1.隠された街デイラ 3
アストロードから狭い山道をニ時間ほど歩くと、デイラの城壁にたどり着く。
デイラは小高い丘に囲まれた地形をしている。丘の手前の門番のいる城壁を越えなければ外からは街は見えない。
街には約二千人が住んでいる。そのほとんどが、ユンイラの工場か畑で働いている。残りはその子供か街の人々に商品を売る商人だ。商人の売る物資さえ、すべてこの国、聖帝国ファシオンから支給されるのだ。
二十日ごとに警備兵が交替に来る以外を除けば、この街道を通るものはいない。そんな話をシンカがするとレクトが笑った。
「お前は、なんでアストロードなんかで遊んでるんだ?」
「だって、デイラはつまらないよ。ほらあそこ、この街道の先には城門に門番がいるんだ。だから、俺はいつもこっちから行くんだ」
シンカは城壁にそって北に回り込み、人気のないところで城壁を登る。
城壁を乗り越えたり、くぐったり、割れたとこからすり抜けたり、いくつかの抜け道をシンカは知っていた。
シンカは一番ユンイラ畑に近い抜け道まで男たちを案内した。たまに使う場所だ。
城壁によじ上りそこから指差す。
「おっさん、あそこに見える黒い布に覆われたとこがユンイラ畑。ここからなら降りて林沿いに近くまでいけるよ」
大人の身長ほどの城壁に、男も登る。
遠くに城壁の先、丘の向こうの海が見える。青くてちらちらと輝いている。デイラの町が一望できるこの場所はシンカのお気に入りだ。ぼんやりしたいときにはここにくる。
「変わらんな」
男がポツリとつぶやいた。少年は聞きのがさない。
「来たことあるの?」
「さあな」
城壁に男と二人で腰掛けている。
レクトと呼ばれるこの男は長いまつげと高い鼻、切れ長の黒い瞳。
よく見ると端正な顔だ。
女にもてそうだな。
以前も誰かと、こんなふうに座った記憶がある。いつだったか。
不意に思い出した。
父さん!?
じっと見つめるシンカに、レクトは涼しげな視線で返す。
小さい頃、多分五歳くらいの頃一緒に遊んでくれた。
そう、確かこんな顔だった。
でも母さんはこの人を「お父さんじゃないのよ」といって認めなかった。
俺は、……俺はこの人のことをお父さんじゃないかと、ずっと思っていた。
心臓の音がやけに耳元に感じた。
どうしよう、お父さんなの、って、聞いてみていいかな。
でも俺のこと、覚えてないのかな。
複雑な表情の少年にレクトは笑った。
「ありがとうな。シンカ。こいつは駄賃だ。今日中にあの首飾りほしかったんだろ?」
差し出された金貨を受け取って、それでもシンカは視線を目の前の男に向けたままだ。
「なんだ、急がないと店が閉まるぞ」
「あ、あのさ。また、会えるかな」
それだけ言うのが、精一杯だった。
レクトは、シンカの頭をぐいぐいとなでて言った。
「ああ、すぐに会えるさ」
「ありがと!おっさん」
言うなり飛び降り、再び城壁の外にかけていく。
嬉しくて自然と笑みになっていた。
ずっと、会いたかった。
母さんは教えてくれないけど、お父さんは遠いところで生きているって言った。
金貨を握り締め、シンカは急いでもと来た道に戻っていく。
とにかく早く済ませて、もう一度レクトに会うんだ!
それで、確かめる。
母さんは違うって言っていた、でも。もしかしたら。
「笑うと似ているな」
レクトは少年の後姿をしばらく見つめていた。
「レクトさん、今のうちに済まさないと。寄り道はここまでにしましょう」
シンカが座っていたそこにジンロが足をかけた。
「ああ。仕事だな」
男の端正な顔は表情を変えた。