8.レクト
デイラの中ほど、シン川の橋のあたりにファシオン帝国の軍隊が集まっていた。
水の止まった川底には、黒い大きな鉄の塊のようなものが浮き出ている。怪しげなそれをこじ開けて突入した一団は戻ってこない。
そこからかなり上流で、大きな爆発音が響いた。
土砂が飛び散り、黒い煙がもうもうと視界をさえぎる。轟音は続いた。二つ。三つ。
風下になる国軍は黒い煙が流れすぎるまで動けずにいた。
と、そのとき。
水のなくなった川底が不気味にゆれ始める。振動で泥が液状化し、浮き出た水はさらに振動を波紋として伝える。
泥に足をとられかけた兵たちが堤防の上に逃れようと隊列を乱す。地中から熱いエネルギーが生まれ、建設中の橋、ユンイラ畑に作られた野営、残っていた城壁、すべてを強烈な白い光が飲み込んだ。太陽の光すら遮るほど強く、デイラを焼いた。
その光は、惑星リュードのはるか上空にいた黒い戦闘艦グレスデーンからも捕捉できた。
グレスデーンは最新の高速艦で、最大十万光年を四時間で移動できる。
搭載人数は百人までと小型だが、戦闘性能や移動性能、どれをとっても現時点で宇宙最高のものだ。
黒い太陽光吸収素材を使用した表面が、つやりと黒く光る。流線型に近い形態で、美しくもある。
グレスデーンの艦橋では、栗色の髪の男が腕を組んで、惑星リュードの大気を揺るがす白い爆風を見つめている。
「レクトさん、あの研究所の連中やりましたよ!」
ジンロが、大きな体を揺らす。
「デイラもろとも消したか。ふん、俺たちのこと責められる立場じゃないな!」
レクトがつぶやく。
「レクトさん!生体反応があります!」
通信士の報告に艦橋の全員が振り返った。生きているわけがない。爆発は半径十キロにわたっている。
惑星の黒いあざのようになった、デイラの存在した座標をスクリーンで見つめる。そこに確かに、何か息をしているものがある。
「場所は?」
レクトの言葉に、一人が慌てて計器を見直す。
「信じられない!爆心地の研究所ですよ!」
「そこに行くぞ。探査機を準備しろ」
「了解!」
そこは、白い部屋だった。窓には、外光を調整するスクリーンがついている。
リュードに降り注ぐ太陽アストの光を、人工的に採光したコロニーの公共光源は、かなり明るく、今は正午くらいの設定なのだろう。
窓の外には、人口樹木が外からの視線をさえぎるように植えられていて、その枝の間から、正面に公園があるのが分かる。子供たちの声が聞こえる。
さほど広くないその部屋には、少年の横たわるベッドと、ベッドに座ったまま使えるようにセットされた回転式の小さい丸いテーブル。
シルバーに輝くシンプルな椅子が二つ。
一つに、赤毛の三十歳代くらいの女性が座っている。
背が高く、美しいスタイルの彼女は、いつもの戦闘服とは違う、薄い桜色のブラウスを身につけている。
胸元が深く開き、そこにゆれる赤い輝石のアクセサリーがまぶしい。
セイ・リンだった。シンカの手を握っていた。
「シンカはどうだ?」
栗色の髪の男が入ってくる。
「大佐!」
立ち上がって敬礼するセイ・リンに、座れといった手振りをし、レクトは隣に腰掛ける。
「俺はもう大佐じゃない。」
「でも、私にとっては尊敬する上官です。今も。」
美しい元部下にそう言われて悪い気はしない。
「ありがとうごさいました。助けていただいて。」
「ああ。だが、本当に助けたのは、こいつじゃないのか?」
レクトは横たわる金髪の少年を見つめる。
「はい、多分。あの爆発の前、シンカは回りのエネルギーというエネルギーを吸収していました。
驚きました。彼の周りの空気が熱を奪われ、私は身震いしました。爆発のエネルギーさえ、吸収したのではないかと。だから、私も彼も無事だったのだと思います。」
「エネルギーを吸収する、か。助けたとき、君は凍えかかっていたからな。そんな力があるとはな。・・なにかきっかけがあったのか?」
レクトが眉をひそめる。
切れ長の目で見られると、どきりとする。
これは、昔も今も変わらない。セイ・リンは思う。
この人は、底知れないものを秘めている気がする。美しく、恐ろしい。猛獣のような何かを秘めている。惹かれるけれど決して近寄れない。
「私が、彼に、真実を告げたのです。ダンのこと、研究のこと、彼自身のこと。」
自分が人間ではないことを知り、シンカはショックを受けた。
「俺のことは?」
「大佐の、ですか?」
大佐は無関係だと思っていたが?
レクトは、赤毛の元部下の、困惑した表情を見て納得する。
「ロスタネスは、あの男に惹かれていたからな。」
「あの?」
「・・まあ、いい。そんなことは、もうどうでもいいことだ。」
レクトは、立ち上がる。ロスタネスは、もういないのだから。
「君は、どうしたい?われらは、太陽帝国に相反する組織だ。君も立場上、我らと一緒にいるとまずいだろう。
シンカを渡すことはできないが、君を帝国のコロニーまで送ってやってもいいぞ。」
「!いえ、私は・・」
さっきまで、冷静な口調だったセイ・リンが、口ごもる。
「シンカのそばにいてもいい。こいつも目覚めたとき男ばかりじゃ、つまらないだろうからな。」
くすくすと笑って、レクトは部屋を出ようとする。
「大佐!あの、教えて欲しいのです!」
ゆっくり振り向くレクト。
「なぜ、そんなにも、反帝国の破壊活動をなさるのですか?」
「俺が選んだ仕事だからな。君も同じだろう。軍人なんだ。命じられればそのとおりに動く。」
「大佐・・。」
そんなはずはない。レクトが組織する軍は、この宇宙でもっとも名の知られた傭兵集団だ。
ミストレイア・コーポレーション。きちんとした会社組織でもあり、軍事組織でもある。
会社経営部門のトップはレクトの親友で、太陽帝国の大手銀行、スターバンク社の若きオーナーでもある。レクトは、軍事部門のトップなのだ。
惑星保護同盟はクライアントとして重要ではあるだろうが、自らが不利になるような任務は受けないはずなのだ。
レクトたちが、デイラを破壊したという、確たる証拠が見つかれば、依頼した同盟だけでなく、ミストレイア・コーポレーション自体も危うくなる。
さらに何か言おうとするセイ・リンをさえぎって、レクトは言った。
「もうすぐ同盟の研究医がくる。シンカがこの調子じゃ、動かせないからな。仕事が進まなくて困っているんだ。せいぜい、看病してやってくれ。」
部屋を出て行く。
見送るセイ・リン。
再び、椅子に腰掛け、シンカの手を握る。
両手で、ぎゅっと。
そうすることで、彼女自身の不安が消えるかのように。
ここ、リュード宇宙ステーションは、惑星リュードの探査の時代から作られた国際ステーションだ。
ステーション内は、宇宙船発着のドック区域と、各惑星固有のコロニーがそろう居住区域と、ステーション全体を制御している制御区域でできている。
制御区域の一角に、太陽帝国の施設があった。
太陽光吸収素材でできているそれは、黒く光り、異様な圧迫感を感じさせる。
入り口は厳重に警備されている。
建物の二階の窓から、その様子を見ながら、ミンクはため息をつく。
彼女の後ろには、日に焼けたたくましい青年、シキがソファーに腰掛けて、組んだ手にあごを乗せて、ぼんやりと宙を見ている。
ミンクの瞳は、赤く、はれている。
二人はここ二時間ほど、一言も口を利いていない。
ほぼ二時間前。ステーションのドックに派遣されたラカント少尉が帰ってきて、到着した小型艇はなく、捜索した結果も思わしくないとの報告を受けたのだ。
「シンカは、どこ?」
ミンクはそう言って泣きくずれた。
小型艇で退避したとき、その窓からデイラごと研究所が消失するのを見た。
恐ろしい光景だった。
ステーションに到着して、三日、ずっと待っていた。リュードに戻って、探したいという衝動を押さえ、研究所の人たちを信頼して。
だが、返ってきた報告は、絶望的だった。
この小さな部屋は、横の扉から、それぞれ、ミンクとシキにあてがわれた寝所に続いている。
リビングという風情だ。三人がけの革張りのソファーと、一人がけのものが二つ向かい合わせになっている。間にはテーブル。
ここで、ニ人は食事をする。
研究所施設のため、あまり派手でもないが、野宿を当然としていた彼らには、立派過ぎる場所だった。
ウイイ。
扉が開いて、リックス少尉が入ってきた。
小さな自信なさげな目が、今日はさらにうろうろと落ち着きなく、緊張している。
「あの、すみません。・・シンカは大丈夫、だなんて、言ってしまって・・・」
この青年は、軍人らしくない。だからなのか、ミンクは信頼していた。
「ううん。あなたが悪いわけではないです。ダンも、セイ・リンも戻らなかったんでしょう?みんなも、つらいでしょう?」
また、少し涙声になる。
「・・・。私は、少佐はまだ、死んだとは信じられないのです。ダン所長は、リン少佐の報告で亡くなったことが分かっていたらしいです。
少佐は爆破の時間を理解しておられましたし、あの時にはすでにファシオン帝国の軍を排除していたはずです。」
「・・そう。」
「俺たちを、リュードにかえしてくれないか。」
うつむいていたシキが、声を発した。
「!・・その、私は権限がないので、何ともお返事できないのです。ですが、この研究所の所長に話してみます。
お二人がそうなさりたいのなら、そうするべきだと思います。」
シキは、笑わない。
鋭い黒い瞳は、やつれたせいか、凄みを増している。近寄りがたい雰囲気をかもし出していた。
「あの、お二人を気分転換に、外にお連れしようかと思いまして。」
「外?」
「ええ、このステーションにきた人なら必ず行く商業施設です。居住区の中にあるんですが、いろいろなものを売っていますし、珍しいものも見られますので。」
ミンクが、シキのそばに立った。
「行こうよ。」
うるさそうに見上げるシキ。
「もしかしたら、会えるかもしれないよ。」
「・・気休めは言わなくていい。」
「あたしは、信じてるもん。シンカは私を一人ぼっちになんか絶対しないもの!」
強く、信じる瞳で、まっすぐ見つめられ、シキも心が動く。泣いていたくせに、女は強いな。
「・・しょうがないな。行ってやる。シンカの代わりにじゃないぞ。お前を守るのはシンカの役目だからな。」
すこしだけ、声に元気が出た。
公共光源が、三時の角度に変わる。