを支えたいと思うシンカと平気だよと口を尖らす少女。
どうにも、ちぐはぐだ。
「なに、淋しかった?」
「平気ってば、暑いからもう少し離れてて」
「ちぇー」
それでも、少しだけ顔色の良くなった少女にシンカはホッとしていた。
ミンクはその笑顔から視線をそらした。
キャストウェイからラツールまでの道のりは、荒地を横切る。
乾燥した空気と照りつける日差し。それは灰色の勝った岩の海を容赦なく焼く。まばらに細い影を従える木々は、そよとも吹かない風を待ちわびるようにひっそりと景色に溶け込み。それと気付くには数を数えようというシンカの子どもっぽい提案がなければ不可能だった。
それも数えられてしまうほど。
淋しい荒地には、強盗がよく出るといわれていた。
魚を運ぶ馬車は、全部で四台。
「まあ、魚は普通襲われないんだ」
魚屋の若旦那さんは穏やかに笑う。お人好しらしく優しい弧を描く眉が細い目に似合う。
日差しは昼に向かってさらに強く熱く照り付ける。
一番後ろの馬車に乗って魚と一緒に揺られながら、デイラではこんなに暑いことはなかったとシンカが笑う。
魚の匂いに少々ご機嫌斜めなミンクは取り合わない。
「なんだ、不機嫌だな。せっかく珍しい経験してるのに、楽しまなきゃ損だろ」
「……魚と一緒になって蒸されてるのって、楽しくないと思うよ」
「そうかな?ほら、この魚、焼くと美味いんだってさ。あ、そうだ、こいつそこの日向で焼いてみる?鉄のところならかなり熱いし」
「やだ」
つれないミンクにもシンカは笑っている。
ふいに馬車が止まった。
「なんだろ、なあ、何かあったの?休憩?」
シンカは荷物との間の布の仕切りをはらりと開いて、御者台の男に話し掛ける。
「さあ、休憩にはまだ早いだろう。前が止まったから止まったんだ」
ぼんやりした男が答える。
ミンクを振り返るシンカ。
「なあに?」
ミンクは本格的に機嫌が悪い。
「ちょっと、見て来るよ」
シンカはそっと馬車を降りる。
本当は少し前から、走ってでもいいから全部の馬車をのぞいてみたくなっていたシンカは、これ幸いと前に止まる馬車を見物しながら歩き出す。
見たこともない珍魚に出会ったら、ミンクにも見せてやろうと画策しながら。
「ここに置けよ」
黒髪の背の高い男が、にやりと笑って言った。
馬車の列の先頭だ。
男が握り締める剣は熱を帯び、若旦那の喉もとに押し当てられていた。額に伝う汗が目に入り、何度も瞬きすると若旦那はごくりと唾を飲み込んだ。
「そこの金貨の袋、全部だぜ」
男の指示で従者が金貨の袋を置こうとしていた。
「おっさん」
シンカはひらりと従者と男の間に立った。
「なんだお前。動くなよ。こいつがどうなるか」
男は黒い瞳を細めて、金髪の少年を見つめる。シンカの背には長剣がある。腕を組んでシンカは面白そうに笑った。
「おっさん、見たとこ軍隊とかにいたろ。すっげえ強そうだもんな」
緊張感はない。
「し、シンカ君!無茶なことしたら駄目だ!若旦那が」
従者が小声でたしなめる。
そんなこと関係ないといわんばかりに、組んでいた腕をそのまま頭の後ろに持っていくと、シンカは黒髪の強盗に言った。
「俺さ、その人に世話になったんだ。恩人が危険な目にあっているのに何にもしないって、男として良くないと思うんだ」