5.この国の現実1
「おなかすいた」
「なんだ、ミンク?」
シンカが振り返ると、ミンクとは違う姿が焚き火のそばに座り込んで、ウサギ肉をくわえている。
「なんだ、お前!」
シンカの声に、そいつは逃げ出す。ウサギを持ったまま。
すかさずシキが襟首を捕まえた。
小柄な、女の子?なのか、褐色の肌に、少し先のとがった耳、漆黒の髪に布を巻いていた。
布には赤い糸で模様が刺繍され、少女の肌の色に合っている。
吊り上げられ、もがく。
「シキ、下ろしてあげて」
ミンクがうったえた。
少女は服装を整えてシキを睨んだ。
「なによ、ウサギはこの山のものでしょ。山のものはみんな平等に分け与えられるべきだよ」
「じゃあ、お前は何かしてくれるのか?」
どうどうと、皆の輪に入り、ウサギをしゃぶる少女にシキが言う。
「何って?」
「俺は、火をたいた」
シキが自分の胸を親指で指す。
「こいつはウサギを獲った。お前は何かしてくれるか?」
少女はくりくりした目を、ミンクに向けた。
「シキ」
私も何もしてない、とミンクの目が語る。
「ミンクはいいんだ。病人だからな」
少女は、そう言ったシンカを見つめる。
「あたし、ガガン。この先の村に住んでるんだ。村に案内するよ。それでいいだろ?」
少女は半分馬鹿にしたようにシキをにらんで言った。
「助かるよ。俺はシンカ。彼はシキ、この子はミンク」
「ふうん。ミンクもシンカも変わった綺麗な目をしているね」
興味深々だ。シキには目もくれない。ミンクの服の飾りや、髪の結い方が気になるのか盛んにミンクに話し掛ける。
「シキ、シキと同じ肌の色なんだな」
シンカが、焚き火から少しはなれて、煙草をふかす男に言った。シキは、ちらと少年に目をやると、つまらなそうに煙を吐く。
「俺は、もっと東の民族だ」
「シキも山岳民族なんだ。知らなかった」
不機嫌を隠さない男に、シンカはどうしたものか迷う。
そういえば、シキは軍隊時代の話や、傭兵の頃の話はしてくれたが、自分の家族や生まれたところの話はしていない。だれでも、言いたくないことはある。
「村に行って、どうするつもりだ?」
そう言って、シキは煙草をもみ消した。
「ユンイラの精製に必要な鍋と、布をひとつもらおうかと思って」
「それなら仕方ない。行くか」
「シキ、シキが行きたくないなら、俺一人で行ってくるよ」
「それはできない」
こんなに無愛想なシキは初めてだった。大体どんなときも、シキは笑っていた。
「村では、ユンイラのことは言うな。山岳民族はユンイラを使わない。逆に、ユンイラを使うものを悪く思っている」
少し遠い目をして、シキが言った。シキの経験してきたことのほとんど何も、俺は知らないんだな。
そんな風に、シンカは思った。
こうして、一緒に旅をして、守ってもらってばかりだ。
「分かった。ユンイラを人間が使い始めた頃、副作用で家族を亡くした人々の中には、ユンイラを憎んで、決して使わないと決めた人たちがいた。きっと、彼らの末裔なんだろうな」
そう、シンカが言うと、シキは黒い前髪をかきあげて、目を細めた。
「昔はそうだったかもしれない。だが、今はちがうさ。彼らだって、ユンイラをうまく使えば、病気から逃れられると知っている。だがな、ユンイラを使うには、国に高い税を払わなくてはならない」