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蒼い星  作者: らんらら
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3.聖帝と呼ばれた男 8

翌朝、身支度をしながら、シンカは背中の剣がやけに重く感じられた。デイラを出て、五日目。もうずいぶん時間が経ったように感じられる。

寺院の外に出ると、豪華な馬車が二つ待っていた。ミンクは後ろの馬車で横になったまま運ばれる。まだ、眠っていた。ユンイラが効いたのだろうか。

シキはいつもの旅の服装で、昨日の貴族風な変な服は辞めたらしい。やっぱり貴族だったのかな?

シンカの視線に気付いて、シキは笑った。

「お前、俺を信じろよ」

「何だよ。気持ち悪いな」

「まあ、なんだ。陛下の御前だからさ、剣はこっちにもらっておいていいか」

やっぱりそういうもんなんだな。皇帝陛下の前で帯刀を許されるのは限られた人だけだろう。

「うん。いいよ」

肩の鞘ごと取り外そうとシンカの背後に回ると、シキがささやいた。

「俺は、キナリスよりお前の方が気に入ってるからさ」

「は?」

シキが剣をはずすと同時に、護衛の兵がシンカを取り囲んだ。剣を突きつけられ、あっという間に縛られてしまった。

「ちょっと、何すんだ!シキ、何だよこれ、シキ!」

「悪いな、シンカ。お前がなかなかの使い手だって、昨日ばらしちまったから」

腕を後ろに縛られ、剣を突きつけられながら、馬車に押し込まれた。

 

派手な内装の馬車の中で、不機嫌そうに窓の外を眺めるキナリスが座っている。ちらりと、長い金髪越しに視線をよこす。

「陛下!これは何の真似だよ!」

言葉遣いなんか気にしていられない。忠実な国民にこの仕打ちはないだろう!

「だまれ」

物憂げに窓に額を押し当てたまま、聖帝と呼ばれる男は言った。

抑揚のない冷たい口調はシンカを黙らせた。

シンカの後ろから、シキが乗り込む。

「シキ!」

シンカは睨みつける。

「まあ、怒るな」

「信じろって、こういう事かよ」

縛られた手がしびれてくる。馬車は走り出していて、揺れるたびにどちらかに倒れそうになる。シキのほうへはいいが、聖帝のほうに倒れ掛かるわけにはいかない。

「なあ、シキ。俺、なんだと思われてるんだ?ものすごい凶悪犯か?こんないたいけな可愛らしい少年が?」

ぶ、とシキがふきだし、キナリスは同時にシンカを見下ろした。

「うるさいと言ったろう!」

キナリスの腕が振り上げられる。危うく顔面を殴られそうになったシンカは、何とかよけた。

縛られているから、バランスを崩してずり落ちそうになる。


「キナリス、子供相手に大人気ないぞ」

「子供は嫌いだ」

シキのたしなめも、皇帝陛下様では効かない。相変わらず不機嫌そうな皇帝陛下の横に置かれて、シンカは居たたまれない気分になっていた。

すべて素直に話そうと思っていたのに、それすらさせない。なんだよ、昨日はあんなに偉そうにしてたくせに。少しでも、かっこいいなんて思ったのが間違いだった。これがこの国の皇帝だなんて。

俺は皇帝しか頼れないと思って、ここまできたのに。皇帝に報告することと、ミンクを守ること、それだけが、俺ができることだと思ってここまで来たのに。

悲しくなってきた。


「どうした。大人しくなったな」

シキが、シンカの頭に手を置く。

「……大人はうそつきだ」

見上げるシンカの瞳に、シキは目をそらす。

返す返事はないらしい。

味方してくれると思ったシキも。頼りにならないらしい。

信じたのに。助けてくれると、約束したのに。

だから、デイラでのあの事件を。包み隠さず話したのに。


何が信じろだよ。


シンカは悔しくて、何度も額を座席の背もたれに擦り付けた。ふと、式の手がそれを抑えてとめたが、シンカは黙って睨みつけた。

シキが困った顔をしたから、シンカは目をそらした。

どれくらい黙ったままだったろう。シンカは、キナリスに背を向け、柔らかな背もたれに体を預けじっとしていた。息が詰まる。

シキはシンカの縛られた手をさすってくれた。それでも、痺れた手首は何も感じない。

 

「シンカ。お前は、どこから来たのだ」

不意にキナリスの声。先程とは少し違う。

「よくなったのか。キナリス」

「ああ、ユンイラが効いた」


やけに爽やかな会話をする二人を、シンカは交互に見つめていた。キナリスはシンカと眼があうと軽く睨んだ。

 

ちぇっ!なんだよ、いやな感じ。


「おいおい、いいかげんにしろよ二人とも。シンカ、キナリスは朝に弱いんだ。

体質ってやつか。頭痛がしてまともに話もできないんだ」

「だからって、人を殴るのかよ」

「まあ、そう、怒るな」

シキは笑って、肩をたたく。

「あのさ。いきなり縛られて、怒鳴られて殴られそうになったら誰だって怒るだろ。しかも、俺の話なんかちっとも聞こうとしてない」


キナリスを見る。睨まれたって怖くなんてないさ。って顔してやる。


「すまなかったな」

聖帝は笑った。

いや、笑ったからって、油断できない。

「シンカ、キナリスはお前がデイラの人間じゃないって言うんだ」

シキが頭をかいて、申し訳なさそうに言った。


「悪いと思ってるんだ。でも、そう言われるとさ、俺もお前の出生を証明できるわけじゃなくてよ」


出会ったばかりだから。それは、仕方ないかもしれない。俺自身だって、証明しようがない。シンカは、蒼い瞳を皇帝に向ける。

キナリスは前髪をさらりとかきあげて見せた。

「お前は、デイラの色をしていない。あの町で生まれればみな、あの娘のようになる」

やっぱりそこか。シンカは予想していたものの、落胆を隠せない。

そこは。自分が何を考えて何をしたかは説明できても。どうして生まれてどうしてそこにいるのかなんか、誰も説明できない。それは、どうして男に生まれたのかを問われるのと同じだ。どうしてお前は色が白いんだとか、どうしてお前は蒼い瞳をしているのかとか。それが悪いわけでもないのに追求されると弱みを突かれた気分になる。


「俺だけ違ったんだ。理由なんか知らない」

「デイラではな、子供が生まれると、みな、肩に聖帝国の紋章が刻まれる。お前にはそれがない。生まれたことを隠していたのか、他で生まれたのか。その姿からして、他で生まれたと考えるのが普通だろう」

聖帝の言うとおり、俺はやっぱり拾われたのかもしれないな。

妙に納得してしまう自分が余計に悔しい。

昨日の晩、シンカは素直に話そうと思っていた。全部、レクトのことや、あの、空を飛んでいた兵器のこと。

そんな気分ではなくなった。


なんだよ、俺は何のために、ここに来たんだよ。情けないよ。


シンカは黙り込んだ。話せば話すほど、立場を悪くしそうだった。

「おい。シンカ?」

「ごめん。シキ。俺、やめるよ。」

もう、話せないよ。


 

静寂が三人を包む。

「やっぱり、放してやれよ。キナリス」

音をあげたのはシキだった。

「かわいそうになったか?私には、二百万の人民の命がかかっている。ユンイラを全滅させたかもしれない男を、野放しにはできない」

「俺じゃない!」

シンカは叫んだ。

「俺だって母さん亡くしたんだ!ミンクだって、両親を、友達とかみんな・・なんで、そんなこと言えるんだよ。俺の話を聞こうともしないくせに!俺はあんたを信じて、あんたならあいつらを捕まえられると、そう、思ったから……」


抑えられなかった。涙が、あふれた。

平気なはずはなかった。


「もうやめだ。キナリス、俺はこいつを信じる」

シキはナイフを取り出すと、シンカの縄を解いてくれた。

「泣くなよ。悪かったよ」

シキが、うつむくシンカの髪をくしゃくしゃなでる。


「ガキ」

ポツリとつぶやく皇帝。キッとにらむシンカ。

「シキ、お前、私よりその子供を信じるというのか」

すねたようにも見える。

シンカは、気付いてしまった。

もしかして、この男、皇帝、この国の一番偉い、彼は、シキがシンカにやさしいから不機嫌なのか?

ガキ?

どっちがだよ。

よくみると、皇帝はまだ若い。シキより俺に年も近いようだ。二十五、六歳だろうか。

負けないぞ。


「ふう」

改めて背もたれに深く体を寄せて、シンカはしびれた手をさする。赤く残った縄の跡がすっと消えていく。

シキが気付いた。

「おい?」

「俺は、大人で男だからさ、ちゃんと話すよ。陛下。信じてくれなくてもいいし、どう思うかはどうでもいいや。俺が、体験したことをそのまま話すよ」

シキはまだ、シンカの手を見ている。

「いいだろう。話してみろ」

挑むように睨む皇帝。


ああ、最初から、こいつに頼ろうと思ってた俺が間違ってたんだ。シンカはそう思ったとたん元気が出てきた。俺はこんな奴に頼らず、俺の考えで行動する。そう、決めた。


「俺が、本当はどこで生まれたかは別として。俺はとにかくデイラで生活してた。あの日、俺はデイラを抜け出して港町アストロードへ買い物に出かけたんだ」

「抜け出す?」

キナリスが確認する。

「そうだよ。俺、外の町が好きだったからな。そこでさ、変な男たちに出会ったんだ」


シンカは話しつづけた。レクトを畑に案内したことも、その、変わった武器や、空を飛ぶ黒い兵器のことも。ただ、レクトを父親だと勘違いしていたことだけは、言わずにおいた。


二人は黙って聞いていた。

話し終わって、ふと、息をつく。

「これで全部。俺たちは、町を出て、ここまで来たってわけ。陛下、あなたにこのことを話して、レクトたちを見つけてほしかった」

「分かった」

キナリスがうなずいた。

「探してくれるのか?」

シンカはもう、友達のような口調だ。シキもキナリスもたしなめる気にもならない。


「いや、お前が言うのは本当かもしれない。だが、その、他文明の兵器が、他の町を襲った形跡はない。私としては、ユンイラ工場を再生させることが最優先なのだ」

「そうだな」

シキもまじめな顔してうなずく。


それならそれで仕方ない。シンカも思う。

俺は、自分の力であいつを見つける。皇帝には皇帝の仕事がある。


「……何してんだ?シキ?」

シンカの手を取り、シキはしげしげと眺めている。

「指輪でも買ってくれるのか?」

「バカヤロ」

シキが笑う。いつもの、シンカの軽口にシキは目を細めた。


「陛下、俺は自分であの男を探すよ。ミンクが元気になったら、デイラに戻る」

あてもなく旅しても仕方ない。まず、デイラに戻ろう。

「だめだ」

シキも驚いてキナリスを見つめる。


「言ったろう。わが国に必要なユンイラがなくなったのだ。備蓄だけでは、一年ともたない。しずくを受けられない人民を危険にさらすことになる。ユンイラの精製ができるのはデイラの民だけ。お前たちは国の監視下に置く」

「キナリス、ユンイラがなくたってすぐに死ぬわけじゃない!ミンクのように中毒になっているわけじゃないんだ。精製の方法だけ聞けばいいだろう?」

シキの抗議は意味がなかった。

「精製する事は危険を伴う。」

冷たく言い放った皇帝。表情に何の感情も見えない。


デイラの人間なら危険でもいいというのか!シンカに怒りが込み上げる。


「そうやって、デイラの人々を犠牲にしてきたんだ。冗談じゃない!何が聖地だ」

いきり立つシンカ。シキも、怒りのこもった目で皇帝を睨んでいる。

「シンカ、そなたは、町を抜け出し、デイラに賊を導き入れた。結果として町を壊滅に追い込んだ。大罪に値する。残念だが、自由にするわけには行かない」


キナリスが宣言するそれは、何の反論もできなかった。それが、罪だと言われるなら。シンカには、対抗する言葉はない。


シキも黙って睨んでいる。馬車は周りを騎兵に囲まれている。逃げ出せない。ミンクもいる。

シンカは再び皇帝に背を向け、やわらかい背もたれに顔をうずめた。


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