8.レクト2
居住区の各コロニーはオリジナルパイプという名の通路で繋がれ、そのパイプ内で環境変化に備えることができる。
リドラ人のレクトは、仲間とともにオリジナルパイプから共有の商業スペースへ向かう。
パイプの途中のフィルター装置で、大気が変わるので、特殊マスクをつける。
このマスクをつけることで、地球基準の空気を備えた共有スペースで活動できるのだ。マスクといっても顔や口を覆うものではない。
彼らに必要な成分を、耳から伸ばした小さいバーで口元に流している。通信装置に似ている。
耳の後ろに取り付けられた小さなカプセルに、リドラ人の肺を痛めないための成分が入っているのだ。
共有スペースの商業区はにぎやかだ。宇宙船で補給に立ち寄った人々が、さまざまなものを手に入れられる唯一の場所だからだ。
もっと、大きなステーションであれば、何箇所かに分けられている。
さまざまな人種が入り乱れ、ごった返す市場通りを黒い一団が切り分けていく。
総勢六人。シンカと一戦交えた、あのジンロと呼ばれていた男もいる。グレーの髪に褐色の肌、頬骨がはった四角い顔で、いかにも強そうだ。
その脇には少し細めの、顔色の悪い男がいる。皆、一様に貫禄を見せつけながら歩くので、自然と彼らの行く先には通り道ができていく。
「レクトさん、ボウズはまだ、だめっすか?」
ジンロが斜め後ろから話し掛ける。
「ああ、まだ、熱が下がらない。あれをなんとかしないとな。そうすれば、このいまいましいステーションともおさらばだ。」
「レクトさんは何であの子供にこだわるんですか?デイラでもわざわざ、案内させてみたり。」
ひょろりとした若い部下が尋ねる。
「お前、知らないのか?」
ジンロに肘でつつかれて、歩みが止まり、二人は一団の後ろに残った。
「何ですか?」
「あれは、大佐の隠し子らしいっすよ。」
ジンロは小声だ。
「隠し子?」
「隠してなんかないさ。誰に対して隠す必要があるんだ?おい。それにな、ピーカン、「大佐」はやめろと言っただろう!」
「す、すみません。レクトさん。」
胸倉をつかまれてひょろりと痩せているピーカンは慌てて謝る。怒らせてはいけない。
……けど、あの子供本人はわかっていなかったよなぁ。
ピーカンは、ぼんやりと考えていた。
レクトがふと歩みを止めた。
「レクトさん?」
視線の先を追うと、人ごみの中でこちらを見つめている少女がいる。
銀色の髪、赤い瞳、たぶんアルビノであろうその少女は、立ち尽くしてレクトを睨んでいる。
「ありゃ、デイラの子供じゃないっすか?」
ジンロが言った。
「そうだろうな。あそこで俺たちを見たんだろう。こっちを睨んでるぞ。」
それにしては楽しそうに、元大佐は言った。
「やりますか?」
ピーカンが懐に手を入れる。
「いや、いい。下手に騒いで、俺たちの存在が帝国にばれると厄介だ。まだ仕事も残っているしな」
少女は歩み寄ろうとして、人ごみに遮られる。その時、レクトは、少女の胸に何かが光るのを見た。
あれは……そう、確かシンカが買おうとしていた。
「そうか」
「なにか?」
嬉しそうに笑うと、レクトは煙草に火をつけ歩き出した。
「お前ら、今のうちに羽のばしておけよ」
男たちは散り散りになり、あっという間に人ごみに消えていた。
ミンクはあまりの鼓動の早さに胸に手を当てていた。
見たことがある。
あの男。