4.いくつかの友情7
昨夜、林だと思っていたところは、明るくなってみると、かなり深い森であった。
うっそうと茂る樹木は季節のせいもあり色濃い緑の薄明かりを三人の足元に投げ込む。
風も感じられない。
シキが、昨日見た星の位置から方角を覚えていなかったら、一歩も動けなかっただろう。
足元をさえぎる草を、剣で払いながら進む。
「こんな状態で、ユンイラ見つかるのかよ」
もと軍人のシキは他の二人よりは山道になれているはずであるが、先頭を切るのはなかなか体力がいる。
ぐちもこぼれようものだ。
シンカが言うには、ユンイラは朝日がよくあたる、南の斜面に生えるという。
朝、彼らは山頂から南東の方角の中腹にいた。西に向かって、進むことにした。
日が、頭上に上がる頃、三人は見晴らしのよい高台に出た。
眼下には緩やかに下る山肌、遠くシン川が、きらりと光る。
高い場所に来たからか、もう、腰以上の高さの木はない。
もうすこし、上に登れば、木はなくなり、草花だけが生息する区域になる。
そこで、ユンイラを探そうというのだ。
歩きつかれたミンクは、休憩を要求する。
シンカは、途中で捕まえた野ウサギを取り出した。
シキが、さっさと火を起こし、シンカはウサギをさばく。
見事に息の合ったすばやい作業だった。
聖帝軍の姿を見ることはなく、追われているのかは、分からなかった。
「煙を流さないために、こいつをかけるんだ」
葉がついたままの木の枝を焚き火の上に立てかける。
「あ、シキそれ!」
シンカが気付いて笑った。
シキはふふんと目をそらす。
「なあに?変なにおいの煙ね」
シキの乗せた枝の葉は、燻されてじわじわと縮んでいく。
「煙草にするんだろ」
「ばれたか」
ふざけあいながらもてきぱきとこなす二人を、ミンクは木陰に座ってみていた。
「ミンク、もうちょっとこっちに座ってろよ、ほら、陽が当たってる。日差しが強いから、気分悪くなるぞ」
新たな場所に厚みのある大きな葉を敷き詰めてくれた。
「ありがとう。ね、シンカ。楽しそうだね」
シンカは一瞬、言葉を失った。
ミンクの表情が、曇っているように見える。
「あ、はは、うん。シキって変な奴だよな」
「シキは、ほんとに頼りになるね。ねえ、シンカ、私たちどうなるの」
ミンクの顔にかかりそうな邪魔な木の枝を手折りながら、シンカは動きを止めた。
間近にあるミンクの瞳に見上げられて、シンカは視線をそらした。
一晩考えていたことを、話すことにした。
「あの、ミンク。俺、考えたんだ。
もし、もしさ、ミンクがよければ、ミンクだけ聖帝のところに」
ミンクが顔をしかめた。予想できた表情だ。
シンカは続けた。
「そのほうが、安全だし…その。俺、シキとミンクに助けてもらっておいて、なんだけど。俺さえいなければ、シキだってミンクだってさ、聖帝に保護してもらえる」
「なに言ってるの!?」
シンカは拳を強く握り締めていた。
「そういう、方法もあるから。考えてみて。はは、煙が臭いな」
シンカは何度も瞬きすると、立ち上がった。
ミンクの視線から逃れるように背を向ける。
「シンカ!」
シンカは焚き火の方に向かう。
その金色の髪がうつむいて悲しそうなことなど、今まで一度もなかった。
あのデイラがなくなった日以来、ミンクの前ではいつも笑っていた。
少年の背中に追いつこうと、ミンクが立ち上がったときだった。
「おい、見ろよ」
眼下に山々の見渡せる高台で、シキが叫んだ。
「なに?」
二人が駆けつける。
先ほど三人であっちが何、こっちがデイラでと話した場所だ。
澄み渡った晴れた空の向こうに美しい街並みや、遠く川のきらめきが見て取れた。
今はその水平線に黒い煙が立ち昇り、上空で風にあおられたそれは地を這うように見える。
「シキ、あれ、国境の方角じゃないか?」
シンカが煙を上げる南の方角を差す。
シキが腕を組んだ。
「そうだ。いよいよか」
「何が?」
「キナリスが言ってた。隣国のダンドラが、ユンイラを奪うために、戦争を仕掛けてくるかもしれないとな」
三人は遠い町を想った。
歴史が動いていく瞬間を感じる。
大きな、どうしようもない流れが、すべてを押し流していくようだ。