11.地球
シャトルから青く見えた地球は、近づくにつれ、そこに含むさまざまなものを見せつける。
ちょうど、ブールプールは夜だった。都市の夜景がもう一つの宇宙のように煌いている。まるで、大きな星雲のようだ。
大気がにごっているのか、薄桃色のもやがかかり、それを透かして街灯りがちらちら輝いている。それは、ぐんぐん近づいて、高く伸びた高層ビルが、幾重にも重なる黒い影が見える。
たくさんの空を飛ぶ乗り物が、群れになって飛んでいるかのように、建物の間を縫っている。
無機質な大都市は、騒音とぎらぎらしたネオンであふれていた。
シンカは圧倒された。
「すげえな。」
シキが何気にセイ・リンの肩に腕を回しながら、つぶやく。
「私もいくつが惑星を回ったけれど、こんな大規模な都市は初めてだわ。」
「ジンロは?」
シンカが、腕を組んでじっと景色を眺める男に声をかける。
「・・俺は、ここのリドラコロニーで育ってるからな。見飽きるくらいだ。」
故郷に戻ってきたにしては、あまり嬉しそうではない。
「さて、到着だ。行くぞ。税関は通れない。まず、地下に行くか。」
「地下?」
歩き出すジンロを目印に、人ごみに踏み込む。シキたちも後に続く。
ここ、地球は、地上と地下、二つの都市があるとジンロが言った。地下には、普通の人々が暮らしている。地上は、特権階級だけだ。
彼らにしてみれば自分たちが普通で、地下にいるのは野蛮な下層民だと呼んでいるらしいが。
「俺はもともと、地下にいたんで。」
ジンロが言う。
「特権階級のやつらと、俺たちは、人生が違うっス。けど、あきらめきれない連中もいるっス。地下には、そういうレジスタンスが縄張りを持っていて、こぜりあいしたり、帝国軍とやりあったりしてるっス。
俺みたいに、自由に生きたい人間には、住み心地が悪い。俺は、特権階級のレクトさんや、カッツェさんを尊敬しているっすよ。
到底、かなわないと思うっス。けど、それはそれ、俺は俺にしかできないことがあって、そこをレクトさんに買ってもらっているっス。」
シンカは、背の高いがっしりした男を見つめる。いろんな、経験をすべて飲み込んで、本当は仕事のためならどんなこともできるのに、それを匂わせない。
相手に、緊張感を持たせないのんびりした雰囲気。でも、同じ顔で、誰かを殺すことなんてぜんぜん平気。
怖い男なんだ。
初めて、出合ったときには、剣を交えても、その怖さを感じ取れなかった。
我ながら、子供だったと思う。
エレベーターを出ると、そこは確かに地上とは違っていた。
古い建物、不潔な路上に、横たわる人や座り込む若者。飛んでいる乗り物も、地上で
見たほどは多くない。薄暗く、じめじめしている。
「皇帝の中央政府ビルの地下に、廃棄物処理場があるんスよ。そこから、入るのが一番だと思うんで。」
「ジンロは入ったことあるのか?」
シキが問う。
「ああ。俺たちは何かと、忙しいんでね。」
三人は、ただジンロについて進むしかない。
途中のバーで、ジンロが休憩を取る。
薄暗いバーで、シンカの金髪と、セイ・リンの赤毛は目立った。人々の視線を感じながら、あまりおいしくないスープを飲む。
カウンター越しに、太った女性がシンカを覗き込む。
「あんた、家出かなんかかい?ジンロにだまされてんじゃないの?売られちゃうよ。」
小声で、ささやく。
「え、大丈夫だよ。」
にっこり笑うシンカ。薄暗い照明にも、蒼い瞳が輝く。
「いや、もったいないねえ、うちで引き取ろうか?」
「おいおい、やめてくれっす。ドンナ。地下を見てみたいって言うから案内してるだけっすよ俺は。お連れさんが怖いんだ、下手なこと言わないでくれっす。」
シキを指差す。シキは、睨みながらも、すでに二杯目を飲んでいる。横のセイ・リンも、グラスを傾ける姿がさまになっている。
なんだよ、俺だけいつも子ども扱いかよ。
シンカは、お酒の入ったグラスを恨めしそうに睨む。
睨んだだけで、口に入れるのは冷めたスープなのだが。
地下の町は、シンカの知っているアストロードとはまた違った。けだるい空気が漂う。
その中を二時間ほど歩き、四人は大きな建物の前についた。そのまま地上まで続いているらしいその建物は、一番上まで見ることができない。
頑丈な扉がついていて、そこには近づくなと言う意味の文字が刻まれている。どこをどうやったのか、ジンロは器用に扉の横の機械を操作する。
音もなく、ゆっくりと扉が開く。
中は闇だ。ジンロに背中を押されて、三人は入っていく。
背後で扉が閉まった。
同時に、足元にだけ、小さな灯りがぼんやり点った。
「これが、センサーっす。このブーツを履いている限り、こいつに引っかかることはないっす
よ。」
四人は、たくさんの水の入った池のような設備や、背の高い透明なタンクに、泡を立てる液体が流れ込む施設の、多分、点検用通路と思われるところを進んでいく。
所々、いやな匂いがしたり、蒸気が充満していたり、快適ではない。
通路の終わりに、小さなエレベーターがある。
ジンロは、持っていた荷物から、小さい機械を取り出し、エレベーターの横の壁にある配電盤を開けた。そこに、機械をつなぐ。
機械は端末のようなもので、そこに何か打ち込んでいる。
「これで、いい。この先は、全部モニターで監視されているっす。だから、こうして、監視カメラのデータを凍結して、俺たちが映らないようにするっす。
エレベーターが動いているって情報も消えるっす。」
「すごいな。」
シンカが感心する。
「この辺は、レクトさんに教わったっすよ。あの人は、こういうことに関してはすごいから。」
「そうね。」
くすりと、セイ・リンが微笑む。レクトは大佐になる前には帝国軍情報部の将校だった。
朝飯前だろう。帝国も厄介な相手を敵に回したものだ。