6.知らなかった世界
デイラの跡地には、建物と呼べるものは一つも残っていない。
あの悲劇から、十一日が過ぎようとしていた。
四日目の雨で、灰や土砂が、シン川に流れこみ、美しい川はにごっていた。デイラの真
ん中を流れているその大きな川にかかる橋も、崩れたままだ。
朝、まだ夜が明けきらない青白い風景の中、瓦礫の野原は黒い影を落とす。
その中を、一人の男が立っている。瓦礫の一部のように動かない。
男は、濃い金色の髪を短くしていて、白く鈍い光を反射する変わった服を着ている。年
齢は、四十歳くらいか。
背が高いので小柄とはいえないが、あまり、体を動かすことをしていたとは思えない体型を
している。
男が立ち尽くしている場所には、小さな木の棒が地面から突き立っている。三本。
その一つに、白い真珠をあしらった首飾りがかけられていた。
港町、アストロードまで戻って来たあたりで、シンカたちは、帝国軍の兵が、町のあちこちにいるのを見かけた。
一応、お尋ね者の三人は、ユーン姉さんのいる酒場によることはせず、あまり馴染みのない町外れの宿に夜のうちにもぐりこんだ。
ユーン姉さんに迷惑をかけるわけには行かない。
デイラのことも、三人のうわさも知らない港町の人々は、遠い町で起こっている戦争のために、帝国兵が来ているのだろうと感じていた。
宿屋の主人も、「ここんとこ、戦争だなんだで物騒だからね。お客さんたちも、いざというときは自分で自分を守ってもらわんとなあ。ま、お兄さん強そうだから大丈夫だろうけどね。どうせなら、帝国軍の兵隊さんたちも、この宿に
泊まってくれればいいのに。安心だし、儲かるしねえ。野営なんかしないでさあ。」
などと、客がくるたび話し掛けていた。客から何か情報が入ることでも期待しているのだろう。
こういう時には、宿屋は情報が行き交う場所となり、傭兵時代のシキはそれをよく利用したという。
だから、港町キャストウェイの宿屋の酒場で馴染みになっていた。
ま、こんな辺境では、旅人も少ないから、あてにはならんけどな。
そういいながらも、夕食の後、シキは一人で酒場に行き、さまざまな情報を仕入れてきてくれた。
一部屋に集まり、デイラに入る前に確認する。
「まずな、デイラに資材や木材、鉄の鋳造の機械なんかが運び込まれているらしい。
町の人間は、国が、ここに基地でも作るんじゃないかとうわさしている。
多分、ユンイラの精製工場再建のためだろう。デイラには、帝国軍がうようよしているってことだ。入るのも難しいかもな。」
「今城壁はかなり崩れてるしさ、目立たずに入れる場所はたくさん知っているよ。大丈夫。そこは任せてくれよ。」
シンカが請合う。
「次にな、十日くらい前に、変わった客が泊まったって言うんだ。四十歳くらいの男で、変わった服装で、背が高い。デイラのほうに旅立ったまま戻ってきていない。」
シンカは、身を乗り出した。
「レクト?」
ぞくっと気分が引き締まる。
「いや、一人きりで、金色の髪をしていたらしい。レクトは確か栗色の髪だったよな。」
うなずくシンカ。
「レクトのことは、あのデイラが襲われた日に町の人間が見ていて、けっこう印象に残っていたらしい。人数がいたからな。目立つよ。なんでも、街中で喧嘩していただのなんだのって。
だから、レクトなら、町の人間もわかったと思うんだ。」
「そうか。」
残念そうな複雑な顔をしたシンカを、じっと見つめてシキは言った。
「なあ、お前、なんか隠してないか?」
「・・え?」