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蒼い星  作者: らんらら
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11.地球2

レクトはベッドに横たわっていた。

黒く鈍く光る壁に囲まれた、狭い部屋だ。

中央政府ビルの二十階ほどにある、拘留施設であることはすぐに分かった。帝国軍の大型艦船の中で、レクトは五日後に目を覚ました。

いくらかの火傷と、飛び散った栽培所のガラス片があちこちに刺さった状態だったらしい。

ガラスの裂傷は、まだ、完全には癒えないが、傷口の保護シートによって日常生活程度の行動はできる。

外傷を伴わない怪我については、よく分からなかった。なにしろ、医者は何の質問にも答えず、薬や点滴の説明も何もない。

地球に到着した七日目には、苛立ちで医者を殴りかけた。

翌日から、レーザー銃をあてがわれての治療となってしまった。

我ながら、情けない状態だな。

レクトは思う。

どうして、あの時、シンカの頼みを受けて危険を冒したのか。今考えても、分からなかった。

とっさに、そう、行動したくなったのだ。カッツェに言わせれば、大ばかやろうってところだな。

冷静に考えれば、あのミンクとやらが体調を崩したとしても、すぐに死んでしまうわけではない。

自分が、自分の組織すら危険にさらして行動するほどのことでもなかった。

どうも、シンカにかかわると俺らしくなくなってしまう。

あいつが、ロスタネスに、似ているからか・・・。


まあいい。

カッツェなら、俺が自力で脱出するのを待つか、政治的に手を回すだろう。さて、どうするか。

ついでだから、リトード五世に聞いてみるか。聞きたかったことがある。

それもいいだろう。どちらにしろ、時間はある。


レクトは、前髪を振り払う。少し伸びただけでうるさく感じる。グレスデーンで雇っている美容師は、三日に一度は、手を入れてくれていた。

それが、もう十日以上ものび放題だ。後三日もそのままでは、シンカと同じくらいの長さになってしまう。気に入らない。

「煙草が吸いたいなあ。」

ポツリと声を出す。一人でいる時間が長いと、独り言が増えると言う。こんな感じのことか。

薄い灰色の天井は、中心に換気口がある。

天井全体に点在する小さな照明は、適度な暗さで、今が夜だと言うことを表している。

昼間は少し光度が上がる。窓一つない、小さな四角い部屋。レクトが歩いても五歩行けば突き当たる。

軍隊生活が長かったせいか、空も太陽も宇宙も見えない環境や狭い部屋などは気にならない。ただ、煙草は吸いたかった。

気になっていた、いくつかの仕事を思い出しながら、ベッド以外何もない部屋を歩いてみる。継ぎ目一つない壁、騒がれてもいいように防音が施されている。

この二十階の拘留施設は、政治犯や帝国が表立って逮捕できない人間を拘留するためのものだ。レクトも何人か、ここにぶち込んだ記憶がある。

限られた者しか、この存在を知らない。皇帝と、側近、情報部の将校以上の者、帝国政府では大臣クラス。だから、この部屋には監視カメラはない。

カメラがあれば、その回線を探ることで存在を知られてしまうからだ。

その分、気楽でいいが。

通常、この部屋にはベッドだけだ。だが、今は、レクトのために栄養剤の点滴の機材がある。体温を測る機械、体調が悪い場合の呼び出しボタン。

くっく。笑った。


ずいぶんいい待遇だ。

再びベッドに横たわる。点滴の針でも、とっておくか?医者は気付くだろうか?

いくつか、脱出のシュミレーションを頭に描き、一人にやにやしている。

ふと、誰かが入ってくる気配がする。いつもとは時間が違う。

体を起したのと、扉が開いたのと同時だった。黒い、すその長い衣装を身につけた、長身の男が入ってくる。頭には黒いフードを深くかぶり、顔は見えない。

「またか。何の用だ。皇帝陛下は暇を持て余しているのか。」

レクトは、あからさまに眉をひそめて、再びベッドに横たわる。

「相変わらずだな。」


低いガラガラした声でリトード五世は笑った。

「・・・。」

「今だ、母親のことが忘れられぬか。」

皇帝が、黒いフードの下で笑う。

レクトは、栗色の前髪が視界を妨げていることも無視し、険しい視線を天井に向けている。


母親。それが今の自分にとって、大して意味のないものとは思っている。

彼女の記憶は少ししかない。


自分の生い立ちに疑問を持ったことなどなかった。ただの、孤児。

里親はいたが、大して裕福な家庭でもなく、ごく普通に育った。


大学在学中に情報部に所属し、その時に、里親とは縁を切った。

彼らは、俺を死んだと思っているだろう。

髪の色を変え、名を変えて。

得るものに対して、失うものも当然ある。

そうして生きてきた。

何も失うことなく、全てを得ることなど、不可能。

そうして、手に入れた地位を、捨てる気になったのは、自らの出生と、母親が皇帝に殺されたことを、知ったからだった。


母親の死の理由を知ったからといって、別に何ということはないはずだった。

しかし、母を死に追いやった人物を目の前にして、冷静でいられないのは、不思議な感覚だった。

自分自身、理由が分からない。

ただ、この男を目の前にすると、苛立つ。

だから、帝国軍を辞めた。

それだけのことなのだ。


一つ小さく息をついて、話し出した。

「何のために、俺だけ残した。」

「残した、とは?」

皇帝が逆に尋ねる。


「俺と同じように、あんたの血を持った奴らが、五人はいたはずだ。研究資料にあった。皆、行方が分からない。どこにいるんだ?」

「知らぬな。」

「何を企んで、俺たちを産ませた?後継者にするつもりではなかったのか?」


高齢のリトード五世は、約四十年前くらいから盛んに後継者を望んだ。自らが六十歳を過ぎていたため、人工授精を多用した。

生まれた子供は五人。

それぞれ母親が違っていた。

その異母兄弟の存在を知ったのは、帝国軍を辞してからのことだった。


「どれも失敗だった。レクト、お前すら、我が望みにはかなわなかった。」

ふん、と、レクトは笑った。

「それはラッキーだった。」

嬉しげに笑う男を、太陽帝国皇帝は黙ってみている。フードの下の口元が、笑ったようだ。

「だがな。」


「シンカはやらん。」

言いかけた皇帝に噛み付くように、レクトが言った。


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