3.聖帝と呼ばれた男 6
どれくらい眠ったのだろう。遠くから僧侶のなにやら唱える声が聞こえてくる。
何が楽しくてそんなことするんだろう。病人がいるって言うのに。静かにしてくれよ。
シンカは眠っていられなくて、ついに目を開いた。
ミンクのベッドから少し離れた、窓際のソファーに横たわったシンカは、目をこする。窓からはかすかな夜風と月明かりだけが透けて見える。
まだ、暗い。松明を持って歩き回ってる様子も窓にかけられた布越しに伺えた。お経でも唱えていると思った声は、僧侶たちのざわざわした話し声だった。
なんだよ。うるさい。
「シンカ」
ミンクの声。
シンカは一気に起き上がって、ミンクに駆け寄る。
「どうした?」
「ううん。いなくなっちゃったかと思った」
かわいい。大きな瞳が、見上げている。
「ここにいるよ」
額に手を置く。少し、熱が下がったようだ。
「気持ちいいな、シンカの手。なんだか気分がよくなる気がする」
「な、あんまり一人で我慢するなよ。つらかったらそう言えよ」
「……ん。でも、シンカは分かってくれるもん」
思わずふっくらしたミンクの唇に目が行って、シンカは慌てて視線をそらす。
こんな時に何考えてるんだ、俺。
ざわざわした声が、いつの間にかすぐそばまできていた。
「シンカ、戻ったぞ!」
「シキ!早いじゃないか!」
ホッとしたのかがっかりしたのか、シンカは満面の笑みを浮かべて立ち上がった。
黒髪の男は、にっと笑って、手に持つ小ビンを差し出した。
『ユンイラのしずく』か。
「ミンク。『ユンイラのしずく』だ。起きられるか?……無理なら」
口移し、とか。
「大丈夫」
少年のかすかな期待をミンクの笑顔がさらりと振り払う。体を起こしたミンクに、シンカは受け取った薬をそっと手渡す。
「ほんの数滴でいいらしいからな。飲みすぎるなよ」
そう説明しながら、シキが何を感じ取ったのかニヤニヤしながらシンカの頭をかき混ぜる。
「煩いよ、シキ」
「うん。ありがとう」
シンカも初めて見る。小ビンは、深い青い色のガラスでできていて、細工の模様が美しい。
液体を少しだけ口に含んで、ミンクは深いため息をついた。
見る見るうちに顔色がよくなる。
「よかった」
シキにも礼をとシンカは振り返り、その横に見慣れない男が立っていることに気付いた。
誰だろう?僧侶じゃない。
顔はすっぽりとフードに覆われている。夜の明けきらないこの部屋の明かりでは、表情は見えない。
シキと同じくらいの背で、金糸の刺繍の衣装のすそだけが見える。
「この者は?」
深く落ち着いた、声。
「シンカだ。こいつもデイラからきたんだよ」
シキが答える。
「誰?」
「変わった色をしているな」
シンカの質問には答えず、その男はつぶやいた。
シキは首をかしげて笑う。
「そうなのか?俺はよく知らないからな。キナリスだよ。シンカ。いくらなんでも、その名を知らないとは言わないだろ」
「皇帝陛下!?」
ミンクも息を呑んだ。