4.いくつかの友情5
ちょうど、シンカがすんでいた家くらいの広さがある。
林の向こうがどうなっているかは、暗くて分からない。
「シンカ、見て!」
ミンクが、なんとなくもたれかかっていた石壁に手のひらを当てて、声を上げる。
駆け寄ると、文字が刻まれていた。
所々草が生えたり、崩れたりしているが、読める。
「神の山ジ・リユリ山が火を吐いた後、のろいは国全体に広がった。病があふれ、目の見えないもの、口の利けないもの、歩けないものが続出した」
シンカが読み上げた。
「カンカラ遺跡だ」
シキが納得したようにあごをなでた。
「カンカラ遺跡?」
ミンクが聞き返す。
「ああ、この国ができるずっと前の、カンカラ王朝の時代のものだ。同じようなものが、俺のいたダンドラの国にもあった。さっきの階段の仕掛けも、まったく同じ。この大陸を統一していたというのは本当らしいな」
「違う国があったの?」
ミンクが変な質問をする。
「あれ、学校で習わなかったか?」
「知らない。シンカこそ、何で知ってるの?」
頬をぷくっとふくらます。シンカの好きなしぐさだ。
「シンカ、笑ってないで説明してよ」
シンカが話し出した。
「この国になる前には、この大陸を含めて、今は人が住んでいないすべての大陸を、ひとつの国が治めていたんだ。カンカラ王朝って呼ばれている」
「多分五百年前くらいかな。すごく進んだ文明だったらしいんだ。太陽の光を熱に変えて、製鉄していたとか、海の水から動力を作ったとか。すごいんだぜ、水の成分が分解するときのエネルギーで、空も飛べる船を作っていたんだ」
「お前詳しいな」
シキが感心する。三人はやわらかい草に座ったり、寝そべったりしながら、シンカの夢のような話に耳を傾ける。
「信じられないだろ?空を飛ぶんだ。そういう技術が、どこかに眠っているんだ。空を飛んで、遠い遠いところまで、人は行けたんだ」
シンカの手は夜空の星に向けられている。
「遠い遠い、ところ?」
ミンクが同じように見上げた。
「そう、俺たちが行くことのできない遠いところ。そういうところがあるんだってさ。母さんが言ってた」
あの、黒い空飛ぶ兵器も水のエネルギーなのかな。ふとシンカは思った。
あのときの、デイラの上空にいた、あれ。
あれは絶対空を飛んでいたんだ。
母さんも知っていたんだ。
だから。
レクトも母さんを知っていた。
「シンカのお母さんが?どうして?」
ミンクの問いにシンカは応えない。
少し遠くを見る少年の厳しい表情に、ミンクは視線をそらした。
「…ねえ、どうしてそのカンカラ王朝は滅びちゃったの?」
「あ、ああ。ある時、ジ・リユリ山が噴火したんだ。噴煙は遠い大陸まで広がって、この世界すべてに黒い雨を降らせたんだ。雨は長く続いた。半年で、噴火は収まったが、黒い雨のせいで、飲める水がなくなった。空気はにごり、人の体を蝕んだ」
「怖い」
「人は、全滅するところだった。でも、変化した水や大地から、新しい植物や動物が生まれだした。大気の毒で長く生きられなくなった人間は、この新しい植物によって救われたんだ」
「それって、ユンイラ?」
シンカはうなずいた。
「生き残った人々が集まって、新しい今の国々が生まれた。ユンイラはそのときの毒を含んだ水や空気で育った。当時は、毒も濃かったから、ユンイラはどこにでも生えたんだ。だけど、ユンイラはたくさん使いすぎると副作用が起こる。その成分を、今のように精製して使いこなすには時間が必要だった。でも、その長い時間の間に、この世界の毒素自体が薄れていったのだと思う。ユンイラも減っていった」
シンカは、石の柱に背を預け、背後の石版を見上げる。
「貴重な存在になった。だから、今、ユンイラは、このジ・リユリ山を水源とするシン川のほとりに栽培所であるデイラを作って、国に管理されている。人に害を成す空気の毒素はまだ完全に消えたわけじゃない。俺が思うにはさ、毒素がなくなったら、ユンイラもなくなるんじゃないかな。まるで、毒を消すために生まれてきたような気がするんだ」
「ふうん」
ミンクは眠くなったのか、遠い目をする。
「そう考えるとさ、俺たちは振り回されているんだけど、ユンイラ自体は悪くないんだ。母さんがさ、よく俺に話してくれた。ユンイラはまだ、なくすわけにはいかないの、ってさ。いつか、そう遠くないうちに無くなることを知っていたみたいに」
実際になくなってしまった。母さんはあの日がくることを知っていたのかな。
シンカはもっと何か思い出そうと考えたが、涙が出そうになってやめた。
「ミンク。おいで」
シンカがミンクを傍らに呼んだ。
額に手を当てて、熱を測る。
「多分、あのしずくだけじゃ足りなくなると思うんだ」
「どうする?キナリスにはもらえないぞ」
シキが足元の草をかかとでこする。キナリスはシンカを殺そうとしていた。
もう二度とあの都には立ち入らない。