8.レクト6
「はあ。これでひとまず安心ね。後は、このトラムが自動的に銀河帝国制御区域に連れて行ってくれるわ」
「せいぎょくいき?」
「このステーションはね、宇宙船が発着するドック区域と私たちの今いる居住区域、そしてステーションそのものを制御、つまり管理している区域があるの。
その中に、銀河帝国の研究所があるのよ。ほら、ユンイラの畑があるってダンに聞かなかった?」
「そうか。」
いまや、宇宙で唯一のユンイラの畑。惑星リュードで、ファシオン帝国のキナリスは、新しい畑を作れただろうか?
ふと考えた。
いやな奴だったけれど、リュードの人々を思ってしているんだもんな。
俺は、仲間のために、何ができるだろう。まずは、シキたちにあって、三人で帰るんだ。
心配しているだろうな。ミンクはきっと泣いてる。
「どれくらい時間かかるの?」
「そうね、居住区を出て、制御区域の真中あたりだから、三十分くらいかな。」
「ふうん。」
シンカは、一番前の椅子に腰掛け、改めて、車内を見回す。人が立って乗ってもいいように、椅子の列には銀色のポールが立っている。
床はふかふかして寝転んでも気持ちよさそうだ。
「なんだか、すごいな。これ、磁力を使っているんだろ?初めてだ。」
嬉しそうに尋ねるシンカに、セイ・リンが首をかしげる。
「ずいぶん、いろいろ知ってるのね。」
「ああ、母さんが後継者にするように勉強教えたんだって、ダンが言ってたよ。共通語も話せるんだ。」
「そう、すごいわね。」
セイ・リンはグリーンの瞳を細める。
どういう方向で育てたのだろう。単なる検体にそんな教育を施して何になるのだろう。
研究者は、彼を可愛がっていたから、だからロスタネスの好きにさせたのかしら。
そこで、セイ・リンは気付いた。平走している黒い乗り物がある!中から、何か青い火花が散った。
唐突に、トラムが止まった。
「しまった。」
セイ・リンが、かちかちとあちこちを押しているが、反応はない。
「磁気レーザーで壊させてもらった。」
聞き覚えのある声。
レクトが、乗り込んでくる。背後からあの部下たち。
銃を構えるセイ・リン。
「セイ。うしろ!」
「!」前方の窓から入り込んだジンロに背後を取られる。セイ・リンは羽交い絞めにされる。
同時に、レクトがシンカに飛び掛った。狭い座席の間でよけきれず、そのまま、殴られ、座席と窓の間にぶつかる。
「ぐ!」
耳元でガチャリとなにかが壊れる。
レクトは、右腕の内側を切った。血が滴る。
シンカが倒れながら、とっさに、あのナイフを構えたのだ。
さらに突っ込んでくるレクトのすねを、蹴ってけん制する。
「!」
抵抗に腹を立てたのか、立てずにいるシンカに、レクトが襲い掛かる。
手に持っていたナイフを蹴り飛ばされた。
さらにレクトが足を振り上げ、踏みつけてくる。とっさに顔を覆った腕ごと、ひどく踏まれる。
体の下で座席がミシリと鳴った。
胸にも、ずしんと痛みを感じる。靴の固い感触が、気味悪く響く。
息ができず、意識が遠のく。
怖いと感じた。
「やめて!」
セイ・リンが叫んだ。
「・・」
レクトの腕が、シンカを引っ張り起す。
「俺を、怒らすな。」
青白い顔、怒りに燃える黒い瞳が、少年を見下ろす。
額が切れたのか、シンカの白い顔に、赤い筋が流れる。
「レ・・」
うっすら、瞳を開けるシンカ。その目はうつろで、印象がいつもと違う。
「?」
シンカのまぶたを親指で押し上げる。瞳の色が、金色に変化している。なぜだ?
「チッ!大気にやられたか。」
シンカの耳につけられたマスクは、こなごなになっていた。
「ばかが!なんでいつも俺に従わない!」
セイ・リンは、少年を抱きしめるレクトを見た。
少年の血の赤が、ある女性の瞳の色を思い出させる。
・・レクトの、その想いは、誰に向けたものなんだろう。
目の前の少年に向けて、ではないような気がしていた。