1.隠された街デイラ 2
ぎりり……
力は男のほうが強い。
シンカは歯を食いしばった。押し倒されないようにするのが精一杯だ。
ふいに、男が後ろに飛びのく。
弾みでバランスを崩したシンカに、男は左膝蹴りを放つ。
危うく左手をついて、顔を背けてそれを避ける。
その勢いのままシンカは相手の懐に入り裏拳を放った。右ひじ、避けられれば、さらに剣の柄であごを狙う。
男はよけながらもシンカの腕を取ろうとする。
余裕なのだ。見切られている。
シンカはとっさにすり抜けた。
身をかがめた男が、脇を狙って突いてくる。
シンカは、後ろに跳びのく。
強い。
シンカはぞくぞくしていた。それが武者震いなのかなんなのかわからない。
だけど。初めて感じる高揚感は不思議と気持ちのいいものだ。
見物人から二人を隠すように囲む男たち。
その中にあって、レクトだけは口元を緩ませて笑っていた。
男との間に三歩の間合いを作って、シンカは再び剣を構えなおす。
つと間合いを詰めながら、下から鋭く剣を振り上げる。
男は的確に捉えて短剣で受け流す。そのまま、力でシンカを突き飛ばす。
その瞬間シンカは男の短剣を持つ右手首をつかむと身を沈め、乗りかかる相手の体を蹴り上げた。
やった、と思ったのも一瞬だった。
投げられた男は、すぐに体制を整える。
間合いを詰め、低い姿勢で突きを繰り返す男。シンカに余裕を与えないつもりだろう。
長剣では不利な間合い。後ろに下がっても、すぐにつめられる。
シンカは三回目の突きを避けつつ、相手の膝に足をかけくるりと飛び越える。
着地と同時に、背後の男に剣を突き出して、けん制した。
男は無理につめようとせず、間合いを計っている。
攻守の勘は獣のようだ。
表情はないが汗すらかいていない様子にシンカは気づいてしまう。
勝てないかも。
暑さのせいで、汗が頬に伝う。
不思議と息は切れていなかった。
大丈夫。
腹から吐き出す息に力を込め、集中する。
再び男が突っこんできて、刃を合わせた。
間近に見えるジンロの四角張った顔にも、うっすら汗が光っていた。
同じだ、俺と。
その時だった。
不意に男が、シンカの目につばをはきかけた。
「!」
反射的に、目をこすった。
シンカに隙ができた。
剣を持つ右手をひねられ、男はシンカに馬乗りになった。
「はあ、は、……俺の勝ちだぜ。レクト。ボウズ、殺されなかっただけありがたいと思え」
レクトはあからさまに不機嫌な顔をしていた。
「大人気ないな、ジンロ。」
「いいよ。負けたんだ。言うとおりにするよ。」
服を払いながら、シンカは言った。実際、怪我の一つ二つは覚悟していた。ジンロと呼ばれた男は、よほど手加減していたのだろう。相手がどうなってもいい戦いであれば、とっくに生きてはいない。シンカには良く分かった。
レクトは、ジンロを含めて五人の仲間を連れていた。
シンカは、約束どおり、彼らをデイラに案内することにした。
「ちょっと、歩くよ」
そういったシンカの後を男たちはぞろぞろとついてくる。
デイラは、シンカの生まれた街。
そこにはこの国唯一のユンイラ畑がある。ユンイラとは植物の名前で、特別な効能があるので国の管理のもとで栽培されている。その精製工場もデイラにある。
蒸気を使った機械で、たくさんのユンイラの成分を取り出している。
それは、【ユンイラのしずく】とかいう薬として聖帝が民に与えるという。
この国の分も隣の国の分も、すべてこのデイラで作られる。
貴重だから、厳重な警備が敷かれる。
つまりデイラは街ごと国の管理化にあって、他の街との交流を禁止されている。
シンカは我慢できずに、よく隣のこの港町に遊びに来ていた。もちろん誰にも内緒だ。母さんにも幼馴染のミンクにも。
しばらく行くと、シンカは心配そうに男たちに言った。
「なあ、なんで畑を見たいのか知らないけど、悪いことしないでくれよ」
それを聞いて、ジンロが吹く。
「笑うなよ!あたりまえだろ!俺たちにとっては大切なとこなんだからさ。」
ジンロの袖を引っ張って文句を言う少年に、レクトは苦笑いだ。
「別に、ユンイラを盗んだりしないさ。場所さえわかればいいんだ。あそこには警備兵もいるだろ?安心しろ」
「まあ、ね」
シンカは思う。この軍隊くずれの危険そうな男が六人もいたら、警備兵なんか、いてもいなくても関係なさそうだ、と。
……だけど、負けたしなぁ。