7.シンカ6
シンカが、セイ・リンとともに聖帝軍と戦っていた頃。シキとミンクは制御室に走った。
制御室には、警備兵の軍人たちが三人いた。
「手伝うよ!」
そう言ったシキに、若い警備兵がうれしそうに言った。
「助かります!正直、この設備に警備が五人だけなんて、きつくて。」
「おい、レベル4だ!」
通信機で何か話をしていたもう少し年上の、ひげを蓄えた警備兵が叫んだ。
「なに?」
不安そうにミンクが先ほどの若い兵を見る。
「この研究所を引き払うことになりました。惑星調査のことは、ファシオン帝国に知られてはいけないんです。この惑星の歴史に干渉することになってしまうので。」
「どうするんだ?」
シキがたずねる。
「研究所のデータをすべて太陽帝国の本星へ送ります。それから、この施設を破壊します。我々は小型の脱出艇で、宇宙へ退避するんです。」
シンカはどうしているのか!
二人は見合わせると同時に、走り出していた。
それに気付いた警備兵が、「あっ!だめです勝手に動いちゃ、危ない!」
「リックス!二人を追うんだ、セイ・リン少佐から、ニ人を同行させろと!我々は、排気口部から、脱出するぞ!」
「はい!」
リックス少尉は、二人を追った。施設内はそんなに複雑なつくりではない。制御室と、研究室が一番広い部屋として真中にあり、その上の階に研究者や警備兵の宿舎がある。
施設は川の地下に作られているため一直線の形をしている。
制御室側からは排気口部が一番近い脱出経路となる。
二人は研究室のほうへ行った。逆方向だ。
リックス少尉が、研究室の前に向かうと、避難する研究者たちとすれ違った。
「リックス!どこへ行くの?」
「リュード人を助けに。」
女性研究員が声をかける。
「危険よ!」
「命令なんだ!」言いながら走る。女性研究員は、一瞬迷ったが、リックスの後を追った。
他の研究員の姿はすでにない。
研究室とエントランスとをつなぐ通路は、侵入者の警報で、自動的にロックされていた。
リックスはそこで二人に追いつく。
「おい、ここを開けろ!シンカはどこなんだ!」
リックスも知らない。
「すみません、緊急事態で閉じられてしまうと、ここでは開かないのです。シンカは、多分セイ・リン少佐と一緒にいます。だから大丈夫ですよ!」
「とにかく早く行きましょう!」
ついてきた女性研究員が言った。
「サーナ!なんでついてきた!危ないだろう!」
リックスはその女性、サーナの手を取る。恋人同士なのだろう。
「シンカはどうなっちゃうんです?」
ミンクが二人に水を差す。
「大丈夫、シンカは地球に送られるはずだから、ダン所長も一緒だと思うわ!」
サーナが言った。
「行こう。どちらにしろ、ここにいても仕方ない!」
リックスに促されて、シキとミンクももと来た方角へ走り出した。
走りながら、シキがサーナにたずねる。
「なんで、シンカは地球に送られるんだ?」
「えっ!」
サーナがしまったと言わんばかりに、口を押さえる。
シキがいきなり、サーナを押さえこんでとまった。
ミンクは前で立ち止まったシキにぶつかって、鼻を押さえる。
「何するんだ!」
リックスが怒りに銃を抜く。
だが、すでに、シキの短剣がサーナに当てられている。
「教えろ!何か隠しているな!」
「彼女を放せ!」
「リックスっていったな。あんたがこの子を大切に思うように、俺たちにとっても、シンカは大切な仲間だ。」
リックスは、あきらめたように、銃を下ろした。
「私たちにとっても、彼は大切です。いいでしょう。」
「だめよ、リックス、話してはいけないって命令が・・」
止めようとするサーナの首に、シキが剣を押し当てる。表情は本気だ。
「サーナ。俺だって、君だって、シンカのこと嫌いじゃないだろ。
いや、研究所のみんなが、彼のこと、自分の子供のように思っているじゃないか。
大丈夫だよ、話しても分かってくれるよ。」
「どういうこと?」
ミンクのほうにも視線をやり、リックスは話し出す。
ロスタネスがはじめた研究のこと。たった一つだけ成功し、それがシンカであること。
帝国に研究の継続を命じられ、シンカを見守ってきたこと。シンカが、新しい生き物であること。
「本当に私たちは、シンカが子供の頃から、彼を守ってきたんです。
新しい命だから、いつ、どんなことが起こるか分からない。突然死んでしまうかもしれない。
彼の誕生日には、ここでお祝いをしたりしてたんです。また、一年無事に成長してくれたって。」
シキも、ミンクも、言葉が出ない。
「十五年経って、やっと安定したんだ。突然出す熱もなくなった。私たちは、あなた方よりずっと長く、見守ってきたんです。」
「だから、初めてここに来たとき、あんなに喜んでたんだ。」
ミンクが納得したようにうなずいた。
「ええ、デイラが攻撃を受けた後、我々は必死で彼を探しました。やっと、皇帝陛下も、彼を保護してくれる気になったらしいんです。
大丈夫、彼に危害を加えるようなことはしません。信じてください。」
「・・・わかった、とにかく、無事でいるんだな。」
シキもサーナを離した。
「悪かったよ。」
「さあ、行きましょう!」
詫びるシキをチラッと睨んで、サーナが、リックスの手をとる。盛んに鳴る警報が、四人の不安をかきたてる。
「よし、ミンク。」
「キャ!」
シキはミンクを脇に抱えて、二人の後を追う。
走りながら、聞いた話を頭の中で反芻している。
シンカは、このことを知ったらきっと、ひどくショックを受けるんだろうな。
きれい事言ったって、こいつらは自分たちの目的のために、シンカを利用しようとしている。
ユンイラと人間の合いの子。
自分自身がユンイラの成分を持っているから、怪我も治る。ユンイラの煙を吸っても平気なはずだ。
ロスタネスにとって、シンカは理想の人間だったんだ。シンカなら、この大気のにごったリュードでも、普通に生きていける。
だが、彼女は、普通に自分の子供が欲しくはなかったんだろうか?
愛する男と自分の間に生まれた子供であれば、理想でなくても、愛するものだ。
ロスタネス、どんな女だったんだ・・。