10.カッツェ2
「いい加減に、説明してもらえますか?」
さすがに、シンカもいやになってくる。完璧な笑顔を崩さず、一人で感心している。
「ああ。私は、このミストレイア・コーポレーションの経営管理をしている。カッツェ・ダ・シアス。
よろしくね。レクトとは、太陽帝国の大学で一緒でね。まるっきり正反対なんだが、妙に気が合うんだ。
この会社も、奴と共同で経営している。奴が軍隊を辞めたって言うんでね、常々才能を惜しんでいた私が、誘ったわけだ。
君のことは奴から聞いているんだ。もちろん、かのロスタネスのこともね。」
そこで、カッツェは一瞬、遠い目をした。
「あの。」
「いや、本当に、奴が落とせない女性がいるとは思わなかった。私もね何度も忠告したんだ、やめとけってね。けど、奴はほれ込んでてさ。
まあ、君を見るとよくわかる。美しい女性だったんだな。」
ものすごいおしゃべりだ。
シンカも、シキも、口を出す余裕がない。
カッツェは話し続けた。レクトがこのミストレイアでどういう地位にあるか、どれだけ有能であるか。部下に慕われているか。などなど。
「俺、お腹すいたんだ。」
強引にシンカがうったえてみた。
「!そうか!良かった!レクトのことで落ち込んでるって聞いてたからな、心配したんだ。今日、到着したばかりなんだが、私が今、この艦の臨時の艦長をしているんだ。
なんでも私に言ってくれたまえ。ああ、食事だったね。すぐ用意させるよ。何か食べたいものはあるのかい?」
相変わらずニコニコして、話し続けている。
(もしかして、この人は俺のこと慰めようとしているのかな?)
ふと、シンカは思った。
「レンエの実が食べたい。」
カッツェのしゃべりがとまった。
「あの、だめですか?」
ぶはっと吹き出して、お腹を押さえる。苦しそうに笑っている。
シンカはシキと目を合わせる。どうすりゃいいんだ、この人。
「ハッハッ・・ごめん、いや、レクトと同じだったから。つい。」
レクトと同じ。レクトの子供。
「カッツェさん。落ち込んでるんじゃないですか?」
シンカの言葉に、男は黙った。
「・・・利口だね。本当に、レクトが気に入るのも良くわかる。」
先ほどまでの、派手な笑顔が消えて、哀しげな、物静かな表情になった。
自分をまっすぐ見上げる少年を、改めて見つめる。蒼い大きな瞳、金色の髪。白い肌。
レクトとは違う。けれど、どこか似ているのだ。あの、お人よしの大ばかやろうに。
「シンカ、ミンクに顔みせてやれよ。心配してたぞ。」
「ああ。シキも、ごめん。心配かけて。」
「俺はいいさ。お前の気が済めばそれでさ。」
拳をつきあわせて、こつんとやる。いつのまにか、それが挨拶になっていた。
そんな姿を、カッツェは穏かに見つめている。
食事を待つ間、シンカはミンクの部屋に行ってみた。
が、外出中らしく、鍵がかかっている。通りかかったセイ・リンに聞くと、資料室で宇宙史の勉強中だという。
宇宙史?
「もっと、いろいろ知りたいんだって言ってたわよ。シンカも女の子追っかけてばかりいないで、少しは体鍛えたら?前より痩せたわよ。」
むっ。
「シキといっしょにするなよな!」
なんだか、自分がしばらく一人の世界に浸っていたせいで、みんなが変わってしまった感じだ。
ミンクが、歴史の勉強?
別にサ、心配されるのを期待したわけじゃないけど、・・。
俺、甘えてたんだな。
この、なんとなく感じる違和感も、久しぶりに出てきて歓迎されてない気がするからた。心配して欲しい、って、心のどこかで思っていたのかも。
やだな、俺。
シンカは、無機質な通路をとぼとぼと歩いた。静かで、自分の足音ばかりが響く。
シンカは首をふって、食堂に行くことにした。食事ができているかもしれない。部屋に運ぶって言われたけど、そんなことしてもらわなくてもいいもんな。
ミンクにだって、すぐに会えるし。会ったら、ごめんって言わなきゃな。
食事を済ますと、シンカは、ミンクを探しつつ、艦内を探検することにした。本能のようなものだろうか、今、自分がどんなところにいるのか、確認しないと気がすまないのだ。
何もかも、珍しい。前回、デイラから助けられたときは、寝込んでいたので記憶になかった。
手をかざすと自然に開く扉とか、人が通ると灯りが点く仕組みとか。
最も気に入ったのが、重力のない区域だ。
艦の動力部で、大きな機械が動いている。動力部には重力がないほうが効率的だそうだ。
「ボウズ!あんまり邪魔すんなよ。」
レクトの右腕か、左腕あたりのおっさんが、声をかける。
シンカは遊泳を楽しみながら、手を振った。動力部の周囲から、艦の両側にある艦砲に続く空間がある。その座席にこっそり座り込むと、外が見える。
スクリーンは、動いていないのでただ、目の前の宇宙空間を映しているだけだ。それでも、シンカには十分面白かった。
セダ星らしき、赤い惑星の表面が見える。
どんよりした赤い大地に、灰色の雲のようなものが放射状に広がっている。大きい雲から小さいものまで。ぜんぜん違うんだ。リュードとは。
その時、スクリーンの端に、何かが横切った。
「?」
不意に、響き渡る警報。
艦内に機械的な声が響いた。
「太陽帝国軍艦隊接近中。乗員は配置に戻れ。臨戦体制をとる。」
なんだろ!
シンカは慌てて、そこを飛び出すと、その勢いのまま空間を泳いで、動力部を突っ切る。
中央通路に戻って、重力を重く感じながら、艦橋に向かった。