3.聖帝と呼ばれた男 7
「お前ら、ありがたく思えよ。俺が聖都に着いたのは夜中だったんだ。事情を説明したら、陛下がすぐに迎えに行くと言ってくださってな。夜通しだぜ。しかも、陛下自ら、だ。まあ、『ユンイラのしずく』は陛下しか持ってはいけないとされているから仕方ないといえば仕方ないんだけどよ」
そこでシキは伸びをした。皇帝陛下の前でその態度は、一体どういう男なのかとシンカに思わせる。
「さすがの俺も夜通しはこたえたよ。酒の一杯もないとな」
シキのあっけらかんとした口調とは裏腹に、シンカは聖帝キナリスの視線に、痛いものを感じていた。こっちをずっと見ている。そんな気がする。かといってじっと見つめ返すのも失礼かと、気になりつつも気付かないふりをしている。
フードの下の表情が分からないだけに、嫌な感じだった。
「あの、ありがとうございます。わたし、ミンクといいます」
ミンクが、聖帝に手を合わせるようなしぐさをして見上げる。
「よい。デイラでの不幸を、心苦しく思っていたところだ。生きていたものがいたとは、幸いだった」
「では、やはり、誰も残らなかったんですね」
ミンクがうつむく。
「我が軍に、知らせが入るまで三日かかった。駐留軍もすべて全滅していたからな。交替の警備兵が到着するまで発見されなかった」
「すみません。もっと、早くお知らせしたかったのですけど」
ミンクが咳き込む。水を渡しながらシンカがそっと背をなでた。
「お前は寝てろよ。陛下、御前で申し訳ありませんが」
「うむ。よい。ゆっくり休め」
「御前って、よくそんな言葉知ってたなシンカ」
「俺だって少しは勉強したさ!」
からかうシキに、抗議する。確かに、皇帝陛下が目の前にいて、どうしていいのか分からないのは確かだ。誰もがシキのように平気でいられるわけじゃない。
「何の勉強だか」
「それは、ええと。いろいろだよ」
「いろいろ?誰に剣術を習ったんだ?お前に負かされたことは悪いが一生忘れないからな」
「なんだシキ、お前が負けたのか」皇帝も目を丸くした。それほど、シキの実力は買われているということか。
「信じられないだろ?だから、こいつが何物なのか知りたくてな」
何者、って。あれは、ジンロのやり口を真似ただけだ。
シキの目が笑いながらも真剣なことにシンカは気づく。まだ、言っていないこと。それを、悟られているのか。
「もう、いいだろ、シキ。そんなこと。根に持つ男はもてないぞ」
「だから、俺はもててるって」
「仲がよいようだな、そなたたち。それより、シキ、我らも休もう。明日も早い」
「ああ、そうだな」
キナリスに促されて、シキも部屋を出る。
シンカは二人を部屋の外まで見送った。
「本当にありがとうございました」
深くお辞儀をする。
「シンカ、そなたに明日、いろいろ話してもらわねばならん。私には時間がない。朝一番に聖都に向かいながらになる。よいな」
「はい」
夜明けまで後何時間もない。大丈夫かな、シキたち。
「また、後でな」
シキが背を向けたまま、手をあげる。その手はそのまま、あくびを押さえる。
キナリスはその後ろを歩いていく。
シンカは二人の姿が見えなくなるまで見つめていた。
うそみたいだ。皇帝だ。この国で一番偉い人だ。初めて見た。
顔はよく分からなかったけど。
さすがに迫力がある。
ただ、一言。シンカの心には引っかかっている。
「変わった色をしている」、キナリスはそう言った。
俺は正々堂々と聖都なんかに行って大丈夫なんだろうか。デイラでは俺だけ違った。その理由なんか、俺は知らない。
「変わった色」の俺を、聖帝は妖しいと思ったんじゃないのか。
いつか、母さんが言っていた。お前は確かにここで生まれたのよ。デイラの住人なのよって。本当にそうなんだろうか。
デイラで生まれて、母さんの本当の子なら、母さんと同じ赤い目をしていたんじゃないのか?勘違いで迷い込んだ、捨て子だったかも。
シンカは首を振った。
小さい頃から何度も想像しては、一人怒ったりイラついたりしていたそれを、今考えても仕方ない。俺だって知らないことだ。知らないって素直に言うしかないだろう。シキがいてくれるし。何とかなるさ。
ひとつあくびをし、ミンクが眠っているのを確かめて、シンカは再びソファーに横になった。
うっすら見える朝焼けと、変な色の双子の月が不気味に見えて、ぎゅっと目をつぶった。