9.再会5
その夜、部屋に子犬を入れてもらえないとかで、ミンクがすねて大変だった。自分も外で寝るなどと言い出す。
「ミンク、研究所の環境はきちんと管理されているんだ。動物は入れないんだよ。」
シンカがやさしくなだめても、かわいそうの一点張りだ。
仕方なく、庭でクンクン鳴く子犬のために、三人は警備兵を説得して、外に出た。
警備兵が背後から見張っているのが感じられる。
「お前、女に甘いのもいいかげんにしろよ。」
シキが酒ビン片手に、不機嫌だ。
「まあまあ、リュードを眺めながら飲むのも、おつだと思うよ。」
人工の空は、光源がなければ宇宙が見える。すぐ近くに、青い美しい惑星が見える。大陸の形が見えるくらい鮮明だ。
リュードの大気も、今日は澄んでいるんだな。シンカはしばし、思い出に浸る。
傍らに立つシキも、濃い蒸留酒を口元に運びながら、遠い目をしていた。
「俺はさ、一生、あの星で、国とユンイラを恨みながら、ろくでもない生き方して、後、十年くらいで死ぬつもりだった。」
ぽつりと、シキがつぶやいた。
「嘘みてえだな。俺は、すっかり体調がよくなってよ、医者があと三十年は普通に生きられるって言うんだぜ。」
「・・・いつか、みんなそうなるといいのにな。」
シンカが相槌を打つ。
ミンクは、医者に、ユンイラを少しずつ減らせば、もう少し長生きできるようになると言われたという。それほど、大気の違いは大きいのか。
この、人工の空気が、惑星リュードでも作れたらいいのに。
「お前さ、今後レクトと行くだろ?その後どうするんだ?」
「俺、ミンクの体を治してあげたいんだ。長生きは無理かもしれないけど、せめて、ユンイラがなくても、ちゃんと普通にしていられるように。
できれば、医者になりたいな。」
「何だよ。ロスタネスと一緒じゃねーか。」
「そうだね。シキは?」
「俺はさ、せっかく人生が長くなったんだ。もっと、腕を磨いて、あちこち行って。面白いもんみてみようかな。」
「酒と女?」
「それはお前、男の人生になくてはならないものだぞ。」
「一人の子を守るのもいいと思うけどな。」
「そういうのに、出会えたらな。」
黒髪の精悍な男は、にやりと笑う。
ワンワン!
子犬が吼えて、駆け出した。
「あ、待って!」
ミンクが追う。
「おい、ミンク。離れるなよ。」
二人も仕方なく、歩いていく。
庭には、人工の芝生が敷かれ、しっとりとした感触が足に心地いい。
建物の角を曲がり、裏庭に続く小道に出たときだった。
「シンカ。」
「!」
セイ・リンとミンクが立っている。よくみると、背後に黒づくめの男が数人。
レクトたちだった。
「あれ?明日じゃなかった?」
「皇帝が明日の昼に到着することが分かって早まったの。連絡しようとしたら部屋にいないんだもの。」
「ごめんなさい。」
そこはミンクが謝った。
「あんたが、レクトか。」
黒い男たちの中で一番背が高く体格のいい、栗色の髪の男にシキが声をかけた。
「君が、シキか。」
軽くにらみ合って、しばし、沈黙。
「ふん。スカウトしたくなるな。腕も立つんだろう?」
レクトがにやりと笑う。シキもふんと笑っていつのまにか構えていた手を戻す。
「レクト、頼みがあるんだ。」
シンカは、ミンクの肩に手を置いて、男を見上げた。
「お前たちの荷物なら、持ってきたぞ。」
ジンロが後ろから取り上げられていた荷物を渡してくれる。
シキはうれしそうに腰に剣を戻している。
シンカは、長剣を背に負いながら、言った。
「ユンイラの畑にある、ユンイラの成分を取ってきたいんだ。栽培所の横の部屋にあるんだ。
少し待っていてくれないかな。」
「必要なのか?」
レクトの眉がピクリとする。後ろの部下たちも顔を見合わせる。
「ああ、ミンク、この子なんだけど、今のところ、それがないと生きていけないんだ。」
シンカが、肩の剣を整えながら言った。
「場所は分かっているから、行ってくるよ。」
「俺も行くぜ。」
シキがついていこうとする。
レクトが、シンカの肩を押さえ止めた。
「何?」
「俺が行ってくる。」
そう言って、少年の肩をたたく。
「レクトさん!時間がないっすよ!危険です!」
ジンロが止めようとする。
「危険?」
「俺たちは畑を焼くために来たんだ。もう、時限装置が動き出している。」
ひょろりとした部下が、言った。
「レクトさん!」
「ジンロ、頼んだぞ。」
片手を挙げて、にっこり笑いながら、レクトは駆けて行ってしまった。シンカも、後を追おうと飛び出しかける。
その腕を、ジンロがつかんだ。
「俺も行くよ!」
危険なんだろ?
「だめっすよ。あれは命令なんす。俺たちは、レクトさんの命令には絶対服従で。」
シキも、残りの部下に押さえつけられてもがいている。ミンクは半分泣きながら、セイ・リンにしがみついていた。
「だけど!死んじゃったらどうするんだよ。」
「ばかっ!声がでかいぞ!」
警備兵が走ってくる音がする。ちょうど、建物の反対側で、脱出の陽動作戦用に仕掛けた小さな爆発が起こる。
警備兵は方向を変え、爆発のあったほうへと走り去った。
「チッ!行くぞ。話は後だ。」