8.レクト7
再び、もとの部屋に戻される二人。それでも縛ったりしないのがレクトの方針なのだろう。
だが再びベッドで寝る羽目になったシンカはぼんやりしていた。
怪我ではない。怪我はここに到着するまでに治っていた。
瞳の色が地球基準の大気で変色し元に戻らない。本人はそれでも平気そうなのだが、レクトは医者を呼んだ。高齢の医者はトレンと名乗り、シンカの熱を測ったり心音を聞いたりしている。
「強いな、レクト」
トレンを無視して天井を眺めたまま少年がいった。表情はない。
「感心してる場合じゃないわ」
ため息をつくセイ・リン。
「すまないが、少し血をもらうよ」
デイラでは見られないくらい老齢の医者は注射器を取り出す。
「……」
シンカは動かない。トレンがお構いなしで数本採血する。
「多いんじゃない?」
セイ・リンがとがめる。
医者の傍らに立って警戒していた。この男はシンカの傷が治ったと聞いて、見られなかったことを残念がっていた。
セイ・リンの目からするとこの医者にシンカの事が分かるとは思えなかった。
レクトから聞いているはずなのに、この状況で採血してどうなるというのか。しかるべき装置のある施設でなくては意味がない。
同盟のレベルが知れる。
「うるさい。だまっておれ」
老人は白いひげをさすり、しげしげと採血管を揺らしながら眺める。血液は不意に薄い緑色に変色して凝固した。
「なんじゃ!」
驚いた様子の老人。管に入っていた血液を凝固させないための薬剤ヘパリンと反応したのだろう。
シンカは老人の声にちらりと視線を向けて、またすぐに天井を見る。
シンカが誰かを怖いと思ったことは初めてだった。
小さい頃から特別扱いされていたからか怒鳴る近所の酒屋のおじさんも、酔っ払った警備兵もちっとも怖くなんかなかった。
胸の奥でまだ、少し痛みが残っている。
たぶん、アバラがどうかしたのだろう。思いっきり踏みつけられたもんな。
「ううむ」
老人が、道具の入ったバッグから銀色のケースを取り出した。
ふたをスライドさせると、中に入っていたメスを取り出す。
「何するの!」
「痛い!」
セイ・リンが老人の襟をつかむのと、シンカが叫ぶのと同時だった。
二の腕をざくりと切られている!
「はなさんか!小娘!」
老人がもがこうが、叫ぼうが、セイ・リンには我慢できなかった。
手刀でメスを叩き落すとそのまま右腕を取って、老人の腕を後ろ手に締め上げる。
「シンカに何するの!」
騒ぎに気付いたのかジンロが入ってきた。
「おい、何してんだ」
セイ・リンがきっと美しい顔で睨む。
「この医者、シンカをメスで切り刻もうとしたのよ!」
「なんすか、そりゃ」
慌てて判断がつかないのか、廊下にもどってレクトを呼んでいる。
「何を騒いでいるんだ!」
「レクト、この女を何とかしろ!」
老人がうなった。床に座り込む老人の腕をねじ上げ、セイ・リンはレクトを見上げる。
「大佐!」
レクトはゆっくりセイ・リンに近づくと、腕をぐいとつかんだ。
セイ・リンはあきらめたように手を離した。
怒りで唇をかみ締めている。
「まったく、小娘が!」
老人が腕をさすりながらメスを拾い上げてシンカを見る。
シンカは腕を押さえて睨んでいる。腕から流れた血の跡が生々しい。シーツにも血が
滴っている。
「悪いが、もう一度」
シンカの蹴りが老人のあごを捉えた。
「ふざけるな!」
シンカは怒りに震えている。
「俺を何だと思っているんだ!人形じゃないんだぞ!」
「れ、レクト、こいつを押さえろ!」
顔を赤くしてあごを押さえ、トレンが怒鳴る。
「トレンさん。貴重な存在なんですよ。無茶しないでください」
レクトが気持ち悪いくらい丁寧に言った。
「いいから、押さえろ!お前、わしに逆らうつもりか!」
お前呼ばわりされ、ちらりと老人をにらむと、ベッドの一番奥で、壁を脊にしている金髪の少年を見る。
シンカの顔が青ざめる。レクトがその気になったら、かなわない。
先ほど思い知ったばかりだ。
「大佐!やめてください!」
ジンロに押さえられているセイ・リンが叫ぶ。
「だまれ!小娘!」
老人はヒステリックに叫んだ。
レクトが、ベッドに片ひざをついて、手を伸ばす。
シンカが後ろによけようとする。
背が壁にあたる。
「逆らうなっていったよな」






