5.この国の現実4
小さい村には、木で作られた平屋建ての建物が三つ立っていた。
この建物に、家族が十組くらい住んでいるらしい。長い形で、一部屋に一家族という風だ。
その建物の真ん中に、集会場のような丸い建物があり、そこに三人は連れて行かれた。
どこも、山で手に入る材料だけで作られている。質素で、素朴だ。
集会場(と、勝手に決め付けている)の真ん中には、シキと同じくらいの年の男が座っていて、そこに村人たちが三人を立たせる。
シンカは不思議に思っていた。彼らを捕らえるときから、皆、無言だ。代わりに手振りでなにか合図めいたことをしていた。
ちらちらと、横に立っているミンクを見る。彼女の視線も、あちこちを見回している。
目が会うと、にこっとする。シンカも目配せを返す。
シキは、手を動かして、何か真剣に目の前の男を見つめている。
「シキ、それ、会話してんの?」
シンカが気付いた。
「まあな。この村は、通常会話はみんなこの方法らしいんだ。」
「意味わかる?」
「なんとかな。」
ミンクが感心する。
「シキ、すごい!城でバシバシ兵隊やっつけたときもすごいと思ったけど、今度は尊敬するすごいだわ!」
「そんなにすごかったの?」
シンカがたずねる。
「うん。すごい怖かったの。」
ぷっ!吹き出すシンカ。
「黙れよ。」
ちょっと、むっとして、シキは二人をにらんだ。
声を出して会話する三人を見て、周りにいた村人は少しざわざわと手で会話する。
「仕方がない。」
シキと手で会話していた代表の男が、話した。初めて、村人の声を聞いた。
三人のうち二人が、手話を理解しないと分かり、声を使って会話することにしたらしい。
「私は、この村の村長。ハン・ルクという。お前たちの名前はいま、この男に聞いた。
この村の大半は、まともに声が出せない。だから、通常は声を使わないようにしているのだ。」
「鍋が欲しくて、山に迷い込んだそうだな。」
微妙なところが通じていないのかもしれない、とシンカは思った。
「はい、鍋をひとつ譲っていただけたら、俺たちはすぐ、出て行きます。代わりに、これを差し上げます。」
シンカは、懐から塩の石、つまり岩塩を取り出した。小指の先ほどの小さな塊を、一袋分。旅に塩は必需品だが、いつの間に手に入れたのか?シキは首をひねる。
魚屋にでももらったのか?
「塩か。よいだろう。我らにとって塩は貴重だ。」
「だまされてはいかんぞ!そやつらは悪神スーラの使いじゃ、その娘の姿がそれなのじゃ!」
事の成り行きを見守っていたグラン・スーが叫んだ。
つかつかと、村長の横に立ち、三人を睨みつける。
「なぜ、悪神の使いだなんて思うんです?」
ミンクが言った。悪者にされるのは本当に、腹が立つ。しかも、容姿のことだから、余計にいやだ。
一応デイラでは可愛いほうだったんだから!
「・・ああ、ミンクを怒らせちゃだめだよ。」
小声でシンカがつぶやく。
怒るとすごく、早口になって、口論では負けない。普段おっとりしているからそうは見えないが、けっこうしっかり物事を考えているんだ。
「お前の、その髪の色、瞳の色。それはユンイラの仕業によるものじゃ!」
「・・この村ではユンイラを使っていないんですよね。」
ミンクは村長に話し掛ける。
「ああ、そうだ。」
「では、なぜ、私の髪の色や瞳の色がユンイラの仕業だってわかるんですか?
ユンイラを使っているふもとの町の人たちだって知らないのに?」
「あ、いや、その。グラン・スーが昔から伝わるというので。」
今度は、グラン・スーに質問する。
「グラン・スー。あなたは見たことがあるの?」
「わしは、・・わしもわしの親から聞いたのじゃ。」
老婆は、落ち着きがない。
「この、ユンイラのない村で、どうしてあなたは長生きしているの?」
ミンクの言葉に、集会場はしんとなる。
「ユンイラのない村では、人は五十歳まで生きられない。グラン・スー。あなたはどう見ても、
五十歳は過ぎているわよね。」