5.この国の現実5
「わしは特別なのじゃ!」
「どう、特別なの?まさか、」
「ミンク!そこまでにしておけ!」
シキが、あの怖い表情で、止めた。
「だって!」
「お前のいいたいことはもう、分かったから。みんな、伝わっているよ。」
シンカもなだめる。
「ここで、ユンイラが禁止されていようが、どんな神様を信じていようが、俺たちが干渉することはないよ。
ミンクが悪い神様なんかじゃないことくらい、承知しているし、その姿も可愛いと思うよ。」
シンカの言葉に、ミンクは照れて頬を赤くする。
「お、やるなシンカ。」
シキがからかうから、余計にミンクはおとなしくなった。大きな声を出したことが気恥ずかしいようだ。
「あの、すみません。我らも、別に、ユンイラを怖がっているわけではないのです。ただ、必要ないと思っているだけで。グラン・スーは昔の人だから、どうも過剰に反応するんです。」
村長が、詫びた。
グラン・スーはミンクの言葉がこたえたのか、黙り込んでいる。その横で、ガガンが、くりくりした瞳でミンクとグラン・スーを見比べている。
「いえ、こちらもすみませんでした。」
シンカが、ミンクの肩に手を置きながら微笑む。
村長は、ほっとしたようで、お詫びに、村で一晩休んでいってくれといった。
三人も、喜んでその好意に甘えようと決めた。
夕食をご馳走になって、三人はいい気分で割り当てられた部屋に戻る。
部屋は、木の壁に刺繍を施された布が一面に張られ、まるで、アストロードの生地職人の家にいるような気分だ。
シンカには少し懐かしい。
部屋には、先客がいた。
ガガンだ。
「ごめんね。勝手に入って。」
少女は、部屋の真ん中の、小さいテーブルの横にちょこんと座っていて、可愛らしい。
「どうしたの?お家でお母さんが心配するわよ。」
ミンクが笑う。
「大丈夫。うち、お母さんいないの。早くに死んじゃった。」
「そうか。じゃ、グラン・スーとお父さんと暮らしてるんだ?」
「うん。あのね、お母さん、ミンクと同じだった。」
酒はないかと物色していたシキも振り返った。
「あのね、グラン・スーを怒らないで欲しいの。」
「聞かせてくれるかな?ガガン。」
シンカが懐から、小さな飴玉を取り出して、ガガンに渡す。ガガンは一瞬驚いていたが、同じものを口に含むシンカやミンクを見て、おそるおそる口にしてみる。
「おいしい!」
「港町の市場で買ったんだ。白花の蜜が入っているんだ。」
「ありがとう。あたしのお母さんはね、生まれたときから、ミンクみたいに白い髪に赤い目をしていたの。
それはね、グラン・スーが、間違えてユンイラを食べちゃったからなんだ。
そのときグラン・スーのお腹にいたお母さんに、その毒が入ってしまって、それで、お母さんはあんまり長く生きられなかったの。
あたしが産まれてすぐに、死んじゃった。グラン・スーはすごく後悔しているの。
自分がユンイラを与えたために、早く死んでしまった。しかも、自分だけなかなか死なないって。」
ミンクは、見開いた目を、すでに潤ませている。
「そうだったんだ。ごめんな。俺たち知らなくてさ。」
「ごめんね。」
ミンクの瞳から涙がこぼれる。
「ううん。あたしも、今日のはグラン・スーが悪いと思うもん。あたしは、ミンクを見て、お母さんってこういう感じだったんだって、思った。うれしかったよ。」
ミンクはたまらず、少女を抱きしめた。
「最後まで言わなくてよかっただろ?」
シキがぽつりと言う。
何も言えず、うなずくミンク。
そういう姿も可愛いと、シンカは思う。
「あったぞ!んー、ちと匂いがきついが、まあ同じだろう。」
部屋の隅の棚から、シキは酒瓶らしいものを引っ張り出した。
「シキ。」
「それ臭い。」
シキをのぞいた全員が、鼻をつまむ。
「大丈夫だよ。」
コルクのふたを開ける。
「うわっ!」
シンカがあまりの匂いに声をあげた。すでに、酔ったのか頬が赤い。
「飲むなら外行けよ!」
「お前も来い。つきあえ。」
嫌がるシンカを無理やり引きずって、シキは外に出て行く。女は女同士、話も合うだろう。
鼻をつまんだまま二人を見送ったミンクは、改めて、ガガンとおしゃべりをはじめた。
「なあ、シンカ。お前、お父さんは知らないって言ったな」
集会場の外にある木のベンチに座って、シキはその、ものすごい匂いの酒を、ごくごく飲んでいる。
「……匂い、気持ち悪いよ。シキ」
「匂いはきついが味はなかなかだぞ」
しっかり肩をつかまれているので逃げ出そうにも逃げ出せない。
シキは、シンカの瞳を覗き込み、もう一度質問をする。
「お前、自分が何か特別だって知っているか?」
「うん?デイラではそんなふうにも言われていたよ」
シンカは、視線をそらす。