8.レクト4
「俺、聞きたいことが」
何から聞けばいいんだろう。整理できずに、シンカはまたうつむく。
「なんだ」
レクトが椅子に腕を組んで座り、面白そうに目を細めてみている。
そんな二人をセイ・リンが観察している。
散々迷い、「……母さんを殺したのか?」
シンカの口から出た言葉は、それだった。
睨みつける少年は拳を握り締めている。
「ストレートに言うな」
それでもレクトは口元の笑みを消さない。
「殺したのか?あの時、母さんと話をしたって言ってたろ!」
シンカは、テーブルを支えにして立ち上がる。声を荒げれば呼吸が乱れる。まだ完全でないためか息が切れる。
「別にその場で殺したわけじゃない」
「だけど!あの宇宙船でデイラと一緒に殺した!」
「そのとおりだ」
「なんで、だよ。なんで、デイラを破壊したんだ!なんで……」俺の前に現れた?
そこで、肩で息をして、シンカは言葉をつなげようと顔を上げる。
とん、と肩を押され、シンカはベッドに座りこんだ。
「仕事だからさ。俺には、思想だの政治だの、愛情だのは関係ない。与えられた任務を遂行する。お前を連れて行って欲しいと頼んだのはロスタネスなんだ」
「母さんが?なんで、母さんがあんたに頼んだんだ?」街を破壊しに来た、この男に。
「……お前を護りたかったんだろ」
「!」
実験体として、俺を作った母さん。
それとしてなのか、子供としてなのか。護ろうとした?
「なぜ泣く」
黒い瞳で、男はうつむいた少年を見つめている。
うつむいたまま、シンカは首を横に振った。
「泣いて、なんかない。何で母さんに会いに行ったんだよ」
レクトは一つ静かに息を吐いた。
「さあな」
「ちゃんと答えろよ!」
「ふざけるな、俺がお前に答えなきゃならん理由などない」
シンカの怒鳴り声に、レクトの声は逆に低く迫力がこもった。
その睨み付ける視線は、人をぞっとさせる。
セイ・リンは一瞬、レクトがシンカを殴るのではないかと思った。
「大佐、あの、」
言いかけたもと部下に、レクトは冷たい視線を返す。
「口を挟むな」
なにを言っても、話してくれそうにない。シンカは質問を変えることにした。
それにどうしても、やっぱり、確認したかった。
「レクト、俺、小さい頃遊んでもらったよな?」
「!」
これはレクトも意表を突かれたらしい。一瞬、眉をひそめる。
セイ・リンも一瞬驚いたようだったが、黙ってレクトを見つめ、答えを待った。
「ふん。覚えていたとは。まだ、三歳だったろう?」
「その後もあるよ。四歳か、五歳くらいの頃。ミンクも一緒に遊んだ」
「!ああ、あれが……仕方ないな。俺はな、お前に会いに行ったわけじゃない。ロスタネスにだ。勘違いするな。一途でいい女だった」
レクトは遠い目をして、思い出しているようだ。穏かに微笑んでいる。
「……俺、あんたのこと、お父さんだと勘違いしたよ」
レクトの笑みが消えた。
シンカの蒼い瞳は、まっすぐに男を見つめていた。
その目元はロスタネスに似ている。
「俺、ずっとあんたに会いたくて、確かめたくて、さ。今、思えば馬鹿みたいだけど」
俺に親はいない。
「ほんとに馬鹿だな。」
レクトが煙草に火をつけながら、目をあわさずに言った。
「こんな父親じゃ、困るだろう?シンカ。俺はデイラを破壊し、ロスタネスを殺したんだぞ」
シンカは蒼い大きな瞳を見開いて、レクトを見上げている。
否定、しないのか?
鼓動が早くなる。
「だから、確かめたかったんだ。自分がお父さんだと思った人が、そんなことをするのには、何か訳があるんじゃないかって」
だって俺はずっと会いたかった。あの幼い日からずっと、会いたかったんだ。
「言っただろう。仕事だ」
レクトは冷たくそう言うと煙を吐きながら、時計を見る。それ以上語るつもりはないようだ。
シンカもそれを悟り、視線を床に落とした。
セイ・リンは不思議でならなかった。なぜレクトは否定しないのか。彼の前では子供に見えるシンカに、あれほど期待させているのに。答えを待っているのは明白なのに。残酷だ。
「大佐」
「セイ・リン。余計なことは言うなよ。そろそろ医者が来る頃だ。そうしたら、お前は同盟の代表星、タームへ連れて行かれる。そんなに窮屈な思いはさせないさ。心配するな」
栗色の髪の男が立ち去っても、シンカはしばらくじっとしたままだった。
セイ・リンも突っ立ったまま考え込んでいた。
(なぜ、大佐は否定しないのだろう。ロスタネスに愛情を抱いていたから?それはおかしい。
シンカに出生の秘密を話したといったとき、大佐はおかしなことを言っていた。「俺のことは話していないのか」と。その後、彼はなんと言った?)
「ロスタネスはダンに惹かれていたからな」
(ロスタネスがダンに惹かれるがために、レクトのことを話さない。つまり、シンカをダンとの子供だとロスタネスが言っていた、それこそが嘘だった?私は研究員から直接シンカのことについて聞くわけには行かなかった。その権限がない。だから私に、シンカが誰の子かを話したのはロスタネスだけ。私に、確かめるすべはない。すぐにダンも転勤になってしまっていたし)
(私は、ロスタネスの話を聞いて、ダンへの恋をあきらめた。まさか、ロスタネス、私を騙していたの?)
ほろ苦い思い出が、怒りに変わりつつあった。
かといって、ダンが転勤になったためにロスタネスも恋が成就したわけではなかった。
それでもロスタネスはセイ・リンの気持ちを知っていた。セイ・リンが、彼女の気持ちに気付いていたように。
想像は、確信を身にまとい始めていた。
あの研究で、検体はダンとロスタネスの受精卵だけではなかった。リュード人のロスタネスは欠かせないとしても、多くの検体を用意したはずだ。
その中にレクトのものもあったとしたら。
可能性は高い。当時レクトは大佐として惑星リュードを含む宙域の統括をしていた。
研究所にもよく来ていた。
だが、ダンを愛していたロスタネスは嘘をついた。
(そうよ、ダンは研究所で、あの時はっきり否定した。「私の子じゃないさ。」と。死の間際ですら、その態度は崩さなかった!私はダンを冷酷な男だと、そう受け取った。自らの子を検体扱いする。でも、もしかしたら、それも間違いだったかもしれない。ダンは、真実を知っていた。いえ、他の研究者皆が知っていた。私だけ、知らなかった。うそを、信じていた)
セイ・リンはシンカを子供と認めないダンを、冷酷で冷たい人間と思い込んだ。そして、敗れた恋とともにそれは、憎しみのようなものに変わってしまっていた。
セイ・リンはぎゅっと目をつぶった。両腕で、自分自身を抱きしめた。
(ダンは、死んでしまった。私は彼の本当の姿を分かっていたのだろうか)
不意に、シンカが目をこすり、立ち上がった。少しよろけながらテーブルに手をつき、しかし凛とした目で、セイ・リンを見上げた。
「俺、帝国の研究所に行くよ。そこに行けば、セイ・リンの仲間も、俺の仲間もいる」
「いいの?」
「本当のことなんか、分からないんだ」
「!」
シンカの蒼い瞳が、少しうるむ。
「もういいんだ。レクトには二度と会えないかもしれないけど、それでいいんだ。俺、決めた。帝国にも行かない。リュードに戻るよ。シキも、ミンクも待ってる」
穏かに微笑んでいる。哀しげな、やさしい笑みは、ロスタネスの表情に良く似ていた。
セイ・リンは不意に怒りがわくのを感じた。
「リュードには帰れないわ。地球に連れて行かれるのよ?そこで、実験される。あなたは、人間じゃないんだから」
少年は黙った。
何か言いたげにセイ・リンを見つめたが、唇をかみ締めた。
その蒼い瞳を見つめて、セイ・リンは罪悪感を覚える。
それでも言葉ばかりが先走る。