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蒼い星  作者: らんらら
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1.隠された街デイラ 7

聖都シオンのあるラシア州、その玄関口港町キャストウェイは活気があった。

デイラと小さな港町しか知らなかったニ人が見たことのないような大きな蒸気船が並んで少しずつ違うタイミングで揺れる。

船員が何かの合図で振る白い旗が青空に眩しい。


汽笛が昼下がりの町に響き渡るたび、ミンクはびくりと震えた。そのたびにつないでいる手に力を込めてシンカは大丈夫だよ、と笑う。恥ずかしそうに口を尖らせるミンクの子どもっぽい仕草が好きで、からかってばかりいた小さい頃を思い起こす。


でも今は。俺が支えてあげなきゃいけないんだ。

「あれが、蒸気船なんだね、大きいんだね。私、初めてのことだらけでなんだか怖い」

シンカの服のすそを片時も離さずに、ミンクが愚痴をもらす。生まれて初めてデイラから出たのだ。無理もない。

 「大丈夫だよ。俺がいるし。俺も初めてのとこだけど、言葉が通じないわけじゃないだろ」

 シンカは新しい空気を吸い込もうとするかのように、腕を伸ばして大きくのびをする。

 背の低いミンクは、それをまぶしそうに見上げた。

 金色の少しくせのあるシンカの髪が、潮風にゆれる。

 背中の剣が、昼の陽光をちりりと弾く。


「ほら、大きな鳥だ。たくさんいるな。何ていうのかな。魚とってるぞ!すごいな」

元気付けようとするシンカの言葉も、今日は上手く行かないようだ。

「シンカはやっぱり特別ね。私たちと違う。シンカは強いよ」

「特別って?」

特別な男の子という意味なら大歓迎だけれど。

「だって、たくましいというか、平気というか。無邪気というか、能天気というか」

並べる言葉が増えるにつれ不機嫌さを増す少女にシンカは肩をすくめる。

「惚れ直した?」

ミンクは真剣ににらんだ。

「もうっ!そういうことじゃなくて!!」

「なんかお腹すいたな!!あっちのほう行ってみようぜ、焼肉の匂いがする!」

強引に手を引くシンカに、引きずられながら、ミンクは見慣れない町並みを見上げる。

三階もある共同住宅が並ぶ。波止場にはレンガ造りの倉庫。倉庫の裏通りはどうやらテントが並ぶ市場だ。そこからあぶった肉の匂いがしているのはシンカの言うとおりだった。


鳥の丸焼きが軒に吊られ、それをそぎとって香ばしいタレにつける。それをスライスしたパンにはさんだ食べ物を二人分買うと、食べながら歩いた。


「ミンク、宿についたら、ゆっくり休めよ。俺は漁師の手伝いして朝戻るよ。ごめんな、そばにいれらなくて」

「いいよ。私一人で出歩くなんてできないし」


少女が小さく肩の力を抜いたのに気付く。

慣れない旅は、両親をなくしたばかりのミンクには少し酷なのかもしれない。気が晴れるようにと思い悩んでも、今は仕方ないと考えた末の行動だった。ミンクは一人になりたいのかもしれない。

シンカは街を出て以来、泣いても笑ってもいないミンクの様子が気になっていた。


宿屋なら部屋にいれば怖いことはない。


宿にミンクをひとり残し、漁師たちが待つ港へと歩く。夜の街の様子はアストロードに似ている。酒場から喧嘩しながら飛び出す男たち。そろそろ漁の準備にと人の流れは船に向かう。

見送る家族がいて、漁師たちは夜の海に出る。

温かい陸からの風に背をあおられながらシンカはデイラが失ってしまったものを改めて思い知る。

求人の看板の前、集ってきた男たちに仕事を割り振っていた男がシンカを見つけるとすぐに目をそらす。

シンカの後ろに並ぶ男に声をかける。

「なんだよ、無視するなよ。俺も働きたいんだ」

「んあ?お前がか?おい、聞いたか?」

男は抜けた前歯でしーしーと息を漏らしながら笑った。

周囲の男たちも笑う。

「子ども扱いすんなよ」

「ああ〜じゃあ、お前はこれだ。一晩で3ヘル」

「は?」

「安いとか文句言うなよ?お前がなにができるってんだ?ここに来る奴らはな、みんな外洋を経験した立派な船乗りばかりなんだぜ。お前、まともに帆もはれないだろうが」

文句は言えなかった。男の差し出す紙切れに書かれた内容は、小さな漁船の手伝いだ。賃金が少なくても、釣った魚をもらったりはできるかもしれない。

ミンクの宿代で、ぎりぎりだろう。

デイラから持ってこれた金はわずか。あの時、レクトがくれた金貨の残りが救ってくれていた。気に入らないことに。




汽笛の音が不意に響いて、窓の木枠がミシと軋んだ。

「ん、まぶし……」

朝の日差しを直接肌に受けて、ミンクは目を覚ます。窓辺の鳩がばたばたと慌てて飛び立っていった。

「あ、そうか。港町の宿屋だった」

独り言と一緒に起き上がると簡単な木のベッドがきしむ。シンカはまだ戻っていないようだった。もともと。この部屋にはベッドは一つしかない。シンカは宿で休むつもりがないのだろう。

そういう優しさは少しばかり胸が痛むが、結局何も出来ないのだからとミンクはただ黙って言うとおりに従った。


ミンクは部屋の壁にかけられている鏡にむかう。そこに映るのは少し歪んだ青白い顔。 自慢の銀色の髪もくしゃくしゃだ。赤い瞳はまだ少し涙の後がある。


「まぶたがちょっとはれてる。やだな。かわいくない」


ミンクは髪を整え顔を洗う。港でシンカが買ってくれた香油を少し、首につけてみる。

白い花のいい香りがした。

 


ブルルッ。馬の声とともに馬車の止まる音。宿屋の前に止まったようだ。二階の部屋からミンクがのぞくと、金髪の少年が馬車から降りてくるところだ。

「ミンク!」

「はぁーい」

返事をしながらもう一度鏡を見て、にっと笑ってみる。

昨夜一人きりでたっぷり泣いた。だから、今日はもう泣かない。シンカのお荷物にはならないんだから、そう鏡の自分に言い聞かせる。


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