9.再会6
ジンロはシンカを強引に担ぎ上げると走り出す。
裏庭の奥に止めてあった、後ろが荷台になっている大きい車に、乗り込む。
「レクトを置いていくのかよ!だめだよ!」
ジンロの皮手袋をした手のひらが押さえるので、声になっていない。
強引に車が走り出す。
まだ暴れるシンカを、がつっとジンロが殴る。
「ボウズ!行っても足手まといだ。レクトさんは、口下手で無愛想で乱暴だけど、あんたのことを思ってしているんすよ。言うことを聞けって言われたじゃねえっすか?」
(俺に逆らうな)
そう言ったレクトを思い出す。
シンカは、ジンロを睨みながら、シートに座りなおした。
シンカの左右と正面に二人レクトの部下が座り、後ろの座席にシキとミンク、そしてセイ・リンがいる。
ひどくゆれる。
「レクトさんは、非情な振りしてるけど、結局俺たち部下にも、あんたたちにもできるだけのことしてくれてるんすよ。リュードでだって、ボウズをアストロードまで、探しに行ったんだ。デイラで、ロスタネスさんをあきらめなきゃならなかった。だから、危険を冒してあんたを迎えに行った。俺とやりあったときに、荷物に発信機をつけておいたんすよ。危険から遠ざけるために、首飾りを買いに行かせて、その間に仕事を済ますつもりだった」
「!」
ミンクが首飾りに手をやる。
「あんたが、何も知らずに抵抗して、レクトさんを危険な目にあわせそうだったから、俺はあんたを撃った。レクトさんも、これ以上チームに無理させられねえってわかってたから、何にも言わなかったっす。あの日、任務の後ふさぎこんでて、正直つらかったすよ」
シンカは黙って足元を見つめていた。
「……母さんは、なんでレクトと逃げなかったの?」
ジンロの灰色の小さい目が少年を見つめる。穏かに答えた。
「俺たちが行ったときロスタネスさんは、ダンと喧嘩していたっすよ」
「ダンと?」
「ダンが、あんたを帝国の本星に連れて行こうとしていたから。ロスタネスさんは、そこではじめて、帝国があんたをどうするつもりなのか知った。泣いていたっす」
「ダンが去った後レクトさんが話にいった。ロスタネスさんはあの町を離れることができなかった。あの町のためにすべてをささげて研究してきたっす。彼女は三十七歳。ユンイラの中毒で余命も少なかった。それに、これまでずっとレクトさんを拒否してきたんだ。今さら、助けてくれとも言えないっす。レクトさんの仕事を止めることはできない、それもよく分かっていたんすよ」
「それで、シンカだけでもって?」
セイの言葉に、ジンロがうなずいた。
「レクトさんは、いつものあの人らしくなかった。いつもなら強引にでも連れて行くっすよ。あんたたちにしたみたいに。だけど、ロスタネスさんにはできなかった」
ミンクが静に涙をふいた。隣にいたセイが、そっと肩に手を置く。
ロスタネスを一途でいい女だと、そういったレクト。想いを遂げることも出来ず、失うしかなかった。
一途だったのはレクトの方ではないか。
その時だった。研究所の方角から、大きな爆発音がした。爆風がここからも感じられる。
振動に震えた車内で全員がびくりと身体を強張らせた。
ジンロも、哀しそうに目を伏せた。
「今の、レクトは?」
ジンロは首を横に振る。
「わからないっす。けど俺たちはレクトさんの命令どおり動くだけっす」
「俺、いやだ!助けに行かなきゃ……」
言葉が終わらないうちに、シンカの力が抜け隣にいたジンロに倒れかかる。
ジンロは反射的にシンカを支えながら、背後のセイ・リンを見つめる。
「だめよ。今、シンカを暴走させるわけにないかないわ」
セイ・リンの厳しい表情に車内の誰も口を開かなかった。
火災を止めるためのものか緊急車両が何台も、赤いランプを点滅させながらすれ違う。
赤い光が、シンカの頬を光らせていた。
宇宙船グレスデーンは、二日前からステーションを飛び立っていた。後に疑われないためだ。
研究所で爆発事故のあった直後、ステーションの裏側にある警備用小型ドックから、三艇の小型艇がそっと飛び出してきた。
グレスデーンは三艇とも回収する。
シンカはセイ・リンの主張で、眠らされたままグレスデーンに運ばれた。
不満はあるがシキもミンクも、ついていくしかない。
翌日、シンカは目を覚ました。
広い部屋だった。シンカ以外だれもいない。レクトが使っていた部屋だった。男の着ていた服がクローゼットにあることで気付いた。
ほんのり煙草の匂いがする。
寝室と書斎、そしてリビング。黒い家具と、シルバーフォックスの毛皮で覆われた床がしっとりと馴染み、落ち着きのある空間になっている。
書斎もきちんと整頓され、分厚い本が並んでいる。この時代に紙でできた本が残っているのは珍しいことだった。
もちろん、シンカにはそんなことはわからない。いくつか、本をめくって見るが、難しい言葉が多くてさすがに読めない。
母さんの部屋にもこんな感じのがあったな。
ぼんやりと考える。レクトは戻らない。
また、風景がにじむ。
まだ、誰にも会いたくなかった。だから、一人でソファーに沈み込んでいる。
母さんが亡くなった後、レクトもこうして、ぼんやりしたのだろうか。