4.いくつかの友情
聖都シオン。
ラシア大陸の中ほどにある。
背後にそびえるジ・リユリ山の裾野にあたるその場所は、西に向かって低くなっており、東の果てに位置する城からは、とても眺めがいい。
暑い季節が過ぎ、北に落ちる夕日は、昨日よりさらに小さく見える。市街には貴族の豪奢な邸宅や、商人の家、共同住宅のような広い屋根の家などがある。いずれの建物も、白い壁とオレンジの屋根に、夕日の赤を光らせて、美しく輝いている。
城の三階にある、小さいバルコニーのついた窓辺に、黒髪の男が立っている。長い、腰までの髪をひとつに結わえ、黒い皮でできた動きやすい服を身につけている。腰に差した短い剣は、軍人用のもので、軽くて丈夫、そして、何より血をたくさん吸っている。
シキは、くゆらせていた煙草の火を消し、身を翻した。
地下にいる、友人を助けに行くのだ。
扉を勢いよく足で蹴り開く。予想通り、見張りの兵二人が慌てて槍を構える。
「遅い」
槍を構える二人の懐に飛び込む。
シキの敵ではない。
シンカも、いや、キナリスですら今のシキの表情は見たことがないだろう。気の進まない戦争でもない、ふと思いついた盗賊稼業でもない。
自らの意思で決した行動は人を強くする。
先刻、もう一人の友人聖帝キナリスと決裂したばかりだった。キナリスの立場もわきまえ、それでも少年を牢につなぐのは酷に過ぎないかと話し合いに臨んだものの、耳を貸す様子はない。
皇帝がまだ皇太子で、ちょうど、シンカと同じくらいの年だった頃、戦場で助けたことがある。当時のキナリスは何の自信もなく、力も持ち合わせていなかったが、必死で自らの務めを果たそうとしていた。好感が持てた。
変わるものだ。
シキが軍の縛りを嫌い、自由な身になってからも、幾度となく国政を手伝ってほしいといわれた。
断りつづけた。
キナリスが嫌いだったわけではない。この国のあり方そのものが嫌いなのだ。
ユンイラという植物は人々を惑わせ縛り上げている。シキにはそう取れる。
シキが生まれた国ダンドラも同様だ。隣国のファシオン聖国からユンイラを買い取り、国民に与えている。それを使って、人を操っている。人々の命を左右する薬を権力者が保持するのだ。国民は従わざるをえない。
軍に入ってから、例の五年に一度ユンイラのしずくを飲むように指示された。
しかし、シキは決して飲まなかった。それは、幼い頃に決めた自分なりの掟だ。民のためなど偽善なのだ。
ユンイラを受けるために、人々は税を納める。
納められない貧しい人々は、辺境の町に追いやられ、ユンイラも与えられず、デイラとは逆の、だが同様につらい病気にかかる。
楽園のように美しいこの聖都は、ほんの一握りの人間のためのものでしかない。両親を幼い頃に失ったシキにとって、生きていくことに楽しみを見出せる世界ではない。
シキの育った辺境の町はこの世界の大気に含まれる毒素で、違う姿の子供が生まれる。肌の色も聖都の人々とは違う。成長するにつれ、黒い瞳が白くにごりだし、喉をいため声を失い、五十歳の前にほとんどが関節をやられ、歩けなくなる。そして死だ。
その人々の姿を見て育っている。心の底から、国を統べる連中とは仲良くはなれない。
世をすねて気ままに生き、目的のない旅を続けてきた。
だが、シンカたちに出会った。子供がデイラという重いかせを背負っている。放っては置けない。
シキの旅にも目的ができた。
シキは、隣の部屋に幽閉されていたミンクを助け出した。
「シキ、すごい」
廊下に累々と倒れている兵たちを見て、ミンクは驚く。
「だてに傭兵やってたわけじゃない。俺を怒らすと怖いからな。お前も気をつけろよ」
本気で怒っているのか、黒髪の男は、にこりともしない。
「やだなあ。すごんで」
言いながら、ミンクは背筋にざわざわしたものを感じる。今まで見てきたシキとは違う。戦場に立ち生き残ると言う意味をシキは怒りを露にする背中で少女に示した。