11.地球6
来たときとは違う、狭いエレベーターの中で、皇帝の脇に抱えられたまま、シンカはもがき疲れてぐったりしていた。
手に持っていたレーザー銃で、皇帝を撃っても、黒い衣装で跳ね返るだけだ。
背中の剣は、この体制では抜くことができない。銃身で殴っても、たたいても、びくともしない。
がっしり捕まれた腕と体がしびれるほど痛い。
「放せよ。あんた、人間じゃないだろ。」
「老いれば、体の自由が利かなくなるからな。多少の治療も必要になる。」
無機質な声で、皇帝は笑った。
眠らされてはどうにもならない、今はおとなしくついていくか。
シンカは考えた。機械の体は別としても、皇帝もやっぱり一人の人間なんだな。もっと、厳重な警備の奥にいて、指示するだけでふんぞり返っていると思った。
かなりの高さにまで登った。さっきのエレベーターがほぼ十五、六秒で十五階登ったことを考えれば、今はもう、百五十階くらいには着ているだろう。
首をひねると、窓からうっすら白んだ地平線が、逆さまに見えた。まだ、黒い街の影は、色とりどりの明かりで輝いている。
エレベーターを降りると、そこには側近らしき従者が控えていて、皇帝が抱えている荷物を見るなり言葉を詰まらせた。
「陛下・・」
「二十階にレクトと、ねずみが三匹いる。捕らえておくのだ。殺すでないぞ。レクトだけ、ここに連れてくるのだ。」
「はっ!」
皇帝の背後しか見えないシンカには、側近の姿は見えない。
広い部屋に入ったようだった。頭に血が上ったのか、重い。目がくらりとする。
また、皇帝が誰かに向かって、命じる。
まだ他にも従者がいるのか?相変わらず子供が抱えるぬいぐるみのように、黒い腕に縛られたまま、シンカはぼんやりしかけた耳を澄ます。
「ユウリを呼べ。」
ステーションの研究所にいた彼女だ。生きていたのか!
シンカからは、床しか見えない。
首を回しても研究所にあったようなコンピューターしか見えない。
程なくして、「陛下、ユウリです。入ります。」と声がして、ドアが開いた。
「お呼びです・・。シンカ!」
「眠らせて、我の研究室に運ぶのだ。」
皇帝の命令にユウリは少し躊躇したようだ。
「分かりました。」
横にユウリが立つのが分かる。薬を使う気だ!とっさに膝でユウリを蹴った。
「きゃあ!」
一瞬緩んだ機械の腕をすり抜けて強引に腕を抜く。シンカは頭から床に落ちながら、レーザー銃で皇帝の頭を撃った。
「ぐあっ!」
むなしくはじかれる。が、さすがにひるんで顔を覆う皇帝。
シンカは、その隙に皇帝の手から逃れると、部屋の扉を開けようと駆け寄る。
開かない。頭に血が上ったためか、視界がぐらつく。
「シンカ!」
背後に駆け寄るユウリを振り向きざまに捕らえて羽交い絞めにする。短剣を首に押し当てた。
「皇帝、ここを開けろ!」
くっく。
皇帝は小さく笑いながら、覆っていた手を離した。
!
フードが外れ、あらわになった皇帝の顔は、グロテスクな機械の顔だった。
黒い人工の瞳がぐりぐりと動き、シンカを睨む。頭には透明なカプセル状のものに入った脳。
青い液体に浸かっていて皇帝が一歩進むたびに小さな泡が立つ。
「止まれよ!」
ドアを背に、女を脅したまま、後ろに下がる。ドアに当たる。
「お前に、その女を殺せるのかな?」
シンカは、とっさにユウリのみぞおちを狙って、気絶させる。
皇帝の黒い手が伸びる。背中の剣を抜きながらかわし、皇帝の首を狙ってなぎ払った。
ガツ!
強い衝撃と同時に、機械の腕に振り払われる。
はじかれた長剣は、部屋の隅に転がった。
剣では、歯が立たない。
「化け物!」
振り下ろされる機械の手をよけながら、シンカは大きな革張りのソファーのほうへと逃れる。
広い部屋には、このソファーとテーブルのさらに離れた奥に別の部屋があるようだ。
大きなどっしりした執務用のデスクの横をすりぬけて、そのドアへと向かう。
「お前も、同じ化け物だと聞いたが。」
くっくと笑いながら、皇帝の左手がまっすぐ伸ばされ、人差し指がシンカを狙う。
「!」
黒い指先から、白いレーザーが放たれた。
左腿に激痛が走る。
転んだ勢いで、壁にぶつかる。
ドアのすぐ前だ。
「おや、平気ではなかったのか?」
痛がるシンカの表情を、ぐるぐる動く黒い眼球が嬉しそうに見つめる。
柔らかな毛皮の敷き詰められた床を、音もなく近づいてくる。
シンカは、出血する傷口を手で押さえ、痛みにゆがむ視界で、皇帝を睨みつけた。
ぎりぎりまで、回復を待つ。血は止まった。表面の傷はまだだが、骨は大丈夫。動かせるのか。
黒い影が近づいてくる。
「傷が治ると聞いた。その、蒼い瞳はどうなんだ?撃ち抜いても治るのかな?」
ぞわりと、背筋が凍る。
黒い手が、のばされる。シンカの顔に触れる寸前、手首を捉えてねじりながら引き倒す。
同時に足を払った。
さすがの皇帝も、少しぐらつく。重い体は、バランスを崩して、手を床についた。
その隙に、シンカは左手をのばし、ドアを開けた。
背後の扉がなくなり、転がるように入り込む。
暗い。
かすかな機械音。
皇帝の入ってくる気配を感じてシンカは部屋の奥に駆け込む。まだ心臓をつかまれ
るような痛みが残っている。
「面白いな、シンカ。」
皇帝の声は笑みを含んでいる。
扉が閉じられると同時に白いまぶしい明かりが点された。目を覆うシンカ。
「シンカ!」
シキの声。
脇にレクトもセイ・リンも、そしてジンロもいる。
皇帝が振り向き、いやそうに首を振った。
「役に立たんな。」
先ほどの側近への言葉だろう。
皇帝を囲むようにして構える四人。シンカは皇帝の背後を見つめながら、室内を観察する。
広い部屋は白い壁に囲まれ、宇宙ステーションで見た研究所の設備とほとんど同じだった。
ただし実験用の台は三つ。その分設備が充実している。先ほどユウリに指示した研究室とは、このことなのか。
「うへ、これが太陽帝国皇帝かよ。」
シキが皇帝の姿を見ていやな顔をした。
「シンカ大丈夫か?」
レクトがシンカの怪我を見て取って声をかける。
「シンカ!」
足を押さえ座り込んでいるシンカに、駆け寄ろうとシキが歩きかける。
皇帝がその頭を指差す。